第65話 シンドイけど楽しい

 さっそく始まった強化合宿。

 その目的は精度を上げること。


 夏の大会は一週間後であり、直前に猛特訓などして身体を壊したら元も子もないので、やるべきことは基礎の反復練習。

 

 柔軟体操を終えた後は、ひたすら素振り。

 それはゴルフだろうが、野球だろうが、テニスだろうが全てにおいて共通する練習だ。


 クラブを振ることで身体が慣れ、スイングスピードも上がり、より一層ボールを飛ばせるようになる。


 もちろん限界はあるが、ボールを打つ数より素振りの回数を増やせは鉄則。

 そしてスイング造りも、素振りが基本。

 自分の身体をどう動かせばいいのか。

 それを理解するためにも、十分すぎる素振りが必要なのであった。



「ルリは毎日300回だっけ?」


「あ、はい。最初に師匠から言われたんですけど、今は500回くらいはしてますね。始めちゃうと、納得できるまでやめられなくて」


 そう話す瑠利は、とても嬉しそう。

 素振りは慣れるまでシンドイが、身体の使い方がわかるれば楽しくなるもの。

 連続素振りや超スローの素振り、膝をついた状態での素振りや敢えて片足をボール籠の上に置いて上半身だけで振るなんてのもアリだ。


 コースへ出れば、どんな状況が待ち構えているかわからない。

 そんな時に色々練習してあると、とても役に立つ。


 ただ……、もちろんそれは基礎ができていればの話だが。


「ルリちゃん、凄い!」


「そんなにやってるんだね」


「うん、ホノカとヒナノもやってみたらいいよ。段々楽しくなってくるから」


 瑠利は驚く二人にそう勧める。

 成果は必ず出るし、何よりもスイングは安定。

 いいことずくめの練習だからと笑うが……。


「えっと、毎日は無理かな」


「わたしも……」


 と、残念ながら二人には無理そうだった。


 瑠利のようにプロを目指すならともかく、部活として楽しむ程度であれば、そこまで必死になることもない。

 ゴルフは一生楽しめるスポーツであり、ある程度基礎ができていれば、アマチュアとしては十分だ。


「あはは、別にいいよ。慣れるまでは結構しんどいからね。私みたいにプロになりたいって思いが無いと、やっぱりキツイと思う」


「うん、確かに」


「私はルリちゃんを応援してるから」


「ありがとう」


 と、そんなやり取りもあったが、練習開始。


「はいはい、じゃあ始めるわよ」


「「「「「は~い」」」」」


 そのカエデの一声で、アプローチ練習場ではブンブンと素振りの音がコダマする。


 時間にして1時間。

 瑠利とカエデが一年生たちにアドバイスしながら素振りを続け、お昼休憩を迎えた。


「はい、ヤメ」


「みんな、ストレッチして身体を解しておくようにね」


「「「「「は~い」」」」」


 そうしてみんなで女子寮の食堂へ向かうと、中からは美味しそうなカレーの匂いが流れてきた。


「あ、お昼はカレーだ。ミサトさんのカレーは美味いんだよ」


「へえ~、楽しみだね」


「カエデ先輩のお母さんのカレー」


「何よ」


「どんなのか楽しみ」


「いや、普通だからね」


 そんなカエデと、ちょっと毒舌な陽菜乃との会話を聞きながら、みんな楽しそうに女子寮へ入って行くのだった。



☆ ☆ ☆



今日の部活を終えた陸斗が、帰ってきた。


「ただいま」


「おかえり」


「あ、シホおねえちゃんが受付にいるってことは、みんな食堂にいるの?」


「うん、そう。今年は元気な子が多いわよ」


「ほんと? じゃあ、負けないようにしなくちゃ」


 陸斗はそう意気込んで、母屋へ向かう。

 自分の部屋に入り着替えを済ませ、食堂で美里の作り置いたカレーをいただき、また練習場に戻ってくると、ゴルフバッグを担いでアプローチ練習場へ。


 すると、そこには昼食を終えたゴルフ部のメンバーがまったりとしていた。


「ミサトさんのカレー、美味しかった」


「カエデ先輩は残念なのに、ふしぎ」


「ちょっと、聞こえてるわよ」

 

 そんな会話が聞こえてきて、クスッと笑ってしまう陸斗。


 だが、9人の部員が集まっていれば、誰かが気づくもの。


「あ、リクくん、見っけ」


 最初に気づいた瑠利の言葉で、皆が反応。


「おっ、リクト。帰ってきたか」


「りくちゃん、おかえり~」


 そう従姉二人が声を掛ければ、残ったメンバーもガヤガヤと騒ぎ出す。


「きゃあああっ、かわいい!!!」


 そう叫んだのは、誰だったのか。

 一瞬で取り囲まれた陸斗は、少し引いていた。


「ははは、相変わらずリクトはモテモテだな」


「ムゥ……」


 昨年と同じような光景ではあるが、カエデはそれが面白くない。


「はい、どいてどいて。お触りは禁止だからね」


 と、陸斗を守ろうとするが……。


「一番お触り禁止なのは、カエデだろう」


「たしかに……」


 咲緒里からのダメ出しに陸斗が頷いたことで、瑠利が噴出した。


「プッ……、アハハハッ、もうダメ。カエデさん、リクくんに警戒されてたもんね」


「ちょ、ちょっと、ルリ。変なこと言わないでよ」


「だって、本当だし」


 それがきっかけで、他の部員たちも反応。


「カエデ……、引くわ~」


「あ~あ、カエデ先輩、やっぱしですか」


「土下座、土下座」


 と、りん、萌花、陽菜乃の順で、辛辣な言葉を投げかける。


「まっ、カエデは自業自得だな」


「ううう……、ごめんなさい……」


 そんなお姉さん方の楽しい会話を聞いていた陸斗は……。


「うん、シホお姉ちゃんの言ってた通りみたい」


 と、納得。


 この合宿が、楽しみになるのであった。

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