第11話 瑠利の通う中学の教室での会話

 ここは瑠利の通う中学校の教室だ。

 普段通り朝の登校を終えた、教室での一幕である。


「アサヒ、おはようさぁ」


「うん、おはよう、アカリ」


 早めに来て席に座っていた瑠利に声を掛けたのは、友人である九条朱里だ。


 若干語尾に妙な癖のある彼女は、祖母がイギリス人というクウォーターで、明るめの金髪に整った顔立ちと、クラスでも一際目立つ存在である。

 幼い頃にイギリスで育った帰国子女であるため、言葉使いも多少変ではあるが、それがまた可愛いとファンを増やしていた。


 教室にいた男子生徒の何人かも彼女が目当てらしく、声を聞いて一斉に振り返るが、朱里の興味はそこになく、少し落ち込んだ様子の友人を気にかけているようだ。


「なんか、元気ないのさ。どうかした? 何かあった?」


「あ、うん、ちょっとね」


「もう、どうしたのさ」


 どうやら昨日何かあったらしいと踏んだ朱里は、『それで何があったのさ?』なんて問いただすことはなく、勝手に妄想を膨らませていく。

 そして辿り着いた答えが、また見当外れだったりするのだが……。


「ああ、わかった。恋をしたんだっさね」


「えっ……」


「うふふ、もう、その反応が証拠さぁ。ねえ、だれ? 誰なのさ?」


 それは全くの見当違いもいいところ。

 今の瑠利はゴルフが恋人であり、同年代の男子などに目はいかないのだが、それを知らない朱里は更に詰め寄る


「そんな、隠さなくてもいいさぁ。誰にも言わないから、さ」


 そういわれてもであるが、瑠利は否定するしか無い。


「いや、違うよ。恋なんかじゃなくて……」


「ええーーっ、恋じゃないなら、何なのさ」


 そう詰め寄る朱里であるが、瑠利としても友人にはなかなか話しにくい内容である。


 そのため、どう答えようか悩んでいると、二人目の友人が登場。


「おはよう! ルリにアカリ。どうしたの? 朝からそんなに騒いで」


 そう話す彼女は和久瀬わくせ優衣ゆい。長い黒髪の和風美人だ。

 こちらも朱里と同様クラスでは人気の存在であるが、落ち着いた印象であるため、優等生的な扱いだ。

 実際はちょっと意地悪なところもあり、茶目っ気たっぷりな彼女だが、元気印の二人が騒がし過ぎて、あまり目立たなかったりする。


 今日も教室へ入るなり朱里の『恋がどうのこうの』という声が騒がしく、誰にも気づいてもらえなかったのだ。


 けれど、そんなことはお構いなしに、朱里は話を振ってくる。


「あっ、ユイ! おはようさ。ねえ、ちょっと、聞いてよさ。なんか、アサヒが誰かに恋したっぽいさ」


「へえ~、どんな子?」


「いや、だから違うって」


 すでに瑠利は何度か否定しているが、朱里は全く信じようとしない。


 優衣も面白そうだとその話に便乗するが、いつもと違う瑠利の様子に「はは~ん」と頷くと話題を変えた。


「ところで、昨日、行ったんでしょう。どうだった?」


「あ、うん……。それなんだけど……、まだ決まってない」


「えっ、なになに、何の話さ?」


「そう……、だから、そんなに」


「うん、でも大丈夫だと思う。みんな親切だったし、先生の息子さんも懐いてくれてたから。あ、来週、また会おうねって、約束もしたんだよ」


「へえ~」


「もう、何なのさ!」


 どうやら事情を知っているらしい優衣と違って、何も聞かされていない朱里には、二人の会話はさっぱりらしい。

 完全に取り残されたまま話は進んで行き、少々、不貞腐れた様子だ。


 それを見た優衣も「クスッ」と笑い、


「ああ、ごめんごめん。アカリは知らないんだったね。ルリは昨日、プロゴルファーになりたいからと、弟子入りしたい先生のところに直談判に行ったんだよ」


 と、告げた。


 瑠利本人からは言いにくそうだったので、その代わりというわけだ。


 けれど、これはもちろん朱里にとって、初耳。


「何それ、聞いてないんさ」


「だから、いま言ったでしょう」


「ええーーっ、じゃあじゃあ、アサヒは高校いかないのさ? いつも、どこ受験するか聞いても教えてくれなかったのは、それのせいさ?」


 そう捲し立てる彼女は、少し頬を膨らませていた。


 これまで何度となく尋ねても、ずっとはぐらかされてきた理由をようやく知れたと思ったら、まさかの内容。


 納得できないのもわからなくはないが、瑠利にもまた言えない理由があった。


「ごめんね。まだ認めて貰えるかわからなくて、答えられなかったんだよ。でも……、高校は行くよ。たぶん、春乃坂学園高校になると思う」


 そう、謝罪をし、志望校を告げる。


 すると、それを聞いた二人の反応は。


「えっ……、えーーっ!」


「そっかー、受けるんだね」


「うん、大丈夫な気がするんだ」


「なんでなんで」


「頑張って」


「うん、一緒の高校へ行けなくて、ゴメン」


「そんなの、いやーーっ!」


「いいよ、ルリの人生だもん」


 と、戸惑う朱里と、応援する優衣である。


 どちらも同じ高校へ進めることを望んでいたが、それが無理であることを理解したのだ。

 けれど、すでに覚悟の決まっていた優衣と違い、朱里はまだまだ納得がいかない様子。


「えっ、ほんとに? 春乃坂って、ここから駅六つくらい離れているさね。通ったら、どれくらい? 一時間じゃあ、すまなくないさ?」


 と、それは道理であるが、なにも実家から通うとは限らない。


「うん。でも、わたし、師匠のところに内弟子として入るつもりなんだ。だから、そこから通える高校を探したら、春乃坂だったんだよね。なかなか言い出せなくてゴメン」


 そう、瑠利が謝罪を込めて伝えてみたところ、朱里の精神はますますテンパっていく。

 

「ゴメンじゃないさ。もっと早く言ってさ。それに、内弟子ってなにさ? けっきょく、その先生のところに住むわけでさ。ヤバくないさ? ルリみたいなかわいい子が、そんなのダメさ。襲われちゃうさ」


 と、興奮からか、語尾にさを連ぱつする朱里。

 だが、彼女の心配ももっともだ。


 もちろん朱里は神川家のことを知りはしないが、思春期の女の子なら、その心配もあるであろう。

 特に、女の子は精神面の成長が早い。

 朱里にしろ、優衣にしろ、瑠利にしろ、美少女なうえにスタイルもいいとなれば、邪なことを考える者もいるだろう。


 けれど、それに関しては心配するだけ無駄というもの。


 両親ともに信頼できる指導者を選んでいるわけであり、神川家の人たちが、それを裏切るようなことはないのである。


「あはは、心配してくれて、ありがとうね。でも、むしろ心配なのは、わたしだよ。師匠の息子さんがすっごく可愛くてね、ギュッってしたかったんだ」

 

 不意にそんなとんでもないカミングアウトをする瑠利であるが、どうやらこれに関して優衣と朱里に驚きはない様子。


「ああ、そっちかぁ。小さい子、可愛いよね」


「で、何歳なのさ?」


「12歳、小6だって」


「えっ……、それはちょっと、マズくない?」


「そうさね、もっと下ならいいと思うけどさ」


「う~ん、やっぱ、そうよね……」


 と、流石に節度はあるようだが……。


「でも可愛ければ、しかたないよね?」


「そうそう、かわいいはセイギだよさ」


「う〜ん、そうなのかなぁ……」


 と、やや謎の意見もあるが、コロコロと態度の変わる友人たちに、瑠利の心も揺れている様子。



 どうやら彼女たちの会話を聞く限り、危険なのはむしろ陸斗の身であるようだった。

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