第37話 新年会①

 年末、そしてお正月三が日を自宅で過ごし鋭気を養った瑠利は、ゴキゲンで神川ゴルフ練習場にある女子寮の自室へと戻ってきた。


 なんせ、お年玉をいっぱい貰い、懐具合も上々。

 おまけに甘々なお祖母ばあちゃんとお出かけをして、服を何着も買ってもらったのだ。

 可愛い孫からのおねだりとあって、お財布の紐も緩んだのであろう。終始笑みを溢しっぱなしであったようだが、代わりに瑠利も「絶対にプロになるから、応援してね」と約束していた。


 そんな有意義で、充実した休みを過ごした瑠利であるが、いつまでも浮かれているわけにはいかない。 

 明日の五日は、大内雄介プロ主催の新年会があるのだ。

 

 場所はパシオンゴルフガーデンのパーティールーム。

 そこに瑠利は招待されており、お祖母ちゃんに買ってもらった服のうち一着も、この日のためのワンピースドレスであった。


「明日、大丈夫かな」


 不意に襲われた不安な気持ち。

 それというのも、彼女の選んだドレスにある。


 この日のために買ってもらった衣装は、派手さを抑えた薄い色合いのピンクドレス。

 参加メンバーに女性は少ないと聞いていたので、ちょっとだけ背伸びしてみたようだ。

 けれど、お祖母ちゃんや、ショップの店員さんからは、お人形さんみたいで可愛いと評価されていたので、少し不安になってしまったらしい。


 さっきまでの浮かれ気分も、どこへやら。

 ナーバスモードへ突入したようである。

 

「はぁ……、不安だあ……」


 今度は机に突っ伏して、頭を悩ます。


 けれど、それをいくら考えたところで、何も変わらない。


 となれば、考えるだけ無駄であり、再び身体を起こした瑠利の瞳には、光が戻っていた。


「うん、女は度胸。むしろ、ここで私も名を売ってやるんだから」


 そう心に決め、翌日を迎える。



 ☆ ☆ ☆



 新年会当日。


 瑠利はお祖母ちゃんに買ってもらったドレスに着替え、佳斗の車に乗ってパシオンゴルフガーデンへ向かう。

 会場までは寒いので上着を羽織っているが、そのぶんお披露目となった時の反応が怖い。

 でも、彼女は昨日のうちに覚悟を決めていた。

 プロとしてデビューすれば、嫌でも大勢の観客の前で衣装を披露することになるのだから、そのための訓練と思えば、どうってことない。

 むしろ、こういった経験を積むことで、慣れてしまえばいいだけだ。


 そんな思いを瑠利が抱いていると、車は目的地に着いた。


「さあ、着いたよ。準備はいいかい」


「はい。大丈夫でしゅ……あ、です」


 瑠利は、さっそく噛んだ。


「ははは、ずいぶん緊張しているみたいだね。でもまあ、そんな凄いメンツはいないから、気を楽にするといい。ルリくんはまだ中学生なんだから、元気なことが一番だよ」


「はい……」


 そんな師匠の言葉を聞き、瑠利は若干落ち着いた様子。

 ただ、実際はそれ相応のメンバーが集まっており、彼女が知らぬだけであるが……。


「わかりました。ここからは普段のわたしに戻ります」


「ハハハ、そうしてくれると助かるよ」


 そして、二人は会場へと入って行く。


 入口には受付を担当する女性がいて、瑠利の姿が見えると手を振ってくれた。


「は~い、ルリちゃん元気してた?」


「あ、ヒカリさんでしたよね。お久しぶりです」


「うんうん、相変わらずマジメね。もっと砕けてくれていいのにねぇ~、佳斗さん」


「ふふふ、キミは相変わらずだねぇ」


「そう? 可愛い後輩からは慕われたいのよ、お姉さんは」


 ある意味、大先輩である佳斗を前にして、そんな軽い口調で話す女性は、池月光莉いけづきひかり(25歳)だ。

 大内雄介プロの門下生であり最年長でもある彼女は、今年のプロテストを彩夏と一緒に受け、どちらも最終プロテストで落ちていた。

 生来の明るさが武器で、それでも元気一杯なのが彼女の強み。

 実力では門下生中トップであり、来年こそはと期待されている一人である。

 

「もう十分慕われていると思うよ」


「ふふふ、私は欲張りなんですよ。可愛い子みんなから慕われなければ、満足できない身体みたいです」


「それは難儀だねぇ」


「ええ、だから、ルリちゃん。私のものになりなさい」


 その流れるようなトークで、瑠利にも笑顔が戻る。


「プッ、プププッ……、アハハ!」


「おや、受けたようですね」


「それもキミの作戦なんだろう?」


「バレてましたか」


「ああ、でも助かったよ」 


「はい?」


 それこそ彼女にとっても大先輩となる光莉の絶妙なトークで、入場前にリラックスできた。

 

 これにより、瑠利は肩の力が抜けた状態で、新年会に参加できるようになったのだ。

 




――――――――――――――――――――


ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。


次の公開は、明後日七日です。 

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