第27話 受付に設置されたテレビの前で

 18番でウィニングパットを決めた大内雄介プロは、トータル17アンダーで優勝した。

 

 初日から首位に立ち、終わってみれば二位の長瀬祐樹プロとは6アンダーの差。

 井澤プロの予想していたスコアーであったとはいえ、そこまでの独走になるとは思ってもみなかったであろう。


 これも、全てはキャディーに恵まれたからだと雄介は優勝スピーチで答え、更には残り三戦、全て彼とタッグを組んで戦いますと明言。


 周囲を驚かせたのである。



☆ ☆ ☆



 ところ変わって、こちらは神川練習場の受付にある50インチテレビの前。


 広さは二十畳程あろうかという部屋で、食い入るように画面を見つめているのは、陸斗と瑠利、カエデと詩穂、美里である。

 彼女たちの背後では常連のお爺ちゃんたちが腕を組んで画面を眺め、佳斗不在のために休日出勤となった海未は受付にいて、時折テレビ画面へと視線を向けていた。



 本日は日曜日。


 昨日もまるっきり同じような光景であったが、今は更に人が増えている。

 

 練習場の打席は全て埋まり、順番待ちをしながらテレビ画面をのぞき込む人もチラホラ。

 本来なら、美里たちがその案内をするべきだろうが、今はそれどころではない。


 画面には佳斗が大きく映し出され、雄介と何か相談する様子が紹介されている。


 二人でメモを見ながら、地形を把握。そして佳斗が風向きと風の強さを計算しクラブを手渡すと、受け取った雄介が迷いなく打ち、それを簡単にグリーンへ乗せるのだ。


 彼らはただ、淡々とその作業を繰り返すだけで、この順位にいた。


 普通であれば意見の食い違いなどもあるのだろうが、この二人には無いらしい。

 完全なる役割分担とでも言うべきか、完璧なマネージメントをする佳斗と、それを機械のような正確さで熟す雄介という構図だ。

 


「師匠、カッコいいね」


「うん、あんな顔、初めて見た」


 瑠利と陸斗も、画面に映る佳斗に驚いた様子。


 ここで見る佳斗は温和で優し気な表情を崩さないタイプであるが、画面に映る彼は刻一刻と変わるコースの状態を把握しようと、真剣な様子であった。


 それを瑠利はカッコいいと捉え、陸斗は不思議に感じていた。

 いつもの父とは違う父の姿。

 研修生時代に佳斗が必死で足掻いていた姿を、陸斗は知らない。

 物心ついた頃には今の佳斗であり、優しい父であったのだ。




 とはいえ、それを知るものからすると、懐かしく感じるものである。

 美里は練習場で必死になってボールを打つ兄を、応援しながら見ているのが好きだった。


「兄さん、昔に戻ったみたいだわ。すごく楽しそう」


「へえ~、そうなんだ」


「おねえ、何がそうなの?」


「佳斗おじさんが、怖い顔してるってこと」


「うん、確かに怖いね。別人みたい」


「うふふ、昔はいつもあんな感じだったわ。鬼気迫るっていうか、たぶん必死だったのね」


 美里は昔を懐かしむかのように頷くと、再び意識を画面に集中させる。

 

 ずっと見たかった兄の晴れ姿。これが選手としてなら尚良かったが、それはもう無理というもの。

 だったら、この姿がいつでも見られるように、支えてあげなければならない。


「楽しくなってきたわ」


 これからも佳斗がキャディーを続けていけば、またこのような機会もあるであろう。

 そのためにも、今後は自分たちの役割が重要になってくると、考えていた。







 そして訪れた歓喜の瞬間。


 グリーン上にはウィニングパットを残した雄介のボールのみで、他全ての選手がプレーを終えていた。

 

 残る距離は50センチ。

 どうあっても、ここから逆転はない。

 それでも、何があるかわからないのが、ゴルフだ。

 ホールアウトするまでが勝負である。

 

 雄介は佳斗と少しばかり言葉を交わすと、ボールへ近づいて行く。

 すると、辺りは静寂に包まれ、観客はその瞬間を見逃さぬよう息をひそめた。

 

 ゴクリ。


 誰かが唾を飲み込む。


 そんな音さえ聞こえてきそうな静寂の中、コンと弾かれたボールはスッとカップに消え、カコンと音を鳴らした。


 次の瞬間。


「「「「「 ウヲオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」


 大歓声が響き渡り、グリーン上で硬い握手を交わす雄介と佳斗。


 その光景が画面いっぱいに映し出され、神川ゴルフ練習場でテレビを見ていた人たちにも笑みが零れる。


「良かったね」


「うん、良かった」


 そう会話を交わし、頷き合うカエデと瑠利。

 美里は常連のお爺ちゃんたちから「おめでとう」の言葉をいただいており、詩穂はグスンと涙を流していた。

 どうやら彼女、意外と涙脆いようである。


 そうして皆が祝勝ムードとなったその時、異変は起きた。


 優勝が決まった後も、ジッとテレビ画面に映る父の姿を見続けていた陸斗の周りを、ふわりと風が舞ったのだ。

 入口、そして打席へ繋がる自動ドアも締まっており、風が吹き抜けることのないはずなのにであるが、その後に起きた出来事は更に衝撃だった。


「あれ、お母さん」


「うん、ぼく大丈夫だよ」


「お父さんと一緒に頑張るから、見てて」


「じゃあね」


 それは不思議な光景だった。

 陸斗が会話を交わす方角には、誰もいないのだ。

 ただ、何もない空間へ笑顔で話しかけるその様子を、皆は驚きで見つめていた。


 そして、我に返った美里は、今あったことを陸斗に尋ねる。


「りっくん、いまの……」


「うん、お母さんだった」


「そう……。義姉ねえさん、来てたのね。きっと……、心配だったのだわ」


 その会話に、皆が言葉を失う。

 嗚咽を洩らし、すすり泣く声も聞こえ、祝勝ムードが一変。

 まるでお通夜の様であるが、当の陸斗は元気であった。


「あれ? みんな、どうしたの?」


 こんな嬉しい時なのに、なぜこんなにも静かなのだろう。


 陸斗はそんな疑問を抱いているが、大人たちは簡単に切り替えられるものでもないらしい。


「そ、そうね。どうしたのかしら。ほら、みんな。仕事に戻るわよ」


「ええーーっ、ママ、御祝いはしないの?」


「そうね。だったら、カエデ。今いるお客さん全員に、30球入りの籠を配ってきてくれるかしら。雄介さんが優勝したお祝いですって、言ってね」


「げっ、藪蛇だった……」


「ほら、私も手伝うから、行くよ。カエデ」


「は~い」


 つい余計なことを言ってしまったカエデは、仕方なく姉と一緒にボール籠を配りに行き、それに瑠利も続いた。 


 一緒にテレビを見ていた常連のお爺ちゃんたちも、無料と聞いて練習へ戻っていき、残されたのは美里と陸斗だ。


「りっくん、晩御飯は御馳走にするから、材料を買いに行こうか?」


「ほんと、わ~い」


 そうして後のことは海未に任せ、二人で買い物に出かけるのであった。 

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