第21話
蒼汰と風花は海底神殿の中を探索し始める。蒼色と金色の壮大な神殿は、壁や柱、床全てが声で振動し、その声が二人の耳に響く。声の主は海底神殿に封じられた古代の存在だった。
神殿は古代の神々や精霊、人々の生活が彫り込まれた壮大な柱で美しい。その絵と文字は今でも鮮やかさを保っている。
蒼汰は静かに神殿を見回し、風花は周りに何か異変がないか確認している。
再び、声が響く。「求める者よ、それが何であれ、真実を示す心を持つ者よ...」
その声の主は、何千年もの間神殿の中に封じられていた古代の存在だった。その存在は古代の文明が遺した伝説の生き物で、その力と知識は一部の者にしか理解できないほど深遠だった。
「この声は一体...?」風花が首をかしげる。蒼汰は何も答えず、ただ壁に彫られた文字を見つめている。
「これは...」と蒼汰がつぶやく。彼の目は、壁に刻まれた文字を読み解くことに集中している。これがこの神殿を作った文明の言葉なのだろうか...
海底神殿の壁画と象形文字は、彫刻された石壁に幾何学的な模様と絵文字が絡み合って描かれていた。蒼汰はそこに手を触れると、彼の能力である"知識の吸収"が反応し始めた。古代ノクターン文明の文字や記号が頭の中に流れ込んできた。
「これは…すごいぞ、風花。これらの壁画はただの装飾じゃない。ノクターン文明の歴史、科学、魔法の秘密が記されているんだ。」蒼汰は目を輝かせながら語った。
風花は彼の言葉に驚いた顔を見せながらも、彼の肩に手を置き、「だから、何が書かれているの?」と尋ねた。
蒼汰は壁画を指差しながら語り始めた。「この象形文字はノクターン文明の起源を語っている。彼らは海の生物と一体となり、海底で生活を始め、海底都市を築いたんだ。ここには、彼らがどのように海底の厳しい環境に適応し、神殿や都市を建てたかが詳しく書かれている。」
蒼汰は更に詳しく解説を続けた。「そして、ここには未来を予知する力について書かれている。ノクターン文明は未来の災厄を警告するための象形文字を残し、それが神殿の壁画になっているんだ。だから、ここには未来の出来事が記されている…」
「未来の出来事って、具体的には?」風花は目を見開き、蒼汰を見つめた。
蒼汰は壁画を見つめたまま、少しの沈黙を挟んだ。「それは…まだ読み取るのに時間がかかる。だけど、確かにノクターン文明は何か大きな災厄に遭遇した。その災厄が彼らの文明を終わらせたんだ。」蒼汰の声は少し震えていた。
蒼汰が神殿の中央にある壁画に目を止めた。壁画は古代ノクターン文明の一部を描いているようだったが、その中心には一体の巨大な生物が描かれていた。その姿はまるで大蛇のようでもあり、ドラゴンのようでもあった。しかし、その体は全てが鱼の鱗で覆われ、顔は鋭く尖った牙を持つ獰猛な鱼の顔をしていた。その巨大な体は壁画全体を埋め尽くしていて、その存在感は壁画から飛び出してくるかのようだった。
「これは...」蒼汰がつぶやいた。
「何か分かるの?」風花が蒼汰の側に近づき、壁画を見つめながら尋ねた。
蒼汰はしばらく黙って壁画を見つめてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。「これは、レヴァイアサンだ。ノクターン文明の神話に登場する、海の守護神だよ。」
壁画のレヴァイアサンは、まるで無数の生物を飲み込むかのように口を開けていた。その姿は圧倒的な力と威厳を感じさせ、それを見た者に恐怖を与えるようだった。
「海の守護神…」風花はその言葉を繰り返し、壁画のレヴァイアサンを見つめた。
「彼らノクターン文明は、自分たちが海底で生活することを神の意志と捉え、レヴァイアサンを崇めていたのかもしれない。そして、レヴァイアサンが災厄をもたらす者とも見なしていたのだろう。」蒼汰は壁画に手を伸ばし、レヴァイアサンの描かれた部分をなぞった。
壁画にはまた、レヴァイアサンと共に描かれている小さな人物がいた。彼らはレヴァイアサンに祈りを捧げているように見え、その姿は敬虔さを感じさせた。彼らがノクターン文明の人々だとしたら、彼らはレヴァイアサンを畏怖し、尊敬していたのだろう。
「風花、これを見てごらん。」蒼汰は壁画を指差した。
風花は彼の指示した方向を見た。そこにはレヴァイアサン以外の別の絵画が描かれていた。
一つ目の絵画は、炎に包まれた大地を描いていた。そこには炎に照らされた悲鳴を上げる生物の姿が描かれており、その炎は天まで届くかのように荒々しく描かれていた。
次に蒼汰が指差したのは、水面下の大地を覆う巨大な氷塊の絵画だった。そこには凍てつく冷気と絶望が描かれていた。
最後の絵画は、天から降り注ぐ闇を描いていた。闇はすべてを飲み込み、日の光を完全に奪っていた。
蒼汰はこれらの絵画を指差しながら言った。「これらの絵画がすべて予言だとしたら、レヴァイアサンもまた、未来の災厄の一つだったのかもしれない。」
風花はその言葉に顔を引きつらせた。彼女は想像力を働かせて、それぞれの絵画が描き出す未来の災厄を思い浮かべていた。
(炎が全てを焼き尽くし、氷が生命を奪い、闇が希望を奪う…それぞれの災厄はあまりにも恐ろしく、同時に絶望的だった。そして、その全ての中心には、レヴァイアサンがいた。)
「だとしたら、ノクターン文明の終焐は、このレヴァイアサンがもたらした災厄だったのかもしれない。」蒼汰はそう推測した。その瞳は真剣で、絵画の中に映る災厄と戦う覚悟を固めていたようだった。
蒼汰と風花は、息を呑むほど美しい海底神殿の最深部に足を踏み入れた。そこは圧倒的な高さと広さを持つ、壮麗な大ホールだった。その床は青白く輝く石でできており、壁画や彫像で飾られていた。
真ん中には、巨大な石の台座が設けられており、その上には異様な輝きを放つ水晶が輝いていた。その輝きは不思議な魔力を帯びていて、見るものを引きつける力があった。
その水晶の中には、人間とは違う姿を持つ存在が封じ込められていた。その存在は人間よりも大きく、体は透明で、水晶の中に閉じ込められていたが、その眼は深い知識と古代の力を秘めているように見えた。
「これが、ノクターン文明の生き残りか...」蒼汰は囁いた。その声は震えており、同時に畏怖と尊敬に満ちていた。
風花もその存在を見つめていた。彼女の目には不安と恐怖が浮かんでいたが、同時にそれを打ち消す強い決意も見えた。
その存在は静かに二人を見つめていた。その目には深淵のような知識と、時を越えた悲しみが宿っているように見えた。そして、それは静かに口を開いた。
「ようこそ、若者たちよ。長い時を越えて、私のもとへ辿り着いた君たちを、ノクターンの名のもとに歓迎する。」その声は響き渡り、海底神殿の中を充満した。
「これらの絵画は、ノクターンが見た未来の予知なんだろうか?それとも、もうその時が来ているのか?」蒼汰が尋ねた。彼の声は冷静さを保ちつつも、内心で複雑な感情が渦巻いていることを示していた。
風花もその問いに真剣な表情で耳を傾けていた。彼女の目には強い意志と決意が浮かんでいた。
壮大な大ホールに響くのは水晶の中の存在から発せられる神秘的な光だけだった。その存在は静かに二人を見つめていた。その目には深淵のような知識と、時を越えた悲しみが宿っているように見えた。
そして、その存在はゆっくりと口を開き、二人に答えた。「そのとおりだ、若者たちよ。ノクターンの我々は、未来を予知する能力を持っていた。そして、その予知は、絵画に刻まれているとおり、すでに現実となりつつある。」
その声は深海の底から響き上がるような重厚さを持っていて、二人の心に深く響いた。その声には千年以上の時間を超えて伝わる古代の知識と力が込められていた。
「しかし、すべてが運命で決まっているわけではない。未来は君たちの手によって変えられる。だからこそ、我々ノクターンは未来を予知し、その知識を後世に残したのだ。」その言葉は希望と警告を同時に含んでいて、二人に重大な使命を感じさせた。
古代の存在は再び口を開き、更なる事実を語り始めた。「しかしながら、ノクターンの予言を変えようとする者も存在する。彼らは力を求め、我々の予言を利用しようと企んでいる。そのために異世界から人間が呼び寄せられているのだ。」
その事実に、蒼汰と風花は驚愕した。(異世界から人間が...それは、もしかして私たちのことなのか?でも、なぜ私たちはここに来たのだろう?そして、予言を変えようとする者たちは、一体何を目指しているのだろう?)
二人の中で、疑問と不安が渦巻いていた。しかし、彼らはその驚愕を振り払い、より深く真実を追求しようと決意した。彼らは前を向き、古代の存在に問い掛けた。「予言を変えようとする者たちは何を目指しているのですか?そして、私たちは何をすべきなのですか?」
その疑問を受け、古代の存在は深く唸りを上げた。「それは、未来を予知する能力を利用し、自分たちにとって都合のいい未来を創り出そうとする者たちの企みだ。彼らは力と支配を求めている。そして、君たちが何をすべきかというならば、それは自身の内に問うべきだ。どの未来を選び、何のために戦うのか...その答えは、君たち自身の中にある。」
「なぜ私たちは、ここに呼ばれたんですか?」蒼汰が、重要な疑問を口にする。風花も、彼の質問に頷いた。
古代の存在は、その問いに静かに応える。「君たちはここに呼ばれた理由は、災厄を防ぐためだ。」その言葉は明快でありながら、二人の胸には更なる混乱をもたらした。
(災厄を防ぐ...そんな大事な役割が、私たちに?)蒼汰は自身の信じがたい現実に戸惑い、風花もまた疑問に満ちた眼差しを古代の存在に向けた。
しかし、古代の存在は平静を保ち、更に続けた。「ノクターンが予知した災厄は、これから訪れる。それを防ぐ力が、君たちにはある。それが、ノクターンが選んだ道であり、君たちが選ばれた理由だ。」
その言葉を聞き、蒼汰と風花は深い呼吸をした。重い責任感が彼らの胸を圧迫する。しかし、その一方で、彼らは何か大きな使命感に燃えていた。災厄を防ぐ...それが自分たちがここにいる理由なら、きっと何かできるはずだ。
古代の存在の語り終わった後、蒼汰はすぐに取り出したノートに鋭くペンを進めた。それは、神殿の壁画や構造、そして古代の存在が語った言葉全てを記録するためだった。彼の動きは慎重で丁寧で、彼が何を記録しているのかは明白だった。それは、全ての情報を逃さずにキャッチするための動きだった。
(ああ、これだ。これが僕がいつも求めていたものだ。)蒼汰は心の中で思った。神殿の中にある全てが、彼にとっては新たな発見だった。それは、過去に生きた人々の生活や思想を垣間見ることができる貴重な瞬間だった。それぞれの絵画や象形文字は、古代の人々の思考や感情を伝えていた。
しかし、これはアリアーナには見せない姿だった。彼女には、いつも冷静で落ち着いた戦士として振る舞っていた。だが、今、蒼汰は全く違う姿を見せていた。それは、彼が日本にいた頃、歴史好きの学生として過ごしていた時の姿だ。
風花はその蒼汰の姿を見つめて、微笑んだ。彼女はその熱意を理解していたし、それを尊重していた。そして、彼女自身もまた、古代の存在から得た情報を彼女の心に刻み込んでいた。彼らは共に、この海底遺跡から得られる全ての情報を得ることに力を注いだ。
それぞれが自分の方法で情報を収集し、考えを巡らせていた。彼らは全てを組み合わせ、彼らの使命を果たすための答えを見つけるために、互いに情報を共有していくことになるだろう。それは、彼らがこの遺跡から得た知識を活かし、未来を変えるための第一歩だった。
蒼汰の目が見つめていたのは、手の中にある光り輝くクリスタルだった。それはフェーズクリスタル、ゲートを作成するために必要な極めて希少な物質だ。
「これは…」蒼汰の声が驚きで震えていた。
(これだけの数があるなんて…)彼の目は広い空間を見渡し、そこに散りばめられている輝きを捉えていた。見る限りの範囲で、数十個のフェーズクリスタルが地面に散らばっていた。
この世界では、ゲートを通じて場所と場所の間を瞬間移動する事が出来る。しかし、そのゲートの作成にはフェーズクリスタルが必要だ。古代遺跡からごくまれに発見されるもので、現在発見されている数は20個程度とされている。それだけに、ここで見つけたクリスタルの数は驚くべきものだった。
(こんなに多くのクリスタルが、一箇所に集まっているなんて…これはすごい発見だ。)蒼汰は、心の中で驚きを隠すことができなかった。
フェーズクリスタルを眺めながら、蒼汰は風花に尋ねた。「これらのクリスタル、どうするべきだと思う?」
風花は少し考えた後、ゆっくりと答えた。「本来なら、これはエルデリアに渡すべきだわ。私たちは彼らのために調査を行っているわけだから…」
しかし、彼女の言葉は途中で止まった。彼女の目には危惧が浮かんでいた。
「でも、一方で…」彼女は続けた。「これだけのフェーズクリスタルが一度に見つかったことは、思わぬ結果を生むかもしれない。」
蒼汰は風花の言葉に深くうなずいた。彼自身もその危険性を理解していた。これだけのフェーズクリスタルが世界に現れれば、それが引き金となって各国間での争いが起こる可能性がある。それこそ、フェーズクリスタルを巡る戦争さえ考えられる。
「まさか、これだけのクリスタルが見つかるなんてね…」風花はつぶやいた。彼女の声には混乱と、ある種の恐怖が混ざっていた。
「風花…」蒼汰は彼女の名前を呼び、心配そうな表情を浮かべた。
「何をすべきか、どうするべきか…。それを考えるのは、これからだね。」風花は、力強く言った。その声には決意と、前を見つめる強さが含まれていた。
フェーズクリスタルの存在が全てを変える。蒼汰はその真実を理解していた。これはもはやただの石ではない。その手には一種の兵器が握られているのだ。
彼の心の中では、その力をどう使うべきか、どう扱うべきかという問いが渦巻いていた。
フェーズゲートを開くことができるならば、それは物理的な距離を無視した移動手段を可能にする。その可能性は無限大で、あらゆる場所へのアクセスを可能にする。
しかし、それが戦争という観点から見れば、その存在は極めて危険なものになり得る。戦場のどこにでも瞬時に移動できる。それはつまり、敵の後方に一瞬で侵入したり、待ち伏せ攻撃を可能にする。その威力は計り知れない。
それはある意味で、戦争のルールを塗り替える可能性を秘めている。しかし、今までそのような使い方をした者はいなかった。なぜなら、フェーズクリスタルはあまりにも貴重で、そしてその力を制御することが難しいからだ。
しかし、この海底神殿で見つけたこれほどの量のフェーズクリスタルが世界に流出すれば、そのバランスは一変する。それは、新たな戦争の火種を生むかもしれない。
「風花、これは俺たちだけの秘密にしよう」と蒼汰は提案した。彼の声は重たく、言葉一つ一つが彼の真剣さを物語っていた。
彼の言葉は、彼がこのクリスタルの力を理解し、それがもたらす可能性を認識していることを示していた。
風花は一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐにそれは理解と納得の表情に変わった。彼女もまた、フェーズクリスタルの力がもたらす可能性とリスクを理解していた。それは彼女の胸中で激しく響いていた。
「私も同じことを考えていたわ、蒼汰。私たちだけの秘密にするのが一番だと思う。」風花はそう言い、頷いた。その表情には冷静さと共に、一抹の不安が見え隠れしていた。
そうして、海底神殿の中に沈黙が流れた。ただ、フェーズクリスタルの光だけが二人を照らし、彼らの重大な秘密を照らし出していた。
次に決めなければならないのは、フェーズクリスタルの保管方法だった。ここ、神殿の中に置いておくべきか、それとも別の場所に移動するべきか。
風花は眉をひそめ、一つの提案を口にした。「私たちは1つだけフェーズクリスタルを持っていくべきだと思う。そして、必要な時にここに戻るためにそのクリスタルを使用する。ただ問題は、ゲートを作る魔術師を見つけることよね。」
彼女の言葉には理にかなった慎重さが滲んでいた。その提案に、蒼汰も頷いた。だが、その際の懸念点を彼は口にした。
「そのためには信頼できる魔術師が必要だな。そういえば、アリアーナはどうだろう?」蒼汰は言った。
彼女は一度、ゲートを作ることに成功している。
「ええ。それがいいと思う」と風花も同意した。
「ええと、そういえば、ここからどうやって出るんだ?」蒼汰が、困った表情を浮かべながら尋ねた。
古代の存在は、その言葉にほんの少し考える仕草を見せた。そして、その大きな瞳は何かを探すかのようにうねり、やがて答えを見つけたかのように安定する。
「近くには、マーメイド族の村がある。そこに転送することは可能だ」と、その声は静かに響き渡った。
(マーメイド族?)蒼汰の頭には、人魚のイメージが浮かんだ。上半身が人間で、下半身が魚。魚の鱼尾は鮮やかな色彩で美しく、その身体は流れるように泳ぎ、美しい歌声を響かせる。伝説や物語でよく描かれていた存在だ。
「マーメイド族の村に転送してもらえるなら、それに越したことはないよね」と、風花が笑顔で頷いた。彼女もまた、人魚の話を聞いて目を輝かせていた。彼らが異世界に足を踏み入れてから、すべてが冒険だ。そして、それぞれの出会いが彼らの視界を広げていく。
そして、二人は古代の存在に導かれ、新たなる旅路へと歩みを進めるのだった。
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