第45話 春乃坂ゴルフクラブ⑤

 3番ホール、382ヤード、パー4。


 ここはティーショットが打ち下ろし、セカンド地点が受けていて、グリーンまでは上りという地形。

 そのため、ティーグランドからグリーン面は見えるが、セカンド地点からはフラッグしか見えない。

 高低差も15メートルあり、二打目はキツイ左足上がりが残ることになる。


 そこで瑠利は無難なティーショットを打ち、セカンド地点へ向かう。

 打順は相変わらずビリだが、今日はもうここが定位置。

 プロたちにボギーは無いと気づいた以上、バーディを取るしか打順の変動はないのだ。

 それがどんなに大変なことか、もう彼女は気づいている。


 だが、それでも一度くらいはバーディを取りたいとは思っているが、果たして……。



 3番ホールセカンド地点。


 ここにも1番と同様、両サイドにクロスバンカーがある。

 ただ、ここはフェアウェイが広く、ティーショットでは気にならない位置だった。

 けど、ここまで来てわかることは、その地形だ。

 ティーグランドからクロスバンカーを越えるまでの距離が260ヤードほど。

 打ち下ろしを考えれば、250ヤード打てれば届く距離だ。

 そのため、プロたちは皆、クロスバンカーを越えていた。

 しかし、瑠利だけはその手前であった。


 これがどういうことかというと、実はこのホール、クロスバンカーを境に打ち上げ角が変わるのだ。

 わかりやすく言えば、角度が緩くなる。

 プロたちはそれほど苦もない傾斜角で100ヤードほどのアプローチ。

 それに比べ、瑠利はキツい傾斜で130ヤードのアプローチが残っている。


 打ち上げのホールはグリーンに距離が近いほどよく見えるので、その差は歴然。

 おまけに慣れない左足上がり。ピンチであるが……。


 何故か瑠利はニコニコであった。


「やったー、ここで練習の成果が試せるのね」


 そう呟くと、迷うことなく8アイアンを手に持ち、軽く素振り。

 

「へえ~」


 それを見ていた城野真理香は、感心した様子。

 彼女にしてみれば、この地形で瑠利がどんな打ち方をするか興味があり、その様子を眺めていたが、素振りを見ただけで合格点。


 期待通り、瑠利は1クラブ上の番手を持ち、コンパクトなスイングで正確にボールを捉えていた。



 左足上がりのライでボールを打つには、傾斜に逆らうのではなく、それに並行して構えること。

 ただ、体重配分は違っていて、身体を支えるためにも左足に3割、右足に7割。(角度によっては、4対6など状況で変わります)

 その状態で普段よりはコンパクトに振り、正確にボールを捉えることが重要なのであるが、問題なのは下半身が悪さをすることだ。

 なるべくならベタ足で、フィニッシュもコンパクト。

 無理な体重移動はせずに、意識としては手打ちのような感覚で十分。



 それを瑠利は正しく実践しており、どこで練習したのかと疑問に思うほどだ。


「瑠利、その打ち方って、どこで練習したの?」


「あ、はい。えっと、師匠がですね。練習場に傾斜専用のマットを作っていまして、それで……」


 そう、それは普通の練習場では有り得ないもの。

 もちろん、普段は置いていないが、佳斗が自分で練習するために打席とボールを置くマットを改造して、傾斜付きのものを作ったのだ。


 もともとボールを置くマットの下はゴムの板。

 なら、その下に傾斜をつけたゴムの板を挟めば、完成である。

 マットもそのままではボールが止まらないため、人工芝の長いものに変えており、何度も試行錯誤を繰り返して辿り着いた結果であった。


「あの方、けっこう無茶しますね」


「あははは……」


 瑠利としても、苦笑い。

 彼女自身、初めて見たときは驚いた。

 そこにツアープロを目指した師匠の痕跡が残るもの、それだけしても成れなかったという事実。

 改めて気の引き締まる思いをしたのは、もう前の事。

 あれがほんとうに役に立つと、今回知ることが出来た。

 それで、満足。



 結果、このホールでの瑠利スコアーは4打のパー。


 城野真理香と里桜がピンそばにつけてのバーディで、涼花はパーである。


 結局、次の打順も瑠利はビリだった。 

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