第2話

武器といっても大したものは調達できない。


硬い木を探し、握りやすい太さのできるだけ真っ直ぐな枝を切断することにした。


硬い木の見分け方というのは意外に簡単だ。木には針葉樹と広葉樹があるが、硬いのは広葉樹の方だ。英語で針葉樹をソフトウッド、広葉樹はハードウッドと呼ぶがそれはそのまま硬さを表している。


広葉樹なら樫、ナラ、クルミ、タモ、チーク、カエデ、ブナ、カバザクラ、アカシアが代表的だ。そして、先ほどの探索でクルミの木を見かけていた。


クルミの木は北半球の温帯地帯に広く分布している。渓流や河川にそって自生しているものも多いので、この辺りにあっても不思議はなかった。


ここでもアーミーナイフが大活躍だ。


ノコギリを出して枝を切る。


刃の山が粗いからか、最初は少し引っかかって動きにくい。あまり力を入れずに軽く押し引きして徐々に刃を入れていく。それほど時間をかけずに切断することができた。


同じような枝をさらに5本切り取り、ついでに殻付きのクルミを採取する。


クルミは秋が旬なため、今が食べ頃か少し時期が遅いかもしれない。しかし、11月末くらいまでは採取されるため食べても問題はないだろう。殻については硬いが割る方法がある。それに投擲して武器にもできるため、重宝するはずだ。


切断した木を引きずりながら移動しているとブナの木を見つけた。幼木なので木は柔らかいはずだ。それに硬くて使えるのは樹齢40年以上の大きなもののはずで、樹高の比較的低いクルミの木のように枝を刈り取るのは難しいだろう。


しかし、ブナはもっと日陰で湿気の多いところに自生するはずだ。今の場所に自生するのは、種子が何らかの方法で運ばれてきたと考えるのが妥当だった。


そこでふと思う。


ブナもクルミも、その実が熊の大好物であることを。


このブナの種子は熊によって運ばれてきたのではないだろうか。


ここには餌となるクルミがあり、水場も近い。それに熊は木に登る。獣を避けるために木の上で眠ったところで安全とは言い難かった。


嫌な気持ちにさせられたが、今さら焦っても仕方がない。万一のために備えるしかないだろう。


焚き火の近くに切断した木を持ち帰り、その内の4本の先端を火に入れる。先を炭化させるのが目的だ。燃えすぎないように様子を見ながら、残り2本の先をノコギリの刃で鋭角にする。


俺のアーミーナイフには49の機能が搭載されているが、ここに付属するヤスリは小型なためにさすがに仕上げには使えなかった。ただ、それでも鋭角にした木材は、真っ直ぐに突くことでないよりもマシな槍となる。


そして先を炭化させた木材は、交互に火に入れておくことで獣を威嚇することくらいには役立つだろう。


次の対策として、作製した槍を持って再び探索に出た。


水辺ならば自生している可能性があるミントを探すためだ。日本で自生するミントの大半はニホンハッカという種類で、繁殖力が旺盛なのが特徴といえる。ニホンハッカは苦味が強く、クセのある香りで虫除けなどの忌避剤として使われるため、熊よけにも使えないだろうかと考えたのだ。


熊がもっとも嫌うのはトウガラシのにおいだと聞いたことがあるが、トウガラシはもともと外来種のため自生していることは少ないだろう。


湿った草地に自生するニホンハッカを探していると予想外のものを発見した。


同じミントでも、日本にはそれほど流通していないはずのペニーロイヤルミントだ。


ペニーロイヤルミントは他のミントと似たような効能があるが、毒性が強いため日本ではあまり馴染みがない。ホームセンターでもあまり取り扱いされていないため、誰かが持ち込んだ種子が繁殖したとも考えにくかった。


ヨーロッパや西アジアなら自生していてもおかしくはないが、ここは日本···日本なのだろうか。


クルミは日本でも自生する。しかし、よく考えれば先ほどのクルミは殻の色が薄かった気がする。日本で自生するクルミはオニグルミといわれ、外果皮がクルミの殻を包んだまま落下して腐るので、殻にはそのカスが残って黒っぽくなるはずだった。


ブナに関してはわからない。日本のブナと、例えばヨーロッパブナでは見た目の違いはほとんどないといえるからだ。


この場所であまり悩んでいても仕方がないので、ペニーロイヤルミントをあまり傷つけないようにして大量に持ち帰った。


ペニーロイヤルミントの毒性は大量摂取しなければ人体にはそれほど影響はなかったはずだ。しかし、小動物はこれを摂取すると最悪の場合は嘔吐や発熱、麻痺といった症状が出る。


平たい石の上にのせて別の石ですり潰そうかと思ったが、何らかの異常な症状が出るのはまずいと考え中断した。


とりあえず、そのまま焚き火を囲むように置いておくことにする。独特の香りで虫を遠ざけ、熊や猪なども敬遠するのではないかと思えたのだ。




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