第36話 招かざる客

 父子水入らずで初日の出を見に行き、楽しそうに帰ってきた佳斗と陸斗。


 だが、今日はお休みのはずの神川ゴルフ練習場の駐車場には車が止まっていて、佳斗の車が入ってくるなり、乗っていたと思われる三人の男女が降りてきた。

 そのうちの二人は老齢な男女、そして残る一人はカエデやシホと同じくらいの女の子である。


 彼らの正体に気づいた佳斗は自宅側ではなく、その場に車を止めて、慌てて外へ出た。

 すると陸斗も、彼らが誰かわかったのか「あっ、サオリお姉ちゃんだ!」と叫び、車から降りるなり駆けていった。

 そして、ポフンと咲緒里サオリの身体に抱き着くと、嬉しそうに顔を見上げる。


「サオリねえちゃん、今来たの?」


「そうだよ、リクト。元気にしてたか?」


「うん」


「そっかー、よかったなぁ」


 その言葉の意味を陸斗は理解できていなかったが、彼女に頭を撫でられたことで気持ちよさそうにしている。

 

 もしこの場をカエデが見ていたとしたら、『ぐぬぬ』と悔しそうにしたのだろうが、残念ながら今はいなかった。


「よ~し、リクト。寒いから家に入ろう」


「うん!」


 そして咲緒里と陸斗は手を繋ぎながら、母屋へ歩いていった。





 一方、老齢な男女と対面する佳斗は、少し緊張した様子。


 というのも、彼らの素性は義理の父と母だからだ。

 最愛の妻・杏沙の両親が、彼らなのである。


「お義父さん、それにお義母さんも。言っていただければ、もっと早く帰って来ましたのに」


「ふん、そんな気遣いは無用だ。儂らが勝手に来たんだからのう」


「そうね、早く孫の顔を見たかったというのもあるけど、私たちはあなたに話があってきたのよ」


 そう話す老齢な二人は吉瀬きせ正幸まさゆき(68歳)と、その妻・さちこ(67歳)である。

 

 元日早々、孫の咲緒里さおり(17歳)を連れてここへ訪れたのには、理由があった。

 それは佳斗が雄介のキャディ―をしてテレビに映っていたことで、二人は彼に言いたいことがあるのだ。

 

 とはいえ、その内容を薄々感づいている佳斗は、聞きたくないというのが本音である。


 だが、そうもいかないので、まずは二人を家に上げることにした。


「そうですか……。ですが、ここは寒いですし、先に家へ入りましょう。すぐに暖房をつけますので」


「そうじゃな」


「ええ、そうしましょう」


 そして、佳斗と、義理の父と母も、母屋へ歩いて行った。




☆ ☆ ☆



 佳斗は、義理の両親と共に屋敷へ入ると、まずは座敷の暖房をつけ、お湯を沸かしてお茶とお茶請けを用意する。


 それから席へ着いて、話し合いが始まった。


「まずは、佳斗さん。あけましておめでとう」


「あ、はい。遅れてすみません。あけましておめでとうございます」


「ああ。おめでとう」


 ここまでは通常の挨拶。

 二人の態度を見る限り、それほど堅物というわけではなさそうだが、本題はここから。


「それで、お話というのは?」


「ああ、それなんだが……。佳斗、おまえは大内雄介プロの専属キャディーになったんだってな」


「はい……」


 それはやはりとでも言うべきか、佳斗の想定通り。

 孫の咲緒里を連れて来た理由も、陸斗をこの場から離す目的なのだ。


「それで、おまえがいない間、リクトはどうしているんだ?」


「えっと、それは……」


 義父にそう尋ねられても、返事に困るというもの。

 11月の間は瑠利や美里に家を任せており、それをそのまま伝えることは難しかった。


「答えられないか」


「いえ、そんなことは……」


 そういっても、父親である自分が面倒を見ていたわけではない。

 となれば、相手の出方は明白で、佳斗は返事に困っていた。


「私たちはね、美里さんやあなたの弟子になったという子が見てくれていることを知っているのよ。でもね、それは違うんじゃないかって、考えているの。だって、そうでしょう。あの子は私たちの孫でもあるんだから」


 そう話すのは義理の母だ。

 彼女の言い分はもっともであり、佳斗には返す言葉もない。


「それでね、私たちはあなたを責める気はないの。ただ、今後もキャディーを続けるなら、あなたのいない間はリクちゃんをうちに預けてほしいのよ」


 それが彼女の本音だ。


 陸斗も今年は中学にあがるため、自転車であれば通学できる。

 それを見越しての言葉であるが、問題は陸斗にその気かないことだ。


「申し訳ありませんが、それはできません」


「どうして?」


「理由は、息子がそれを嫌がるからです」


 佳斗は、ありのままの真実を伝える。


 だが、それを素直に受け取れるなら、義理の両親はこんなことを言い出すはずがない。


 なので……。


「それはリクトの本心か。お前は、あの子が儂らと一緒にいることを嫌がるとでもいうのか」


「ええ、リクちゃんは優しい子ですもの。そんなこと言うはずがありませんわ」


 と、全く信じる気はないようだ。


 けれど、それは全くのお門違いであり、佳斗に対する侮辱というもの。


「いえ、そうではありません。あの子にとって、ここは母親との思い出の地ですので、離れたくないのです」


 佳斗は改めてそう伝えてみるが……。


「杏沙との思い出というのなら、うちは実家なのだから、そんなものはいくらでもあるぞ。リクトが望めば、幼かった頃の写真だって見せてやれる」


 と、見当違いな捉え方をする。

 こうなっては、もう対話が成立していないといっても良いのだが、彼らを納得させなければ話は終わらない。


 佳斗は義理の両親の前で失礼でありながら、「ハァ……」とため息をつく。

 そして、覚悟を決めて話し出した。


「申し訳ありませんが、義父おとうさまのおっしゃっていることは、あなたの思い出ですよね。ですが、陸斗にとって母親の記憶は、ここにしかありません。あの子は私と一緒に居たいからではなく、と言っているのです」


 そう言い切ったことで、流石に義理の両親も言葉を失う。


 もちろん彼らは、佳斗から子供を奪おうなんて考えてはいない。

 それよりも、父親のいない間の陸斗が不憫で、その間だけでもうちで預かろうと考えていただけなのだ。

 それなのに、その考え自体が全くの見当違いで、孫をここから連れ出すことが無理だと気づいてしまった。



 と、その時だ。

 まるでタイミングを見計らっていたかのように、襖の戸が開く。


 座敷へ入ってきたのは、咲緒里と陸斗だ。


「もう、だから言ったんだよ、無理だって。だいたい、ここにはミサトおばさんや、シホねえ、それにカエデだっているんだから。それにリクトは、もう中学生になるんだよ。行動範囲も広がるし、もしうちに来るのが嫌で、自宅の自分の部屋に隠れていたら、もっと寂しい思いをするんだよ」


 そう、ハッキリ口にする辺り、二人はこっそり会話を聞いていたのだろう。

 同じように陸斗も何か言いたいようで、祖父と祖母に目を向ける。


「僕はお爺ちゃんへ行く気はないよ。それよりも、心配してくれるなら、お爺ちゃんたちがうちに来ればいいんだよ。その方が僕も嬉しいし」


 そう口にすることで、祖父と祖母に自分の意志を伝える。

 どうやら陸斗、咲緒里から全て聞いていたようであった。


 ともあれ、本人から拒絶されてしまっては、どうすることもできない。

 それよりも、自転車で中学へ通うのなら、そのままここへ帰ってくることも簡単なのだ。

 となれば、咲緒里の言葉通り、連れ戻されることを怖れて、部屋へ引き籠ったりすることの方が問題である。


「わかった」


「あなた……」


「しかたあるまい。考えてみれば、リクトももう幼い子供じゃないんだ。自分の意志があるなら、それを尊重すべきだと思う」


「そうね、わかったわ」



 こうして無事に、問題は解決された。


 ただ、孫の言葉を真に受けた義理の両親が、頻繁にここを訪れるようになるとは、この時の佳斗は思いもしなかった。






―――――――――――――――――――――



ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。


二話続けての長文ですが、お許しください。


次の予定は五日とさせていただきます。

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