第22話
冷たくて透明な水の中を通り抜け、目の前の景色が海底に変わった。鮮やかな珊瑚、色とりどりの魚たち、そして上半身が人間で下半身が魚の姿をしたマーメイド族の人々が、新たな来訪者たちを好奇心洋々な眼差しで見つめていた。
「私たち、人間界から来ました。」蒼汰が自己紹介を始める。その言葉に、マーメイドたちがちょっとした騒ぎを起こす。人間界からの訪問者は滅多にないからだ。
彼らの前に一人の少女が現れた。彼女の名前はラピス。マーメイド族の中でも特に美しい青色の鱼の尾を持ち、明るくて透き通った青い瞳をしている。彼女の歌声は、他の誰よりも魅力的で、その美声は遠くの海洋生物たちを引き寄せ、平和な海の世界を象徴している。
「人間の皆さん、私たちの村へようこそ。私はラピス、この村の一員です。」少女は礼儀正しく微笑んで、蒼汰と風花に挨拶した。彼女の声は優しく、言葉はとても丁寧だった。一瞬で、二人はこの場所に居心地の良さを感じることができた。
彼女の笑顔には、自然で無邪気な魅力があった。彼女の眼差しはとても純粋で、好奇心に満ちている。そして、何よりもその美声。それは心地よく、調和の取れたメロディーのようだった。
そうして、蒼汰と風花のマーメイド族との出会いが始まった。
風花の風の魔法によって空気を作り出しているものの、それは一時的な解決策に過ぎない。彼らはまず安全に呼吸できる場所を見つけることを優先する。
「わかったわ、蒼汰さん。わたしの家は水面近くにあるの。そこなら大丈夫だと思うわ。ついてきて」とラピスが快く答えた。彼女の声は水中でもはっきりと聞こえ、まるで魔法のようだった。彼女は蒼汰と風花を導くために、自分の青い尾を使って水中をスムーズに泳ぎ始めた。
2人はラピスの後を追いかけ、彼女が導く水中の世界を見つめる。マーメイド族の生活空間は水中に広がっており、その壮大さと美しさに感動する。海草や珊瑚が美しく広がり、光を反射して彩り豊かな景色を作り出している。また、さまざまな魚たちが泳いでおり、彼らはラピスに向かって寄ってきては、彼女の歌声に誘われるように遊び始める。その光景は、まるで彼らが異世界のファンタジーの中に入ったかのようだった。
やがて、彼らは水面近くにあるマーメイド族の集落に到着する。集落は珊瑚と貝殻で作られ、美しく輝いている。そして、水面には人間が呼吸できる空気があった。蒼汰と風花はほっと安堵の息を吐き出す。この場所なら、彼らも一息つくことができそうだ。
ラピスの家につくと、まもなく集落の住人たちが興味津々に蒼汰と風花の周りを囲んできた。特に子どもたちは彼らの周りをウロウロと泳ぎ回り、笑い声や歓声を上げていた。
しばらくすると、長い銀髪を海草の冠でまとめた成熟したマーメイドが現れた。彼女の名前はアクアリーナ、マーメイド族の長であり、ラピスの母親でもある。
「ようこそ、地上から来た者たち。私の名前はアクアリーナ、この集落の長です」とアクアリーナが微笑みながら言った。「我が集落に初めて人間が訪れるとは、まさに驚きです。しかし、私たちはどのような生物も受け入れ、理解しようとする種族です。だから、お二人が我が集落に訪れるのを心から歓迎します」
風花は、この近くに人間族の住む場所はあるかを尋ねる。アクアリーナは、ここは海に囲まれている場所なので、近くに人間はいないと伝える。風花は、それでは、この近くに私たちが泊まれるような島はあるかと尋ねる。アクアリーナはついてきてほしいと言って島へ案内する。
アクアリーナが案内する先には、小さな緑豊かな島が浮かんでいた。美しい白砂の浜辺が広がり、中央には樹木が生い茂る小さな丘がそびえていた。蒼汰と風花は、そこで数日間過ごすことになる。
アクアリーナは笑って、この島は人間が訪れることは少なく、落ち着いて過ごせる場所だと語った。そして、いつでも自分たちの村に戻ってくることができるように、一つの貝を渡してくれた。それは、特別な魔法を込められた貝で、これを使えばマーメイド族の村にすぐに戻ることができるという。
「アリアーナと連絡を取らなければ……」蒼汰がつぶやいた。彼の心は混乱していた。エーテルウェーブ・クリスタルをセレスティアル号に置いてきてしまったこと、そしてその結果、彼らがアリアーナ達に連絡を取る手段を失ってしまったこと。思いもよらない出来事に、蒼汰はどう対応すべきかを悩んでいた。
(アリアーナは今、何を思っているんだろう。僕たちを心配しているかもしれない。僕たちが無事だと伝えられないなんて……)蒼汰の胸は痛んだ。
風花はそんな蒼汰を見つめ、手を握った。「大丈夫よ、蒼汰。何か方法を見つけるわ。」風花は力強く言った。
そんな時、ラピスが彼らの前に現れた。「人間の皆さん、何かお困りのようですね?」彼女の声は明るく、優しさに満ちていた。
蒼汰はラピスに全てを説明した。彼女が驚きの表情を浮かべる中、エーテルウェーブ・ブロードキャストの仕組み、セレスティアル号のこと、そしてアリアーナの存在について。
部屋の片隅に行き、ラピスが何かを探している。彼女はついにそれを見つけ、手に持つものを見せた。
「これ、エーテルウェーブ・クリスタルよ。昔、遠くの人魚族とこれで連絡を取ってたの。」彼女はにっこりと微笑んだ。彼女の笑顔は、太陽の光が海面に反射するように明るかった。
蒼汰はその光景に見とれてしまった。ラピスの美しい青い髪、透き通った碧色の瞳、そしてそのクリスタル。彼の目はそれらの美しさに魅了され、言葉を失ってしまった。しかし、彼はすぐに我に返り、ラピスに向かって言った。
「ラピスさん、そのクリスタル、僕に貸してくれないか?」
ラピスは驚いた顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべた。「うーん、それはいいけど、代わりにしてほしいことがあるんだけど……」
彼女の言葉に蒼汰は、すぐに頷いた。彼は何でもする覚悟があった。何故なら、ラピスに助けてもらうことで、彼は自分の目標に一歩近づくことができるからだ。
ラピスはその言葉を聞いて満足そうに微笑んだ。そして、彼女は蒼汰にエーテルウェーブ・クリスタルを手渡した。「でも、これは大事に使ってね。だって、これは僕たちマーメイド族の大切なものなんだから。」
蒼汰はラピスの言葉を頷き、クリスタルを大事に手に取った。彼はラピスに向かって深くお辞儀をした。「ありがとう、ラピスさん。僕、必ず大事に使うよ。」
ラピスの願いは、予想外のものだった。彼女は蒼汰と風花に対して、人間の世界のことをマーメイド族のみんなに教えて欲しいという願いを打ち明けた。
「わたし達はいつも海の中だけで生活していて、人間の世界のことはよく知らないの。だから、蒼汰さんと風花さんが話してくれると、とても楽しみだわ。」ラピスの目は期待に満ち溢れていた。
マーメイド族の村は、すぐに活気に満ちた。ラピスが声をかけると、多くのマーメイド族が集まり始めた。彼らは皆、人間の世界について聞くことができるということに興奮していた。
村の中央広場には、青い髪の少女たちが集まり、風花と蒼汰を待っていた。その中には、老若男女、さまざまな年齢のマーメイド族がいた。彼らの顔は、期待と興奮で輝いていた。
蒼汰と風花は少し緊張したが、ラピスのため、そして彼らマーメイド族のために、話すことに決めた。彼らはこれまでの冒険、出会った人々、そして人間の世界の様々なことを語り始めた。
彼らが話すと、マーメイド族たちは熱心に聞き入り、時には驚き、時には笑い、そして時には考え込む姿を見せた。彼らの反応に、蒼汰と風花は一層自分たちの話を熱く語った。
その日、マーメイド族の村は、人間の世界の話で溢れていた。風花と蒼汰の話は、彼らに新たな世界を開く鍵となり、彼らの視野を広げる手助けをした。
島に戻ると風花と蒼汰はセレスティアル号に連絡を取るための装置、エーテルウェーブ・ブロードキャストを使い、現在の位置を伝えた。信号は暗闇の中に消え、静寂が戻った。二人はすぐに返事がくるわけではないことを知っていた。待つしかなかった。
風花は見つめる海を見つめながら、思わず「お兄ちゃん、あたしたち本当に帰れるのかな?」と口にした。その声には不安が滲んでいた。蒼汰はしっとりと彼女の肩を握り、穏やかな声で「大丈夫だよ、風花。必ず帰れる。」と励ました。
波が静かに打ち寄せる砂浜で、風花と蒼汰は腰を下ろした。暗い夜空を背景に、その船の全長を照らす灯りが、星々と競うかのように輝いていた。
「お兄ちゃん……」風花は蒼汰の方を見つめながら呟いた。「あのレヴァイアサンみたいな、厄災って他にもあるんだよね?」
蒼汰は頷き、彼女の問いに答えた。「そうだ。あの巨大な海の怪物、レヴァイアサンだけではない。他の厄災も、それぞれが異なる災厄を引き起こす。」
その話をするときの彼の口調は、彼が常に持っている冷静さと、何かを重く受け止める決意が感じられた。
蒼汰はその場に広げていた地図を指で辿りながら話し続けた。「図書館で見つけた古い絵画によれば、一つ目の厄災は大地を焼き尽くす炎。人々が悲鳴を上げ、生物が絶滅する様子が描かれていた。」
彼の言葉に、風花の表情が一瞬引き締まった。「それって、火山の噴火みたいなもの?」
蒼汰は首を横に振った。「それ以上だ。その絵画は、まるで全世界が焼け落ちるかのように描かれていた。」
その後、彼は次の絵画について説明した。「次に指を指したのは、世界が氷に覆われる絵画だった。凍りつくような冷気が、生命の息吹を完全に奪い取っていく様子が描かれていた。」
「それもまた、一種の氷河期というよりも遥かに大規模なものだと思われる。」
「最後の絵画は、天から闇が降り注ぐものだった。その闇がすべてを飲み込み、世界を闇に包んでいく様子が描かれていた。
風花はしばらく沈黙して、それらの絵画の話をじっと聞いていた。彼女の目には恐怖がうかがえたが、同時に強い決意も見えた。
「それら全てが起きる可能性があるの?」
蒼汰は深くうなずいた。「可能性というより、それらが起こるのは避けられない運命だと思う。あの絵画は、未来を予告するものだと信じられている。」
風花は目を細め、ぼんやりと星空を見上げた。「でも、だからってただ腕を組んで待つわけにはいかないよね。」
蒼汰はゆっくりと風花を見つめた。その目には、深い同情と敬意が混ざっていた。「君は勇敢だね。」
風花は微笑んだが、その笑顔には何か重いものが込められていた。「わたしはただ、蒼汰お兄ちゃんと一緒にいられるなら、どんな試練でも乗り越えられるって信じてるだけだよ。」
二人はしばらく黙って星空を眺めた。厄災が迫っているという重圧感が、周囲の静寂をさらに深くしていた。そして、その中で彼らの心は、更なる困難への覚悟を固めていた。
「風花、厄災が何をもたらすかはわからない。だが、僕たちは厄災を引き起こす方法を知っているんだ。」蒼汰の声は固く、その意味が風花には理解できた。彼が指しているのは、地球に存在するあの破壊力を持つ兵器だった。
風花は無言でうなずいた。その兵器が起こすことは、想像するだけで恐ろしい。しかし、それを口にする蒼汰の落ち着いた表情と声には、確信があった。
蒼汰は深く息を吸い込み、再び口を開いた。「風花、記憶を読む魔法は存在するんだろうか?」
彼の問いに、風花は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに彼女の顔色は落ち着きを取り戻した。「存在はするけど、その魔法が今使われているかどうかは分からないわ。」
風花は深く考えた後、慎重に言葉を選んだ。「可能性はあると思うけど、それはとても危険だと思うわ。それに、そんなことをするための魔法が誰かによって使われているとは思えない。」
「記憶を読み取る魔法、それが存在するなら、僕たちは恐ろしいことになるかもしれない。」蒼汰の口から出た言葉は重く、風花の心に深く響いた。
風花の瞳は問いかけるように蒼汰を見つめた。
「核兵器の記憶が誰かに読み取られたら、それを具現化する者が現れるかもしれない。」
「それは…」風花は一瞬、驚いた表情を見せた。そして、考え込んだ。
「魔法というのは、理解しているものを実現できるわ。火があるから火の魔法を使えるし、風があるから風の魔法を使える。それと同じで、核融合や核分裂の知識があれば、それを具現化する魔法が生まれる可能性はあるわ。」風花の声は静かで、その言葉には重みがあった。
「でも、この世界にはウランが存在するのかな?」蒼汰の問いに、風花はすぐに答えを出せなかった。
「それは…わからないわ。でも、この世界には鉄があるし、その他の種類の金属も存在している。ならば、ウランが存在する可能性も高いわ。そして、もし核分裂が可能であるという事実が知られてしまえば、それを具現化する魔法を作ることは可能になってしまうでしょう。」
その風花の言葉に、蒼汰は深くうなずいた。これから訪れるであろう危機に対する準備を始めなければならない。そのためには、まずは自分たちがどんな状況に直面しているのかを理解することが第一歩だ。
「特に、お兄ちゃんが一番危険だよね。」風花は淡々と語った。「"知恵の吸収"の力で、核兵器を作る原理をかなり正確に把握しているから。」
その言葉に、蒼汰は一瞬、驚きを隠せなかった。だがすぐに、風花の言葉の意味を理解した。自分が知っている情報が誤ってこの世界に広まった場合、それは大惨事を引き起こす可能性がある。その事実が、突如として彼の心を突き刺した。
「お兄ちゃんは、何があっても捕まってはいけない。」風花の声はきっぱりとしたもので、その言葉には優しさと同時に冷たさが混ざっていた。
蒼汰はじっと風花を見つめた。その瞳には、確固とした決意が浮かんでいた。その眼差しには、自分自身を犠牲にしてでも蒼汰を守るという強い意志が感じられた。
「風花…」
「例えば私の命が失われるとしてもね。」彼女の声は小さく、しかし力強かった。その言葉に、蒼汰の心はぎゅっと締めつけられた。
彼女が、自分のために命を捧げると言っている。その現実を受け止めるのは難しく、彼は一瞬、無言でその場に立ちすくんだ。
「風花、ありがとう。でも君の命を犠牲にすることは絶対にさせない。」蒼汰の声は、風花の勇気に応えるように強く、断固としていた。
風花は蒼汰の強い決意を見て、微笑んだ。その笑顔には、やわらかな優しさと同時に、強い意志が滲んでいた。
「そうね。もし、そんな事態になったら、大切な人を連れて一緒に逃げましょう。日本に、もしくは違う異世界にでも。」風花の声は静かだったが、その中には確固とした決意が響いていた。
「だけど、それはつまりアストレイアが滅びてしまう可能性もあるってことだよね。」彼の声は低く、少し悲しげに響いた。
風花は蒼汰に視線を返し、彼の言葉に頷いた。「でも、そこまでの責任は私たちにはないわ。」
彼らがこの世界に来たのは偶然で、彼らが持っている危険な知識もまた、偶然の産物だ。そうした偶然を背負う義務は、彼らにはない。
その時、風花と蒼汰の前に広がっていたエーテルウェーブの監視画面に、一つの応答が映し出された。それは、待ち望んでいたセレスティアル号からの応答だった。
蒼汰は、風花を見つめながら、画面に映る情報を一つ一つ確認した。「やっと返信が来たよ、風花。セレスティアル号が……」彼の声は安堵と喜びに満ちていた。
風花もまた、エーテルウェーブの画面に注目し、その情報を確認していった。「エーテルウェーブ・ブロードキャストで返信してくれたわね。ここからは……3日の場所にいるようだわ。」
セレスティアル号がどこにいるか、どの程度のダメージを受けているか、そして何より、そのクルーたちが無事であるかどうか。それらの情報は、風花と蒼汰にとって重要なものだった。
そして、最も重要な情報が風花の目に入った。「レヴァイアサンによる攻撃も何とか免れて、航行できているようだわ。」
風花の声に、蒼汰の表情が緩んだ。彼の瞳からは、安堵と喜びが溢れていた。「よかった……無事で。」
二人は一瞬、安堵の息をついた。しかし、彼らの心の中にはまだ、多くの不安と疑問が残っていた。しかし、その中にも確かに、一筋の希望の光が灯っていた。
その後の時間、蒼汰と風花はセレスティアル号からの迎えを待つことにした。安堵の息をついた彼らだが、まだセレスティアル号の安全は保証されていない。不安と期待が入り混じった気持ちで、待つしかなかった。
その間、蒼汰は気を紛らわせるため、また新たな知識を得るために、ラピスからマーメイド族の歴史について尋ねることにした。彼の頭の中は、現状の混乱とマーメイド族の歴史、そして風花への心配でいっぱいだったが、それでも彼は学び続けることを止めなかった。
「ラピス、君の人々の歴史について、詳しく教えてもらえるか?」蒼汰が尋ねると、ラピスは少し考えた後、ゆっくりと話し始めた。
「もちろんです、蒼汰様。我々マーメイド族は、非常に古い歴史を持つ種族です。海洋の底で長い間、我々自身の文化を育んできました……」ラピスの話は、古代から現代まで、マーメイド族の歴史、文化、そして彼女自身の経験について広範囲にわたっていた。
蒼汰は一部始終、耳を傾けて聞いていた。時には質問を投げかけ、時には驚き、時には深く考える。ラピスの話を聞くことで、彼は自分が知らない新たな世界を垣間見ることができた。マーメイド族の存在、そしてその文化と歴史は、蒼汰にとって興味深い学びの一部となった。そして、そのすべてが、彼の新たな冒険と経験の一部となっていくのだった。
風花の心の中には、蒼汰に対する密かな思いが渦巻いていた。彼女は、その気持ちをラピスに打ち明けることに決めた。その心中を誰かに打ち明けることで、少しでもその重荷を軽くできれば、と考えたからだ。
彼女は深呼吸をし、少し緊張した表情でラピスに向き合った。「ラピス、私、実は……」風花の声は小さかったが、その意志は強く、ラピスは彼女の言葉に耳を傾けた。
「蒼汰のことが…」風花は恐る恐るとその思いを告白した。言葉は、はっきりと、しかし緊張からか少し震えていた。ラピスは少し驚いたように見えたが、すぐに穏やかな表情に戻り、風花を見つめた。
ラピスは優しく微笑んで、風花の頬に手を伸ばし、慰めるように優しく撫でた。「風花様、その気持ち、素直に蒼汰様に伝えてみてはいかがでしょう?」
風花は首を横に振った。「でも、もし蒼汰が私の気持ちを受け入れてくれなかったらどうしよう……それに、今は厄災と戦うことに集中しなければならないし……」と、風花は言った。
「それは、風花様が決めることです」と、ラピスは静かに返した。「あなたの気持ちを蒼汰様に伝えるかどうか、そのタイミングを選ぶかどうか、それは全てあなたが決めるべきことです。しかし、もしもその勇気があるなら、私は風花様を全力で支持しますよ」
その言葉に、風花は少し笑顔を見せた。「ありがとう、ラピス。あなたの言葉、心に留めておくわ」と、風花は感謝の気持ちを込めて言った。
ついに、セレスティアル号が彼らのもとに到着した。その姿を目にした瞬間、風花と蒼汰の心からは安堵の息が洩れ出した。
大型の船が大海原を泳ぐ姿は壮大で、その姿を見つめる二人の目には感動が宿っていた。二人は海岸に立ってセレスティアル号を見守り、船が近づいてくるのを待った。
その間も風花と蒼汰は話し続けていた。蒼汰の厄災についての理論、風花の心情、ラピスとの会話……ふたりはひたすらに時間を共有し、絆を深めていた。
ついに船が岸辺に到着し、二人は手を繋いでその甲板に上がった。再びセレスティアル号に戻った二人を、船員たちは大きな笑顔で迎え入れてくれた。
セレスティアル号のデッキ上で、アリアーナと蒼汰の再会の瞬間が訪れた。優雅に舞う海風が彼女の黒髪をなびかせ、船の周囲を飛び跳ねる波しぶきが陽光に反射してキラキラと輝いていた。
アリアーナは一瞬、目の前に現れた蒼汰を信じられず、その場で凍りついてしまった。だが、それは一瞬のことだった。蒼汰が彼女に微笑んで手を差し伸べると、アリアーナの目には涙が溢れ、彼の腕の中へと駆け寄った。
「蒼汰さん、本当に……本当に帰ってきたんですね。」アリアーナは蒼汰の服を握りしめて、涙声で言葉を紡いだ。
蒼汰はそっとアリアーナを抱きしめながら、温かくて穏やかな声で答えた。「うん、アリアーナ。もう、何も心配することはないよ。」
アリアーナはその言葉を聞いて、自分が蒼汰に抱きついていることに気付いた。彼女は少し顔を赤らめて恥ずかしそうに彼から離れると、その場で深々と頭を下げた。「これからも、よろしくお願いします、主人。」
「ああ、こちらこそ、アリアーナ。」蒼汰は彼女に微笑んだ。
船は再び出航し、風花と蒼汰はエルデリアへ向かう。セレスティアル号は順調に航行を続け、その船窓からは異世界の美しい風景が広がっていた。
その日、セレスティアル号は海賊船に見つかってしまった。
しかし、風花は一人で海賊船に乗り込み、船長を捕獲してしまった。
風花は、機敏な動きで海賊船の甲板に飛び乗った。彼女の心臓が高鳴り、身体は汗で覆われていたが、彼女の瞳はどこまでも冷静だった。彼女は目の前の光景を一瞬で捉え、海賊たちが彼女の存在に気付く前に行動を開始した。
風花は一瞬で三人の海賊を倒し、そのまま船の中に突入した。その素早い行動は、まるで風のようだった。彼女の能力、風の疾駆がその身に纏われ、彼女の速度と敏捷性を大幅に高めていた。
「お前ら、動くな!」風花は堂々と叫び、船長を見つけた。彼は一番大きな椅子に座っており、その表情からは驚きと混乱が読み取れた。
「な、何だお前は?女海賊なのか?」船長はふざけた口調で言ったが、風花の迫力には引きつっていた。
風花は目を細め、風の疾駆で船長の前に瞬間移動した。そして、その鋭い目で船長を見下ろした。
「海賊なんかじゃない。ただの旅人だ。だが、お前たちが僕らの船を脅かすなら、そのお前たちを排除するしかないな」風花は船長の顔に向けて言った。その声は冷酷で、強い意志を感じさせた。
船長は風花の存在に圧倒され、言葉を失った。風花は剣を船長の顔に向け、船長に視界から消えるように命じた。
「私たちの船から遠ざかれ。これ以上の闘いは望んでいない」風花の声は力強く、海賊たちはその圧力に震えた。
船長は黙って頷き、風花に従った。その後、風花は無事にセレスティアル号に戻り、船員たちは彼女の勇気に感謝した。風花の行動は、セレスティアル号とその乗組員を一度の危機から救ったのだ
セレスティアル号の船内では、活気が満ち溢れていた。風花が海賊船を見事に制圧し、海賊船からセレスティアル号を守ったことにより、船員たちは彼女を一層尊敬するようになった。彼らは風花の勇敢さと冷静さ、そしてその無敵の戦闘能力に感服していた。
「風斬りの風花!」一人の船員が大声で叫んだ。その言葉が船内に響きわたり、他の船員たちも続けて「風斬りの風花!風斬りの風花!」と称賛の声を上げた。
風花はその場で少し照れくさそうにして、笑顔を浮かべた。彼女は自分の行動が評価されていることに感謝しつつも、その中には少しの戸惑いもあった。しかし、彼女はその気持ちを抑え、船員たちに感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。でも、私はただセレスティアル号と皆さんを守りたかっただけだよ」
その言葉は明らかに風花らしいもので、船員たちは彼女の謙虚さに感動した。彼らは風花を囲み、彼女の戦士としての姿を讃え続けた。
一方、月岡蒼汰は風花の側で、彼女を静かに見つめていた。
(風花は本当に強い。彼女がここにいてくれて、本当に心強い。自分が守るべきだと思っていた彼女が、こうしてみんなを守ってくれているんだ。ありがとう)
蒼汰の心の中で、風花への感謝の気持ちが溢れていた。
航海の後、セレスティアル号は、無事に目指していたエルデリアの大港「リアヌイ港」に到着した。
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