第35話 初日の出

 楽しかったクリスマスも終わり、世間では一気にお正月ムード一色となったこの時期。

 それは神川ゴルフ練習場でも同じことで、受注してあった門松を練習場の入口に並べ、装飾もお正月飾りへと変更。

 新しい年を迎えるべく、準備を進めていく。


「兄さん、お隣の田中さんからミカンを1ケースいただいたわ。持ってきたから事務室へ置いておくわね」


「ああ、すまない。よろしく伝えておいてくれ」


「ええ、わかったわ」


 そんな会話が何度も飛び交い、いよいよと気持ちを高ぶらせていると、気がつけば、もう31日。


 元日の営業はお休みで、本日の営業も18時までと時短。


 互いに「良いお年を」と言葉を交わした後は、それぞれの家族と過ごす。


 神川家でも、この大みそかは父子二人だけの、静かな夜となった。


「陸斗、年越しそばをたべるか?」


「うん、たべる」


「じゅあ、作ってやるから、ちょっと待ってな」


「は〜い」


 佳斗は可愛い息子のためにと、キッチンへ。


 陸斗もおとなしくコタツに入りテレビの特番を見ながら待っていると、お蕎麦のいい香りが漂ってきた。


「良い匂い、おそばの香りだ」


 と、鼻をピクピクさせる。

 もうすぐ、もうすぐと待っていると、父が熱々の蕎麦の入ったどんぶりを運んできた。


「さあ、出来たぞ」


「わ~い」


 さっそくとばかりに、二人でお蕎麦を食べる。


「熱いから、気をつけて食べるんだよ」


「うん、美味しい!」


「そうか、美味しいか」


「このてんぷらはどうしたの?」


「ああ、それはね、美里が用意しておいてくれたんだよ」


「ほんと! ありがとう」


「ははは、それは明日、美里に言おうな」


「うん!」


 こうして父子二人の大みそかの夜は過ぎていく。


 明日は初日の出を見に行く予定だから、大みそかといえど就寝は早い。


「さっ、明日は早いからね。もう休もうか」


「うん、何時に起きるの?」


「そうだね、海まで行くから、念のため5時30分にしようか」


「わかった。ボールひろいの時よりは遅いから、だいじょうぶだと思う」


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい、おとうさん」


 そして陸斗は自分の部屋へ戻り、眠りについた。





 元日の5時30分


 陸斗が目を覚ますと、すでに父は起きていた。


「おはよう、お父さん」


「やあ、おはよう。それから、明けましておめでとう」


「あっ、あけましておめでとうございます」 


「良く出来たね」


「えへへ」


「ほら、顔を洗って、着替えておいで。朝ごはん作っておくから」


「うん」


 普段とは違う、父との朝食。


 それは朝の忙しい神川家では珍しいことで、毎年この日は陸斗の楽しみでもあった。

 急いで顔を洗い、着替えをしてから席に着く。


「ほら」


「あっ、おもちだ」


「まだ熱いから、気をつけて食べるんだよ」


「うん」


 陸斗の好みは、焼き立てのおもちを小さく千切って、きな粉砂糖につけて食べることだ。


「おいしい」


「そうか」


 でも、今日は何となく、お父さんの真似をしてみたい気分であった。


「ぼくも、お父さんみたいに、おしょうゆと海苔で食べてみてもいい?」


「う~ん、大丈夫か?」


「へいき。おしょうゆを少なくすれば、だいじょうぶ」  


「なら、試してみるといい」


「うん」


 それから陸斗は小さく千切ったおもちに焼きのりを巻き、醬油に付けてから口に入れる。


「うっ、しょっぱい」


「ほら、まだ早かっただろう」


「ううん、でも、おいしい」


「そうなのか?」


「うん」


 どうやら陸斗、少しだけ大人の味に慣れた様子。


 それを佳斗は嬉しく思う反面、寂しくも感じていた。


「もう、三年か……早いものだな」


 それは最愛の妻、杏沙が亡くなってからという意味だ。

 まだ、小さかった陸斗が、来年には中学へあがるのだから、感慨深くなるのも仕方はない。

 それだけ忙しくしてきたから、時の経つのも早かったということであろう。

 


 とはいえ、いつまでものんびりしている暇はない。


 初日の出は待ってくれないのだ。


「よし、食事も終わったし、片付けは後にして出かけようか。外は寒いから温かい格好をしておいで」


「は~い」


 そして二人は車に乗り、目的の海へと出かけていった。





 車を走らせること、20分。

 二人を乗せた車は、海岸沿いの駐車場へ着いた。

 ここは結構な穴場で、他と比べて見に来ている人も少なめ。

 それでも、次から次へと駐車場には車が入ってくるが、防波堤を埋め尽くすようなことにはならないようだ。


「さあ、外へ出ようか」


「うん、楽しみ」


 神川家では朝が早いため、日の出というのは見慣れていた。

 けれど、水平線上から昇る太陽を見るのは初めてで、陸斗はこの日を楽しみにしていたのだ。


「いい天気でよかったね」


「そうだね。日頃の行いに感謝かな?」


「感謝?」


「そう、陸斗がいっぱいお手伝いをしてくれたから、神様がご褒美をくれたんだよ」


「ふ~ん、だったら、ぼく、もっとお手伝いをしなくちゃ」


「どうしてだい?」


「だって、お出かけする時は、晴れててほしいもん」


「ははは、そうだね」


 そんな和やかな会話をしていると、時刻は6時45分。そろそろ日の出の時刻である。


 徐々に、水平線上がオレンジ色の光に染まり、真ん丸で大きな太陽が顔を出す。


「わあ~、きれい~」


「ああ、キレイだね」


「でも、赤くて、おっきくて、不思議な感じがする」


「どうしてだい?」


「だって、たかくにあるとすっごく小さいのに、今はあんなに大きいんだよ」


 それは子供ならではの、素朴な疑問。

 だが、佳斗はその答えを聞いたことがあった。


「ああ、あれはね。目の錯覚じゃないかと言われているんだ」


「さっかく?」


「そう。実はね、そう見えているだけで、全く大きさは変わっていないんだよ」


「え~、でも大きいよ」


「ははは、それは近くに対象物があるかないかの違いで、上空には何もないけど、水平線まではずっと海があるだろう。それに山の奥へ沈むときにも大きく見えるからって、ちょっと難し過ぎたか」


「うん、あまりよくわからなかった」


「そうだよな……ハハハ」


 佳斗も小学生の息子に何を言ってるんだと、苦笑い。

 とはいえ、昇っていく太陽に夢中な陸斗は、もうそのことは忘れた様子。


「あっ、色が変わってきた」


 そう叫ぶ陸斗の言葉通り、オレンジ色だった太陽の光は、徐々に黄色っぽい光へと変わっていき、見慣れた姿となった。


「うわっ、眩しい」


「ははは、もうだいぶ昇ったからね。そろそろ帰ろうか」


「うん」


 二人が帰ろうかと話していると、同じように帰宅する人たちが大勢いる。


「あれ、こんなに人がいたんだ」


「そうだね、今年は天気も良かったから、たくさんの人たちが見に来てたんだよ」


「ふ~ん、初日の出って、すごいんだね」


「凄い?」


「だって、みんなに見られているんでしょう。テレビで見た雄介おじさんみたいだなって思って」


 それはたぶん、御殿場で優勝した時の、最終ホールでの映像の事だろう。

 18番グリーン周り、そしてテレビで見つめる人たち全てが、彼の一挙手一投足に集中していたあの状況。

 いまだに陸斗の瞳には、鮮明に残っているらしい。


「そうだね。私としては、陸斗もあんな風になってくれたら、嬉しいかな」


「えっ、それって、プロゴルファーになるってこと?」


「いや、そうじゃなくてね。どんなことでもいいけど、みんなから注目されるような存在になってくれたらいいなと、思っているんだよ」


「ふ~ん。ぼく、お父さんがそういうなら、頑張ってみるよ」


「そうか」


「うん、とりあえずは今日見たのように、いっぱいの人に見られるようになりたい!」


「期待しているよ」





 こうして二人は無事に初日の出を見ることができ、帰宅の途に就いた。


 その途中、近所の神社で初詣を済ませ、家に着いたのは9時前。


 であるにもかかわらず、営業をお休みしているはずの神川ゴルフ練習場の駐車場には、一台の車が停まっていた。







―――――――――――――――――――――


 新年、明けましておめでとうございます。


 今年もよろしくお願いいたします。



 今回の内容は、ありきたりな年末年始の風景となりました。

 どこの家庭でも行われる、珍しくもないお話。

 そこで陸斗は父と約束をします。


 今日見た朝日のように、いっぱいの人に見られるようになりたい。


 これが、今後の目標となります。


 幼かった陸斗が、どのように成長していくのか、お楽しみいただけたらと思います。

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