第12話 週末になって
金曜日の夕方になり、瑠利は母親と一緒に神川ゴルフ練習場を訪れた。
受付には顔見知りの渡会海未がいて、ちょっと驚いた様子であったが、まずは師匠だ。
母と一緒に受付の裏手にあるドアを通って事務室に入り、書類を見ていた佳斗に挨拶をする。
「おはようございます! 師匠、またお世話になります」
「こんにちはルリちゃん、げんきだねぇ。私はハルカ(瑠利の母親)さんと話があるから、自由にしているといい」
「あ、はい。わかりました」
そうして師匠と言葉を交わした瑠利は、母親を残して事務室を出る。
そのまま打席側へ向かい、全くお客さんのいない練習場の風景にがっかりしたが、そこに目的の人物はいなかった。
それならと母屋へ向かうも、そこにも人のいる気配はないようだ。
時刻は金曜日の15時。秋の日はつるべ落としということわざがあるくらい、日の沈みは早い。
小学生の陸斗ならもう帰って来ていてもいい頃合いであるが、姿は見えなかった。
そのため、瑠利はまた事務室へ戻ってきて、
「すみません、師匠。リクトくんは、いないのですか?」
と、尋ねた。
「ああ、リクトは今、ミサトの買い物に付き合ってもらってるんだ。もう暫くしたら、戻ってくると思うから、待っててあげて」
そう聞けば瑠利も納得。受付には海未もいるし、時間にも余裕はあるのだろう。
もう暫くがどの程度かわからない以上、やるべきことは一つだ。
「はい、わかりました。では、練習していてもいいですか?」
「もちろんだよ。それがキミの仕事だからね。私はもう少しハルカさんと話があるから、自由に打っているといい」
「ありがとうございます」
こうして瑠利は佳斗の許可を得て、さっそく練習を開始する。
受付の海未に声をかけて50球入りの籠を受け取ると、誰もいない練習場の真ん中に陣取った。
そして、先週注意されたように十分な
まずはドライバーを持ち、素振りを十回。
握りを左右逆にして、左で素振りを十回。
その後はクラブをサンドウェッジに変えハーフスイングを繰り返し、イメージが固まったところで、ようやく籠のボールへ手を掛けた。
「じゃあ、打ちます」
誰かが聞いているわけでもないのに、そう宣言してからボールを打ち始める。
最初はサンドウェッジで三十ヤード、五十ヤード、八十ヤードの打ちわけを行い感触を確かめ、その後は番手を徐々に上げながら、ボールを打っていく。
「よし、いい感じ」
打感や球筋、飛距離もイメージ通り。
ただ、問題があるとすれば、落下地点にバラツキがあることだ。
プロを目指すのであれば、誤差は少ないほどいい。
練習での誤差は、本番で大きな差となって現れるため、なるべく正確なショットが求められるが……。
それはプロでの話。
今はまだ、基礎の繰り返しが大切な時期だ。
日々、身体の成長が進むこの年齢では、スイングを固定させることは逆効果であったりする。
むしろ、感覚重視も方が、いい結果を生むのである。
「うん、もう少し打とうかな」
瑠利もまだまだ満足できていないようで、50球の籠を追加。
そしてまたボールを打ち始めようとしたとき、美里と手を繋いだ陸斗が帰ってきた。
「ああーーっ! ルリねえちゃんが来てる!」
「あら、ほんとだわ。早かったわね」
一旦母屋へ入り、裏口から打席側へとやってきた二人は、そこで打席に立つ瑠利を見つけたのだ。
「リクトくん、それにミサトさんもこんにちわ。学校が終わったので、お母さんに連れてきて貰いました」
「あら、そうなのね。じゃあ、兄さんとハルカさんは事務室かしら? ちょっと、行ってみるわ」
美里は陸斗と繋いでいた手を放し、事務室へ向かう。
残された陸斗は「じゃあ、僕はルリねえちゃんの練習をみてよっと」と、瑠利の立つ打席の後方へ設置された椅子へ座り、足をブラブラさせ始めた。
可愛い。
そう思ってしまう瑠利であるが、いかんいかんと頭を振り、練習へと集中。
若干、急ぎ気味ながらボールを打ち、最後の100球目をサンドウェッジで纏めて、練習終了だ。
「終わったよ。片付けしたら、あそぼっか」
「うん」
こうして、急ぎ後片付けを行い、瑠利は汗をかいたため服を着替えてから、陸斗と合流。
「何して遊ぶ?」
「えっとね、パター勝負しよ」
「えっ?」
それは思いがけない提案だった。
アプローチ練習場にあった高麗グリーン。
それを、この一週間で佳斗が仕上げていたのだ。
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