閑話 渡会海未のお楽しみ

 平日の午後三時。


 神川ゴルフ練習場では、渡会海未が一人で受付をしていた。

 というのも、佳斗は瑠利のためにアプローチ練習場の整備を行っており、美里は兄と甥っ子の夕食の準備。

 最近では海未が入ったことで時間にも余裕ができ、実家の大掃除にも手を出していた。

 三年前に義理の姉である杏沙が亡くなり、神川家の掃除は全くというほど進んでおらず、そのため、これを機に済ませてしまおうというのが、彼女の考えである。

 今後、女子寮が出来てしまえば、そちらにかかりっきりとなるため、今がチャンスであったのだ。


 

 


 そんなわけで、一人で受付の椅子に座る海未。


 現在、打席で練習しているのは三人だけ。

 そのメンバーすべてが常連のお爺ちゃんたちで、仲間のスイングをチェックしながら練習しているようだ。

 彼らは年齢を重ねているだけあって、ゴルフの知識は相当なもの。

 ただ、寄る年波には勝てず、上手く体が動いてくれないというのが実状であった。


「ああ、今の感じで毎回打てりゃ、80も切れんだけどな」


「まあ、10回に1回じゃあ、90も切れんて」


「わしも一度でいいから、80切って見てえな」


 そんな会話が永遠にループする。

 それが悲しいかな、彼らの悩みであるのだ。



 とはいえ、海未には彼らの会話は聞こえてこない。

 もちろん受付と打席側では壁を隔てており、はっきりと話し声が聞こえるようなことはないが、そもそも彼女には興味が無いのだ。


 あるのはもっと年若い、少年と呼ばれる子供たちだけ。

 そう、彼女はショタ好きなのである。

 そもそもこの仕事を受けた理由も、そこにあるのだ。


 と、そこへ小学校で授業を終えた陸斗が戻ってきた。

 真っすぐ母屋へ向かう道もあるが、陸斗は毎回練習場の入口から裏口を通って家に入る。


「ただいまー」


「おかえりなさい、りくとくん」


「あっ、うみねえちゃん、すぐ手伝いに来るから、まっててー」


「うん、急がなくても、大丈夫よ」


 海未は崩れそうになる頬を両手で押さえ、状態をキープ。

 母屋へ向かう陸斗を見送り、慌てて受付に設置された等身大の鏡で自分の顔をチェックする。


「うん、だいじょうぶ」


 頬を両手で上下に動かして表情筋をほぐし、そして平常心を保てるように「私は見る専、私は見る専」と、何度も口にする。


 と、そこへTシャツに短パン姿の陸斗が戻ってきた。


「おまたせー」


「グフォッ」


「うみねえちゃん、どうしたの?」


 いきなりの大ダメージ。

 流石に刺激が強かった。


 ただ、そこは海未もプロ。

 冷静を装い「ううん、なんでもないよ」と答えるが、心臓はドキドキだ。


『待って、私を殺す気』


 そんな心の声など聞こえぬ陸斗は海未の反応に首を傾げるも、気にせず濡れタオルを持って打席の拭き掃除へ向かう。


 海未はその隙に体勢を立て直そうと、再び鏡の前へ。


「スゥーハー、スゥーハー。大丈夫よね、わたし」


 そう心に言い聞かせ、冷静を保ちつつ、また受付の席へ戻る……が。


 どうやら今日は厄日であったらしい。いや、むしろ彼女にとってはご褒美か。


「「こんにちわ!」」


「リクくんいますか?」


 そう声が聞こえ入口を見れば、そこには陸斗よりも背の高い小学生の男女がいた。


「うっ……」


 海未は一瞬鼻を押さえるも、大丈夫とわかると「あ、ちょっと待ってて、いま呼んでくるから」そう口にして、打席側で常連のお爺ちゃんたちと話をする陸斗に声を掛ける。


「りくとくん、お友達が来たわよ」


「あっ、ほんとう。じゃあ、すぐいく。お爺ちゃんたちも、ゆっくりしてってね」


 そう気遣う陸斗に常連のお爺ちゃんたちも、自分たちの孫を見るかのような優しさがあった。


「ほんと、垂らしだわ、あの子」


 無自覚なのか、誰にでも自然と好かれてしまう少年。

 そして、自分も惹かれているその一人だと自覚している海未である。


 こんな上等な職場、他の何処を探してもない。

 そう言い切れるだけに、絶対に自分の本性がバレるのだけは避けたかった。


「よしっ、気持ちを切り替えて、働きますか」


 そんな宣言虚しく、事態はさらに悪化する。


「うみねえちゃん、みんなで練習するから、ちょっとだけ、ごめんね」


「あ、うん。だいじょうぶよ」


 陸斗は子供用のゴルフバッグを担いで、友達と一緒に打席へ向かう。


 海未はその姿を眺めながら、ニッコリと微笑むも……その心は、すでにいっぱいいっぱいだった。


「はぁ……、マジでヤバいわ。なに、あの可愛さ。だいじょうぶって、うそだから。特に私の心が……」


 もはや支離滅裂な精神状態となった海未。


 その後も三人仲良くボールを打つ姿を、自動扉越しに堪能。

 可愛らしい子供たちの姿を目に焼き付けて、この日の業務を乗り切った。


「ほんと、わたし、もうすぐ死ぬんじゃないかしら」


 そんな、自虐的な言葉を吐きながらも大きく背伸びし、ご機嫌な様子で帰路につく海未は、どう見ても簡単には死にそうにないのであった。







―――――――――――――――――――――



長丁場ですので『こんな話もいいのでは』って、ことで入れてみました。


少々問題ありの海未ですが、基本はいい子です。


 

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