第46話 春乃坂ゴルフクラブ⑥

 4番ホール、496ヤード、パー5。


 ここはロングで、ティーショットは長い打ち下ろし。

 彼女たちの飛距離では左足下がりのライが残り、2打目は打ち上げと、意地悪なホールだ。

 ただ、それも僅か100ヤードほど。

 残りは平坦で、右にクロスバンカーが二つ。

 理由は、左足下がりのライからはボールが右に行きやすいための処置。

 それを無事切り抜けたとしても、グリーン手前をガードバンカーで守っているため、ツーオン(2打目でグリーンに乗ること)の狙えないホールであった。




 打順は城野真理香から。

 ここまでずっとオナー(ティーショットを最初に打つ人を指すゴルフ用語)を務めてきた彼女は、ここも危なげないショットを披露。

 続く里桜と涼花も、簡単にフェアウェイをキープ。

 最後が瑠利である。


 だが、これまで驚くほどあっさりティーショットを打ってきた瑠利に、ここでは迷いが生じていた。

 というのも、実はこのホール。2年前に来た時、派手にやらかしたのである。

 左右の幅は広いのに、右に大きく曲げてOB。それを二度続けて、左足下がりでもまたミス。クロスバンカー、ガードバンカーと渡り歩き、スコアーは8オーバーの13。

 嫌な記憶が、残っていた。


 けれど、この機会にリベンジしたい。

 そう思っていたが、やはりティーグランドに立つと、思い起こされる。


 ゴルファーにとって、苦手意識は最悪だ。

 どんなに克服したいと思っていても、身体は硬くなる。

 そうすると、自然とスイングも中途半端になり、また同じミスを繰り返す。

 負の連鎖の始まりだ。


 なら、どうすべきか。

 答えは簡単、成功記憶へと置き換えればいいのだ。

 もちろん、それが出来れば苦労はないが、別にOB打ったくらいで、命を取られるわけでもない。

 

 要は、それくらい開き直ることが、重要だったりするが……。



「うふふ、ここが腕の見せ所ね、佳斗さん」


 そう呟く城野真理香は、このことを知っていた。

 当然、依頼を受けてのものなのだから、その理由も知らされていたのだ。


 これまでのプレイを見る限り、瑠利の苦手は克服できているといえよう。

 あとは、本人の自覚であるが、こればっかりはやってみなければわからない。


 だが、そこで瑠利は小さく呟いた。


「もう、2年前の私じゃない。自分の練習を信じろ」


 そう言い聞かせることで己を奮い立たせ、いざ。


「ふ~ん、やるじゃない」


 城野真理香のその言葉通り、瑠利の打った打球は、フェアウェイセンターへ。

 若干、飛距離は落ちたものの、いい球が打てた。


「はぁ……、良かった」


 無事ティーショットを打ち終えた瑠利は、疲れたように溜息を吐く。

 そして、ボールの止まっている地点を確認し、ようやく力が抜けた。


「ルリっち、いい球だったよ」


「ふふふ、弱点克服ね」


 どうやら、この二人も知っていたようである。


 たとえプロであっても、最初は初心者だ。

 様々な経験を積んで上手くなっていくので、瑠利の気持ちもよくわかる。


 だからだろう。

 まだ余裕を見せてはいるが、ここからの瑠利は怖いと感じていた。


 プロである以上、中学生のアマチュアに後れを取るわけにはいかないが、若さとは時に凶暴な力を発揮したりする。


 苦手意識の克服。そして、次の左足下がりへの対策は、前のホールで左足上がりの練習方法を聞いたことで、万全であると理解していた。


「やばいね、ルリっち」


「ちょっと、本気になろうかしら」


「あら、あなたたち、まだ遊んでたの? 私はとっくに本気よ」


 そう、二人に話しかける城野真理香は、正確に瑠利の実力を見抜いていた。

 

 パッティングはもう少しだとしても、それは明らかな練習不足。

 コース経験が少ないのだから、当然であろう。

 けれど、スイングレベルと、気持ちの強さは十分脅威。


 そして、大内雄介が本気で期待している逸材である。

 師匠に神川佳斗をつけ、今また彼女たちにフォローを頼んでいるのだ。


 これで、凡人であるはずがない。


「うふふ、燃えてきたわね。あなたたちも、負けたりしないわよね」


「「もちろんです!」」



 こうして尻に火の点いたプロたちが本気を見せ、瑠利の打順は最後まで変わらなかった。


 それをプレイ終了後、本気で悔しがる瑠利と、無理して余裕を見せるプロたち。


 メンバー中、僅かに実力の劣る里桜は、本気でヒヤヒヤものだった。


「ルリっち、また勝負するですよ」


「はい、お願いします」


「ほんと、次会うのが怖いわ」


「いえいえ、涼花さんとまたご一緒できる日を、楽しみにしていますよ」


「じゃあ、ルリ。帰りましょう」


「はい! ありがとうございました」


「「うん、またね」」



 そして、瑠利は来た時と同じように、城野真理香に車で送ってもらい帰宅する。


 悔しい思いはしたけど、得た物の方が大きかった。

 もし、またこのような機会があったら、もう一度。


 そんな思いを胸に抱くが、実は彼女、プロたちに気に入られてしまった。


 今後、何度もお誘いを受けることになるのだが、それはまた別のお話。


 今はスッキリとした気分で、明日からの三学期を迎えるのであった。


 


  

 

 

――――――――――――――――――――


ここまでが、春乃坂ゴルフクラブでのお話です。


急な終わり方をしたかと思いますが、これ以上だらだらと続けていても意味ないと判断しました。


ちなみに、設定段階での四人のスコアーは、こうなっていました。


城野真理香、トータルスコアー64の8アンダー。

桃川涼花、トータルスコアー67の5アンダー。

有岡里桜、トータルスコアー70の2アンダー。

朝陽瑠利、トータルスコアー75の3オーバーです。 


ルリがしぶとくパーを取り続けるため、有岡里桜は一切のミスショットが許されなくて、ヒイヒイ言いながらプレイするという展開でした。


ゴルフマンガなどを見ているとプレイシーン多めですが、このお話は物語重視ですので、この後の瑠利がどう成長するかですね。

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