第33話 女子寮の完成と、瑠利の入居

 12月中旬。


 女子寮へのリフォームは完了した。

 すでに内装も整え、あとは入居者を待つばかりであるが、瑠利が入るのはもう数日先だ。

 今週末を過ぎれば冬休みであり、その時までに出来る準備はしておこうと、佳斗と美里も気合が入る。


 各自の部屋は全部で五つ。

 予定では全てを個人部屋にするつもりなので、受け入れは最大で五人まで。

 とりあえず予定しているのは瑠利だけであり、必要最低限以外は本人たちでやってもらうとして、キッチンや談話室、トイレ、風呂には必要なものを揃えなければならない。

 エアコンなどの空調設備や水回り、カーテンはリフォームの際に済んでいるので、それ以外のすべてである。


「テレビは談話室に一つあればいいか。それに当面は瑠利くんだけだから、テーブルなどはあまり大きくなくても……」


 そう安直な考えをする佳斗に、美里は少々呆れ気味だ。

 ヤレヤレと首を振ると、兄に苦言を呈す。


「ちょっと、兄さん。私、後から買い足すなんて無駄だと思うわ。それよりも、みんなで使える大きなものを買いましょう。入居者なんて、いつ増えるかわからないんだから」


 それは、出資者である雄介の性格を考えてのもの。

 彼であれば、いきなり四人を送りつけてきても、不思議ではないのだ。


 たとえそうでなくとも、部屋が開いているのであれば、住み込みの従業員を増やしてもいい。

 ここ最近ではお客さんが増えてきて、とても今の人数では仕事を回しきれていないのである。

 むしろ、若い海未や彩夏にここへ住んでもらい、通いの従業員を探すというのも手なのであった。


「う~ん、そう言えばそうだね。あいつのことだから、すぐに送ってくるような気がするよ。それならいっそ、五人いると考えて準備をしてしまうか」


「ええ、それがいいと思うわ」


 どうやらわかってくれたらしいと、美里も少し安堵する。


 というのも、現在の神川家の懐事情は、以前とくらべて余裕があった。 


 練習場へ訪れるお客が増えたこともその一つであるが、佳斗がキャディーを務めた大内雄介プロの活躍が大きい。


 御殿場から最終戦までの残り四戦を、優勝、5位タイ、8位タイ、6位と常にベスト10以内をキープし、実にこのひと月で6千万以上を稼いだのである。

 その結果、佳斗には600万程度の報酬が支払われ、それをここで使ってしまおうというわけだ。

 

「よし、そうと決まれば、サッサと終わらせてしまおう。家電は岳久たけひさ(美里の旦那)くんに頼めるだろうから、まずは家具屋かな」


「ええ、うちの旦那はもう、趣味みたいなものだから、きっと喜んで引き受けてくれるわ」


「ハハハ、助かるよ」


「どういたしまして」


 こうして、入居者の受け入れ準備も完成。


 家事用品も美里が気合を入れて選び、後は瑠利が来る日を待つばかりであった。




 そして週末。

 朝陽一家が訪れた。


 瑠利は曜日の悪さで二学期の修業式までにあと二日ほど通わなければいけないが、それが終われば冬休みである。

 年末は実家に帰るとして、それ以外はここにいるつもりであった。

 

「こんにちわ、ミサトさん」


「いらっしゃい、ルリちゃん。うふふ、ついに完成したわよ」


「えっ、ほんとですか?」


「ええ、これから兄さんが案内してくれると思うから、ちょっと待ってて」


「はい」


 受付にいた美里に訪問の挨拶をした瑠利は、彼女から聞いた嬉しい知らせに高揚する。

 

 これまでは母屋の空き部屋を借りている状態だったが、ついに自分の部屋を持つことが出来るのだ。

 ベッドは絶対だとして、可愛いぬいぐるみも置きたい。

 実家の部屋とは違ったアレンジで、ちょっとシックにしてみようか。


 そんな妄想が膨らむ中、いつの間にか彼女の両親と一緒にいた佳斗が、瑠利に声を掛ける。


「こんにちわ、ルリくん」


「あ、はい。こんにちわです、師匠」


「これから女子寮の案内をするから、付いてきてくれるかな」


「はい! よろしくお願いします」


 瑠利は両親と共に、佳斗の後へ続く。


 女子寮は母屋の隣にある建物で、一応は廊下で繋がっているが、別錬と言っていいだろう。

 練習場の駐車場とは反対側であるため、外から覗かれる心配もなく、安心して過ごすことができる。

 女の子だけが住む家ということもあって、そういった配慮はされていた。


「わぁ、凄いキレイ」


「ははは、そりゃあ、リフォームしたばかりだからね。外観はともかく、中は全て変えたから、キレイなはずだよ」


「すみません、娘のために何から何まで」


「いえ、遥さん。全部雄介の仕業ですから、お気になされずに。それよりも、彼はそれだけルリくんに期待しているのでしょうね。私としても、まさかここまで支援していただけるとは思ってもみませんでしたよ」


 そう答える佳斗は、本気でそう考えていた。

 雄介自身に師事してるのならともかく、瑠利は佳斗の弟子である。

 であれば、彼がそこまで入れ込む理由が無いのだ。

 

「ほんと、大内プロには感謝しなければいけませんね」


 そう、話の弾む二人であるが、琢磨は女子寮に設置された生活用品の質の高さに驚いた様子。


「家具や家電も、良いものを使ってますね。高かったんじゃないですか?」


「ああ、そちらはですね、雄介のキャディーで得た収入が大きかったものですから、奮発しましたよ。まあ、選んだのは妹の旦那ですけど。私としても良いものを長く使えれば、その方がお得ですからね」


 なんて、以前の彼からは考えられないような発言をする佳斗。


 神川家は、これまで安いものを出来るだけ長く使うような生活だった。

 けれど、雄介のキャディーをしたことで、余裕もできた。

 もちろん、それがずっと続くと考えているわけではないが、プロを目指す子たちにはそれ相応の生活水準を与えてあげたいとも考えていた。


「そうですか……。神川先生は、本当に娘のことを考えてくれていらっしゃる。これからは私も積極的に協力させていただきますので、遠慮なく言ってください」


「ははは、そう言っていただけるのは嬉しいのですが…………えっと、そうですね。でしたら、今後ルリくんがプロを目指す以上、遠征費などバカになりませんから、お金にはシビアでお願いします。請求書はパシオンゴルフガーデンへ回すようにと言われていますが、流石に全てを雄介に頼るのもどうかと思いますのでね」


 それはある意味当然の事。

 プロに弟子入りしたからといって、経費など全てを負担してくれるわけではないのである。

 日中は仕事を手伝うなどして、お金を稼がなければならないのだ。


「ええ、もちろんです。娘を預けっぱなし、というわけにはいきませんからね」


「ははは、無理のない程度で、お願いしますよ」


 こうして、瑠利たち朝陽一家は、女子寮を見学。


 部屋にはベッドや本棚、衣装スペースなど、至れり尽くせりな状況だったので、あとは足りない机や大型のスタンドミラーなどを買い揃えるため、瑠利たちは再び出かけていったのである。  

 

 

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