第26話 佳斗、表舞台へ立つ
あれからひと月が経過した11月の第2週。
大内雄介プロの専属キャディを務めることになった神川佳斗は、鮮烈なデビューを飾っていた。
というのも、場所は静岡県御殿場市。
ここで行われているツアーの試合で大内雄介プロは、初日6アンダーで首位に立ち、二日目を5アンダーのトータル11アンダー、三日目を14番ホールまで終えて3アンダーとし、二位以下に5打差をつけたトータル14アンダーで、首位を独走していたのである。
ここのところ体力面を考え参加試合数を減らしていた大内雄介プロに、久々の優勝チャンスが訪れたとあって大いに騒がれていたのだ。
彼は、これまでにツアー通算23勝。
人気、実力ともに博している大内プロだが、最近では少し力の衰えが見え始めていた。
その彼が、次々と台頭する若手に混じって出したスコアーは驚異的であり、この試合から専属契約を結んだとされる佳斗に注目が集まるのも、自然な流れであったのだ。
「ふふふ、今頃はキミの話題で持ちきりだろうね」
「ん、なんの話だ?」
「いや、そろそろテレビ中継が始まる頃だと思ってね」
現在の時刻は三時を過ぎたところ。
テレビのゴルフ中継は天候にもよるが、編集になることが多い。
というのも、枠内に表彰式まで終わらせなければならないため、そうならざるを得ないのである。
その結果、最終日は優勝争いをしているプロか、過去に大きな実績を残しているようなプロの最終ホールのグリーン上くらいしかテレビに映ることはない。
せっかく最終日最終組でプレーしていても、その日のスコアーが悪ければ、18番グリーンまでテレビには映らないのだ。
それをプラスに捉えるかどうかは本人次第だが、そのプロのファンとしては、残念な気持ちになってしまうのも事実。
最終組と知って楽しみにしていたら、全くテレビに映らなかったのでは、がっかりしてしまうだろう。
けれど、ムービングサタデーと呼ばれる三日目は別。
比較的ライブ中継になりやすく、最終日に誰がスコアーを伸ばしてくるかわからないため、可能性のあるプロたちを次々と映し出すのだ。
放送する側も、いきなりイーグルを奪い絡んでくる選手もいるため、気が抜けないのである。
そう言った意味では、最終日よりも三日目に頑張った方がテレビ映りは期待できるのだが、今回のように首位独走となってしまえば、どうなるか。
もちろん、明日何が起きるかわからないため、調子の良さそうな選手を映しはするが、テレビ中継での話題は大内プロに関することが中心となり、映し出される映像も多くなる。
そのため、彼と並んで立つ佳斗にも注目は集まり、自然と話題として取り上げられるようになるのだが……。
「そういや、陸斗もルリくんと一緒に、受付に設置してあるテレビの前で応援するって言ってたっけ。たぶん、常連さんたちも一緒だろうから、盛り上がってるんじゃないか」
「まあ、そういう事ではないんだがね」
全くの見当違いな見解をする佳斗に、少し呆れた様子の雄介であった。
☆ ☆ ☆
では、実際に実況席の様子はどうであったかというと、テレビ画面に映るのは実況を担当するアナウンサーとゲスト解説として呼ばれたプロゴルファーの
彼は現役のツアープロでツアー通算28勝を誇り、永久シード(ツアー通算25勝以上)も獲得している日本屈指のプロ。
ただ、この大会では予選落ちしてしまい、テレビ出演を予定していたベテランプロも体調不良で辞退となったため、代役として呼ばれたのである。
そしてもちろん彼が選ばれた理由も、大内雄介プロと同期であるからだった。
「井澤さんは、現在5打差で単独の首位に立つ大内プロとは同期と伺っておりますが」
「ええ、研修生時代から何度も顔を合わせているので、よく知っています。こうなったら、彼は強いですよ」
そう話す井澤翔馬は、佳斗や雄介と同じ地区の研修会に所属し、切磋琢磨してきた仲だ。
プロになってからの戦績は彼の方が上だが、当時の実力では雄介が圧倒的に抜けていた。
翔馬はそれを嫌そうに思い出し、少し顔をしかめるが、実況アナは気にする素振りもなく、更に情報を引き出そうと話を進める。
「それは、明日もこのまま独走するということでしょうか?」
「ええ、アイツは前しか見ていないんですよ。だから、自分のスタイルを貫き通せるというか、気にもしていないんです。きっと、二位に誰がいるかなんて、知りもしませんよ」
にわかには信じられない翔馬の発言だったが、それをラウンド解説の
「はい、そうですね。井澤さんのおっしゃる通り、大内プロはリーダーズボードを見ていませんね。終始キャディーと話をされていますので、意識はしていないようです」
「そうですか。やはり、井澤さんの言葉通りのようです。となるとですよ、井澤さん。大内プロはどこまでスコアーを伸ばすと、予想されますか?」
「そうですね……、いくら雄介でも、流石に最終日までは無いでしょうから、たぶん、16か17辺りになるんじゃないですかね」
それが翔馬の見立てであった。
ここまでのプレイを見た様子では、この後一つスコアーを伸ばした15アンダーでホールアウト。
最終日の明日は、一つか二つ伸ばせればいいだろうと考えていた。
「では、一緒にプレイしている二位の
「ええ、理論的にはですけど……。ただ、このコースのベストスコアーは7アンダーの63スコアーですので、余程いいプレイをしない限りは難しいでしょうね」
その言葉通り、御殿場コースのパーは70であり、比較的スコアーを出しにくいコース設定となっていた。
勝負事のため、このあと何が起きるかわからないが、この状況が覆る可能性は低いのである。
「そうですか。では、井澤さん。今週の大内プロは何が良いのでしょう」
「はい、それなら今回からキャディーとして連れて来ている神川佳斗。彼に尽きます」
「と、いいますと?」
「彼は我々同期のメンバーでは有名な人物でしてね。とにかく情報が正確なんですよ。たぶん、雄介はコース攻略を全て彼に任せて、指示された通りにボールを打っているだけでしょう。全く緊張感もなく、鼻歌まじりでラウンドしているんじゃないですかね」
そう話す翔馬は、少し羨ましそうに画面に映る雄介を見る。
というのも、彼も何度か佳斗にバッグを担いでほしいと依頼していたのだが、当時の佳斗にそんな余裕はなく、全て断られていたのである。
「まったく、雄介の奴、どうやってアイツを引っ張り出したんだ」
それは全くの独り言であったが、マイクにはしっかり拾われていた。
「キャディーの神川佳斗ですか。私どもに情報は無いのですが、どうやら彼がキーマンのようですね」
「ええ、彼はとんでもない男ですよ」
「といいますと」
「なんていうか、究極の人垂らしですね。僕たちの仲間で、彼の影響を受けていない者はいないと思いますよ。ツアープロになれなかったことは残念ですが、いまだに彼の経営する練習場を訪れるプロも多いと聞きます」
「そうですか……。例えば?」
「いえ、それを僕の口から話すのもどうかと思いますので、控えさせていただきますが、まあ僕もその一人ということです」
「わかりました。では、今後も注目ということですね」
「はい」
その後、雄介はスコアーを一つ伸ばし、15アンダーで三日目を終える。
そして翌日、翔馬の予言通り、スコアーを二つ伸ばした17アンダーで優勝。
二位に6打差をつける大差であった。
――――――――――――――――――――――
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
今回のお話はテレビ中継に関するものですが、これは僕が中継を見たイメージで書いたものですので、事実とは異なるかと思いますので、ご注意ください。
物語として楽しんで頂けたらと、思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます