第54話 コース練習
午後2時30分。
春乃坂ゴルフクラブの練習場では、春乃坂学園ゴルフ部の生徒がボールを打っていた。
ここの練習場は、正面ネットまでが150ヤード。打席数は15とゴルフ場にしては多い方。
お客さんもいる時間ではないため、練習するのはゴルフ部の生徒のみ。
あとはその保護者の方たちと顧問教師の
これは入場してきたときに挨拶しているので、あとは御自由にと言うことなのであろう。
何か問題があれば、顧問教師と指導するプロの責任。
最悪、契約が打ち切られるだけである。
まあ、そんなことにはまずならないだろうが、素人の子供たちを率いるには、危険がないわけではない。
打ったゴルフボールが他人に当たるなどあれば
絶対に、これから打つ人の前には出ない。
それを徹底的に約束させても、自分のボールは気になるもの。
つい先走ってボール探しをしてしまい、打球事故に繋がった例は少なくない。
もし先に進むことがあるなら、これから打つ打者の様子を見ながら、そして打つ時は他の人たちが何処にいるのか確認してから打つように心がけること。
それを重点的に教え込み、ようやくコースに出られるのである。
ということで、この場に居る生徒は指導するプロの芳尾玲那から、十分な教えを受けていた。
彼女はツアープロといっても、主な仕事はティーチング。
練習場や学校などと契約して、指導に徹しているプロだ。
もちろんテストに合格しているのだから、下部ツアーに出るなりして権利を得ればツアーにも参加できるが、賞金を稼げなければ出費が増えるだけ。
そのため、ツアーへ出る道を早めに諦め、指導者として生きていくことを選んだプロが、彼女のような者たちである。
プロゴルファーだからといって競技に参加するだけが、道ではない。
ゴルフ業界の発展に尽くすのも、プロの仕事なのであった。
☆ ☆
練習場でボールを打ちながら、どこかソワソワした様子の主将・吉瀬咲緒里。
他の部員たちもメンバーが7人しかいないことを、気にしているようだ。
「まだ、カエデ先輩とルリちゃん来ないね」
「たぶん、カエデ先輩が遅れているんだよ、きっと」
そう話すのは、一年生の二人。
さっそくカエデが悪者にされているのは、自業自得であろうか。
後輩たちは、先輩をよく見ているもの。
部長の吉瀬咲緒里も、これには苦笑いだ。
というのも、彼女とカエデは親戚関係。
簡単に言えば、佳斗の亡くなった妻・杏沙の兄の子供である。
そしてカエデは美里の子。
二人に血の繋がりは無いものの、どちらも神川家を通じての親戚なのであった。
と、そこへ瑠利とカエデが到着。
駐車場に車を止めた遥と一緒に練習場へ向かえば、もうみな練習を終わりかけていた。
「おっそ~い」
腕を組んで仁王立ちした部長の咲緒里が、二人を睨みつける。
「サオリ姉、ごめん」
「すみません、サオリさん」
ただ、そうして二人がすぐに謝ると、彼女も表情をわずかに緩めた。
「いいよいいよ、ルリは仕事が忙しかったんでしょう。でもね、カエデは別」
「えっ?」
瑠利には甘い表情を見せたのに、カエデにはキツクあたる咲緒里。
だが、それには理由があって、カエデが伝達を怠ったことが原因だ。
「あなたは二年生なんだから、間に合わないときは連絡くらいしなさいよね」
「あっ……」
「あっ、じゃない。それに部活中はお姉さんじゃなくて、先輩」
「はい、すみません、サオリね……さん」
「はぁ……、もうそれでいいわ」
と、どうやら彼女、相変わらずなカエデに諦めた様子。
だが、遅刻したものには、それ相応の罰があるわけで……。
「でも、あなたたちの練習時間は無し。まだ、パターをするくらいはできるから、それだけにしなさいね」
「「は~い」」
そうして素直に返事をする二人であるが、瑠利は神川ゴルフ練習場で練習を済ませてきていた。
けれど、素振りさえしていないカエデは、「どうしよう、ボールが何処へ飛んでいくか、全く想像できないよ」と、焦った様子。
「ご愁傷様です」
「うるさい」
瑠利とそんなやり取りしているうちに、無情にも時間は過ぎていく。
結局カエデはパター練習のみで、少しだけボールを転がしてのスタートとなった。
本日の解放はアウトコース。
もちろん学生にカートの使用はない。
皆ゴルフバッグを担いでのプレーとなるわけで、なかなか大変である。
あらかじめ決めてあった組み分けに沿って別れ、順番にスタートしていく。
まず一組目は主将の咲緒里と瑠利、もう一人は二年生の
実力者ぞろいのここに指導者は無しで、二組目のカエデが率いる組には顧問教師がつき、三組目は三年生の
残った一年生4人は、二組目か三組目に振り分けられた。
先程の二人はカエデと一緒である。
若干気まずいものの、彼女たちは経験者。
最後の組の一年生は全くの素人であるため、この組み合わせは仕方のないこと。
芳尾プロが丁寧に指導しながらのプレーになるため、この時間からでも3ホール進めばいい方だろう。
ちなみに、一組目と二組目はハーフを終えるつもりである。
そのため、保護者がしっかりついて行き、危険がないか見守るのであった。
そうして時刻は午後の5時半。
9番ホールのグリーン上では、瑠利がガッツポーズを決める。
「やったー、バーディ」
「ナイス、バーディ」
「ナイスです」
その様子を9番ホールのセカンド地点で見ていた二組目は……。
「もう、バーディって、今日何個目よ」
「ルリちゃん凄い」
「カエデ先輩とは大違い」
「うるさいわね」
と、どうやらカエデ、案外慕われているようであった。
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