第2話 海難事故の御行の「みそきん」
1年後。姫の屋敷の前。
出遅れたか。石頭の
屋敷の前は、既に
「どけ、私が先だ! 私は皇族であるぞっ!」
「最初に到着したのは私でございます。私が最初に入るべきです」
屋敷の門から老主人の従者が顔を出した。
「先に到着された方から順番にお通しいたします。全員からお持ちいただいたものを見せていただきますから、どうか張りあいなさいませぬようにとご主人が申しております」
ほら見たことか、と海難事故の御行がふんと笑ってみせた。
貴公子たちは、庭の見える広間へ通された。上座から順に、海難事故の御行、外車持の皇子、
最後に現れた男を見て、石頭の皇子はぎょっとした。
装束も着ず黒っぽいぴったりした布を身にまとい、頭は
右手に薄く平たい銀色の石、左手に緑の彩色がされた白い椀をなぜか持っている。
「いやー、まさかこの時代に帰って来られるとはね」
男は妙な口調で何かを話しながら、石頭の皇子の隣に腰を下ろした。
「な、ならず者!?」
外車持の皇子が立ち上がった。貴公子たちの従者たちが一斉に男に武器を向ける。
石頭の皇子も腰を浮かせかけたとき、「お待ちください」と老主人の声が聞こえた。
「落ち着いてください、皆様。そのお方は
「はあ?」
石頭の皇子は男の顔を見つめた。眉化粧すらされていないが、確かに時駆の麻呂に似ている……似ているか?
「いかにも。僕が時駆の麻呂さ。『あっち』では『ムネユキ』と名乗っていたけどね。本田宗一郎と松下幸之助から一文字ずつもらって『宗幸』さ」
「さあ、始めましょう皆様」
老主人が時駆の麻呂を無視して言った。
「まずは海難事故卿から、お持ちいただいたものを見せていただけますか」
「もちろんだとも」
海難事故の御行は立ち上がり、滔々と語り始めた。
「最初、私は『みそきん』がいかなる宝玉なのかわからなかった。私は都中の人々に聞いて回らせたのです。『みそきん』の在りかを知っているか、と。ある日、とある物乞いの老婆が申すには、『みそきん』とは海の怪物が抱えている宝玉らしい。私は早速船を出し、食糧も衣類も銭もすべてを積み込んで出発しました」
そういえば、どこかの屋敷の者たちが家財一切を持ちだして船旅に出たと噂を聞いたが、それは海難事故の御行のことだったのか、と石頭の皇子は思った。
海難事故の御行は話を続ける。
「最初は順調に思えた船旅でしたが、次第に空は荒れ、大嵐となりました。積荷はほとんど捨ててしまいましたが、それでもいくつかの船が転覆し、乗っていた従者たちが死にました。何日も何日も飲まず食わずで船底にしがみついていました。しがみついていないと、海に投げ出されてしまいますからね。その状態で7晩と8日が過ぎ、9日目の明け方に、私はついに見たのです」
一同の息を飲む音が聞こえた。
海難事故の御行は満足げに皆の顔を見廻すと、大げさな身振りで語った。
「それは伝説上の怪物でした。大きく、恐ろしく、
「おお」
老主人が感嘆の声を漏らした。
「海難事故卿、あなたは素晴らしく勇敢なお方です。それで、肝心の『みそきん』はどちらに?」
「ありません」
海難事故の御行は首を振る。
「私は怪物に出来る限り近づき――その時は恐ろしくて腰が抜けそうでしたが、勇敢な私はぐっとこらえて――怪物の光を観察しました。しかし、その中にさえ『みそきん』はなかった。私は呆然として、都に戻りました。船を失い、仲間を失い、財産の多くも失った。そのとき、生き残った従者たちの顔を見て私は気づいたのです。『みそきん』とは形ある宝玉などではない。『みそきん』とはすなわち仲間との絆、そして自分自身だったのだと。姫は私たちにそうおっしゃりたかったのでしょう。そして、それに気づいた者と結婚したかったのだと。さあご主人、姫を私に――」
「なりません」
老主人が言った。
海難事故の御行は目を丸くする。
「は?」
「『みそきん』は形あるものです。海難事故卿、あなたは『みそきん』を用意できなかった。姫を差し上げることはできません」
「そ、そんな……」
海難事故の御行はへなへなと腰を落した。
「見つけたのは『みそきん』ではなくワン・ピースだったということか」と、時駆の麻呂がよくわからないことを呟いた。
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