第15話 - 完成
「…………」
暗い森の中。
木に固定された松明の炎が風に揺られ、周りを照らす。
サッサッ!
瞬時、化け物たちが姿を現した。
2メートルもある緑色の細い体、それを覆う黒い鱗。二足歩行の巨大トカゲそのままの魔物。
(お前らか……)
木の後ろから半分だけ体を出し、不気味に俺を見下ろす魔物を睨み返す。
リザードマン。
Dランク上位の魔物。
全員が槍を持っているが、攻撃を仕掛けない。
(時間稼ぎか、意外に頭が回る)
そいつらの後からゴブリンたちが次々と茂みから出る。どうやら、このリザードマンがゴブリンをまとめているようだ。
リザードマンの数は8匹、そしてゴブリンたけでもう20匹以上。だが、問題はここのヤツらじゃない。
見えないんだ……
気配察知を使っても、ここへ向かっている魔物の最後尾が見えない。
(この辺りに集落でも作っているのか!?)
もちろん、群れ全体が集まるのをじっと持っているつもりはない。
剣と盾を持つ手に力を入れ、雑念を取り払うようにやるべきことを言葉に出す。
「全員、殺してやる」
俺のその言葉で戦い、いや……死闘が始まった。
キシャアアァッッ!
最初に反応したのはリザードマンたちだった。
ご都合に一匹ずつ、なんてことはない。8匹同時に攻撃をしてきた。
(俺を侮れていないようだが、選択を間違ったな)
「ッ!」
チャンスっとばかりに前の3匹が俺の間合いに入る前に、自分から前へ踏み出した。そして武器の1つ、ジャンプブーツを使い、ヤツらの懐に入った。
そう、俺を侮れていないが、力の差も分かっていない。
虚を突かれたそいつらは怯み、目で俺を捉えているが体が追いつかない。
固まっていた3匹へ横一閃。
その先手が成功して、喉を斬られた2匹は直ぐに倒れた。仕留め損ねった右のリザードマンに追撃を加え、殺すことが出来た。
シャアアッッ!
あっけなく殺された仲間を見て、他のリザードマンの警戒が上がった。だけど今度は手下のゴブリンに俺を襲うように命令をした。
ギャアギャッ!
俺は元の位置に戻り、波のように押せてくるゴブリンたちを次々と倒していく。新しい装備がちょうど今日で出来たのが偶然じゃないって疑うくらいの活躍だ。
俺の今のレベルは41。今使っている鋼の剣は重くて、それによる斬撃はDランク下位のゴブリンを一撃で真っ二つにする力を持っている。
だけど、数が多い。
斬っても蹴っても次の奴が来る。加えて知恵を絞ったか、近づかずに石を投げてくるゴブリンもいる。それを盾で防御、たまには回避をしながらしばらく耐えた。だけど、そこで新たな問題が現れた。
死体だ。
地上の魔物は殺しても消えない。俺の前方にはゴブリンの死体が段々と増え続けて、動く範囲が狭くなっている。
それで押していると思ったか。リザードマンたちが再び動き出した。3匹がゴブリンを盾にしながら近づいてきた。他の2匹はまだ怖いのか、ゴブリンと一緒に遠くから石を投げってきた。
(温存は終わりか)
3匹同時に槍で攻撃をして来たリザードマンを迎え撃つには集中する必要があったため、後ろへ飛び去り、石の攻撃を受ける覚悟で俺は左手を前へ向けた。
「ファイアボール!ファイアボールッ!ファイアボールッ!」
再度、リザードマンたちは虚を突かれた。
俺の左手からサッカーボールくらいの大きさの火の玉を放ち、向かってきたそいつらに大きな火傷を与えった。痛みに苦しんでいる隙をつくために、俺はもう一度ジャンプブーツを使い、そいつらに切りかかる。
最初の攻撃のように、一閃で片づけたらよかったが、この一連の間にもゴブリンたちの攻撃が止まない。
石が顔にぶつかり、血を流し始めるけど、アドレナリンとレベルのお陰か、それ程の痛みはない。
3匹を殺すことは出来たが、状況は良くなったと言えない。それはゴブリンの数がまだ増えているからだ。
(クソッ!どこから来てやがる!?)
こいつらの攻撃は低いが、体全体にかすり傷が段々と増えている。
(ここは町から数時間離れている、ミリアンにああ言ったが、騎士団に見つかれるのは期待出ない)
「………」
視線を向けないが、気配察知で彼女がまだ隠れているのが分かる。それだけで気持ちが引き締まる。
(なんだか……勇者みたいだ)
…………
………
……
…
2時間後。
「チッ!ストーンバレットッ!」
足にしがみつこうとしたゴブリンを蹴り飛ばし、すぐさまに後ろに回ろうとしたもう一匹のヤツの頭目掛けて土魔術を撃つ。
「はあ……はぁ……」
他のリザードマンも殺し、今はゴブリンだけが残っている。だが、俺も無傷じゃない。リザードマンが落とした武器を拾ったゴブリンの攻撃で右足に大きな傷が出来た。
問題は体だけじゃない。
「オラッッ!」
隠れているミリアンに弱気を見せないように剣を振り、大きな声でゴブリンたちを威嚇する。同時に、ジャンプブーツに視線を落とす。
もう、効果が出ない。
マジックアイテムの殆どは魔力なしでもその効果を出すが、無限に使える訳じゃない。ジャンプブーツもその例に漏れず、既に使い切っている。
(もう一度使うには数時間は必要が、そんな時間は無い)
「!?」
(これは……)
体力を余計に使わないように気をつけながらゴブリンたちと攻防を繰り返したら、ついに増援の最後尾が見えた。だが…
「……そういうことか」
リザードマンたちが死んだにも関わらずゴブリンたちの一匹も逃げていないことに違和感を感じていたが、ついにその理由が分かった。
最後のゴブリンが到着して、その後ろから巨人が苛ついた足取りで姿を現した。
(そうか……リーダーはリザードマンじゃなくてこいつか)
ホブゴブリン。
ランクは高くない。リザードマンと同程度のDランクで、何度も倒したことのある魔物だ。だがこいつは明らかにおかしい。
グゥルワアァアアアァッッ!!!
仲間が死んだことで怒っているのか、もしくは俺を威嚇しているだけか、ホブゴブリンの巨人は俺へ向かって高い咆哮を放った。
(これは、流石に……)
死を覚悟した。
別に戦うことを辞めるつもりはない。だが体中から血が流れて、足に力が入らない。
落ち着けるために周りを見渡す。
……
…
松明は既に燃え尽き、暗い森の中は地球より数倍も大きな月の明かりで照らされた。
ゴブリンとリザードマンはもう居ない。
周りには血の海に浮かぶ死体、そして睨み合う冒険者と魔物。
最初は怒りに身を任せて、襲いかかると思ったが、俺が最後のゴブリンを殺すのを見て、ホブゴブリンは俺を睨みながら数メートル離れた正面に立った。
「………」
(こいつを倒せば終わりだ。後はミリアンを連れるだけ………だが)
分かる……
俺はここで死ぬ。
敵を殺す方法を考える。成功しそうなのを幾つか思いついたが……その後が無い。
こいつを殺しても、俺の傷を治す時間がない。
まるで自分の命が血と一緒に傷口から流れる感覚。ポーションはもう使い切った。俺の治癒魔術では治せない。
(情けねえー。魔王のクズ野郎どころか、こんなヤツらに殺されるのか……)
本当に、異世界無双もクソもなねえー。
(まあ、いい。俺は諦めなかった。死ぬのは怖くなっても、俺は戦い続けた。それだけは誇れる)
ミリアンの居る木を背から離れず、前方の敵へ盾を構える。
(絶対に止まらない!)
身体強化の魔術を使い、盾を前にしたままホブゴブリンの方へ駆け出した。
ッグゥアアアァッ!!!!
もう一度の咆哮。だが構わない。ただただ敵へ迫る!
間合いが2メートルを切ったところでヤツは手にした大剣を高く上げて、俺を潰す勢いで振り下ろした。
(やり合うつもりはねえよ!!)
最初に戦ったボスと同じ場面だ。
体はもうボロボロでおの時みたいに完全に避けられないが、俺も少しは成長している。
「ッッ―ッはあッ!」
迫りくる大剣へ自分から左手の盾を突き出し、頭を守りながら力の方向を変えて、それを地面へ叩きつけた。
花火の如く火の粉が空中を舞う。
尽かさず、あの時の何倍の力で大剣を持つホブゴブリンの手を全力で叩き切った。
ッッグワアァアッ!!
ホブゴブリンは悲鳴を上げるが、もちろんどうでもいい。
「ヒィッ!!死ねえッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねッ!死ねええッッ!フヒャハハャハハアッ!!」
作戦が成功したからか、それともこいつで最後だからか……もしくは、これから死ぬだからか…
ホブゴブリンに剣撃の嵐を振りかざしながら俺は笑い出した。泣きながら笑った……
………
……
「ゲホッゴホゴホッゴホッ」
ホブゴブリンはもう息していない。
それを確認した瞬間に緊張が途切れて、激しい咳をしながら膝を落とす。
「だ、めだ……はあ…はあ…」
(ミリアンをここから連れて行かないと……)
力の入らない足を引きずりながら、俺は彼女の居る木まで近づいた。
(もう、立ていられない……)
ここから移動するのは無理だが、幸い、周りに魔物はもう居ない。
「ぅぐ……ミリアン!もう…くッ!大丈夫だ!…降りてきて!」
地面に座り、段々と重くなっていく体をその木に預かった後、口の中に溜まった血を呑み込んだ俺はミリアンを呼んだ。
(ここ、までか……ここで、死ぬか)
彼女が降りてくる音を聞こえたが、もう頭すら動けない。
「…ィさん!!……ィ!……」
必死に俺の腕にしがみついて、泣きながら何か叫んでいるが、眠くてよく聞こえない。
(…………勇者………俺……勇者になったのかなぁ……)
頭にそれが浮かべた。
ブラジルに居る家族、この世界で経験した摩訶不思議な数年。色んな記憶を思い出しながら、頭にそんな言葉が浮かんだ。
最後の力を使うように、目だけを動かし、ミリアンを見た。
可愛いくて、まだ若い子。
戦っていた時はなぜかこの子の未来の事を考えていた。まだまだやりたい事はやっぱいあるだろうなぁとか、もっと楽しい人生を歩んで欲しいなぁとか。この子が死ぬと思ったらただただ悲しかった。
それは、まるで……
「はははは……」
(ああ、やったぞ!俺、勇者じゃないか!)
こんなことをしたら彼女を悲しませると思ったが、我慢できず、俺は最後に笑いながら泣いてた………
……………俺には夢がある。
――――――――――――――――――――
上げてくる優しい朝日と共に、騎士団がその場所に辿り着いた。
深い森の中、風が運ぶ花や川の匂いに混じり、
激しい死の匂いが騎士たちの鼻を突く。
その不快な匂いを頼りに進み、茂みを分けた先にある光景に騎士団は息を呑む。
腕、足、目、耳、頭。まるで血の海に浮かぶそれらが周り一面に散らばれている。
普段は静かな森に蠅の音が鬱陶しい程に響く。
騎士団は状況も分からずに周りを見渡す。そこで、違和感のある場所を見つけた。血の海の中、大きな木の周りだけには死体が1つも居なかった。
……いや。
1つだけがあった。
地面に座り、木に背を預けたその男はもう死んでいる。死んでいるのに周りを威嚇するように地面に落とした右手に剣、左手には盾を持っている。
騎士たちは静かに近づき、そしてついにそれ見つけた。まるで……いや、実際には死んだ後でも守るように、その盾の下に丸くなっている小さな少女が静かに寝ていた。
――――――――― 完 ―――――――――
後書き。
ギリェルメが死んで、2年。
彼は知らないが、この世界に来てから10年の時を超えて、召喚された勇者たちは犠牲を払いながらも世界を脅かす魔王を討伐の成功した。
実はあの魔物の群れは魔王の大事な部隊の1つ、彼のおかけで魔王の作戦を破ることが出来た……なんてことはない。
彼の倒したの魔物たちは魔王と関係の無いものだったが、そんなことは関係ない。
彼は、勇者になった。
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