第20話
風花は恐怖におののき、身をすくめた。「お兄ちゃん、あれは……」
蒼汰は眉をひそめながら、その姿を詳しく観察した。「まさか、こんなところで海獣が現れるなんて……」
海獣はその巨体をゆっくりと動かし、蒼汰と風花のいるセレスティアル号に向かって進んできた。その姿はまるで、獲物を見つけた猛獣のようだった。
風花はその姿を見て、恐怖で震えながらも、蒼汰のそばに立っていた。「お兄ちゃん、どうするの?」
蒼汰は静かに星光を手に取り、海獣に向けて構えた。「まずは、これで撃退してみる。風花、何かあったらすぐに逃げるんだ。」
風花は蒼汰の強さに頼りながらも、その決意に尊敬と共感を感じた。その瞬間、彼女の心に新たな感情が芽生え、それは恐怖を超えた何かだった。
蒼汰の星光が海獣に向けて放たれた。しかし、その攻撃は海獣の硬い皮膚に当たり、すぐに反射してしまった。
「だめだ、効かない!」
風花の心は恐怖で満たされつつも、それ以上に蒼汰への心配が募った。「お兄ちゃん、どうするの?」
蒼汰は深く息を吸い込み、海獣をじっと見つめた。
海獣はさらにその巨体を海中に沈め、そのまま大きな渦を作り出した。セレスティアル号はその渦に飲み込まれそうになり、船体は激しく揺れていた。
風花は恐怖に見開いた瞳で渦を見つめた。「お兄ちゃん、これはまずいよ!」
蒼汰もまた、船が渦に飲み込まれそうになる状況を深刻に受け止めていた。「そうだね。でも、どうにかしないと……」
蒼汰の視線は、再び海獣に戻った。その眼前の状況に打開策を見つけようと、彼は深く思索した。
その時、風花は背後から風の翼を広げ、空に舞い上がった。風花の風の翼は、彼女が自由に風を操ることができる特殊能力だった。
「お兄ちゃん、私が上から状況を見てみるね!」風花はそう言い残し、空に舞い上がった。
蒼汰はその姿を見つめながら、少し安堵の表情を浮かべた。
その時、蒼汰は星光を持ち、海獣に向けて再び照準を合わせた。風花が上空から情報を提供してくれると、彼の戦闘はより有利になる。
風花は風の翼で高く舞い上がり、その巨大な渦を見下ろした。「お兄ちゃん、海獣はまだ渦の中心にいるよ!」
蒼汰はその情報を元に、再び海獣に星光を向けた。「了解、風花。」
星光から放たれたエネルギーが、再び海獣に向かって飛んで行った。しかし、まだ海獣の硬い皮膚を突き破るほどの力はない。
風花が風の翼で舞い上がって視察を続ける中、蒼汰は海獣に狙いを定めた。その巨体が海面から頭部を現したとき、蒼汰の目にはその姿がしっかりと映っていた。
「これが、レヴァイアサンか…」彼の声は、その巨大な存在に対する畏怖と敬意に満ちていた。
レヴァイアサンは古代の文献に記されている伝説の海獣だ。その巨大さと強さは、海を支配する神々さえも震え上がらせたという。そして今、その神話の生物が目の前に現れたのだ。
情報から得た知識だけでは、これほどまでのものだとは…。蒼汰は思わず苦笑した。彼の能力、「知識の吸収」は、得た情報を完全に理解し活用するものだが、いかんせん実際の体験とは程遠い。彼が抱えるレヴァイアサンの情報と、実際に目の前で見るその巨体は、はるかに違ったものだった。
だが、蒼汰は再び星光を手にし、瞬時に知識を整理し、レヴァイアサンへの攻撃策を練り始めた。
「風花、レヴァイアサンの動きを見て! 適当なタイミングで攻撃して!」
風花は空から頷いた。「了解、お兄ちゃん!」
そして戦闘は、再びその熱を増していく。蒼汰と風花は、レヴァイアサンという強大な敵に立ち向かう。セレスティアル号とその乗組員の運命は、二人の手に託されていた。
船体がゆっくりと揺れる中、アリアーナと他の船員たちが甲板に上がってきた。彼らの表情は恐怖に歪んでいたが、それでも蒼汰と風花の背中を見つめて、一縷の希望を抱いていた。アリアーナは、手に持っていた魔法の弓をかすかに引き絞った。「私も戦うわ。」
その言葉を信号に、他の船員たちも次々と魔法の武器を取り出し、レヴァイアサンに向けて攻撃を開始した。弓矢や火の玉、氷の矢などが次々と海獣に突き刺さる。
しかし、それらの攻撃はレヴァイアサンに対して効果的なダメージを与えることはなかった。レヴァイアサンの皮膚は鋼のように硬く、彼らの攻撃はその表面を少しすり減らすだけだった。
レヴァイアサンはその攻撃に激怒し、さらに大きな渦を作り始めた。セレスティアル号はその強力な渦の引力に引き寄せられ、渦の中心に飲み込まれそうな勢いで揺れていた。
(このままでは、セレスティアル号は転覆してしまう…)蒼汰はそう考えながら、慌ただしく思考を巡らせた。一方、風花は空から見下ろし、必死にレヴァイアサンの動きを見つめていた。
「蒼汰、どうするの? このままでは船が…!」
風花の声が高鳴った。彼女の中にも、焦りと不安が募っていた。
だが、その時、蒼汰の頭に一つのアイデアが浮かんだ。「風花、アリアーナ、みんなに指示を出して。全員でレヴァイアサンの口元に攻撃を集中させるんだ。」
その戦略は、レヴァイアサンの防御の隙間を突くためのものだった。それが上手くいくかどうかは分からなかったが、何もせずに見ているよりはマシだった。
蒼汰の頭の中で思考が巡っている。
(星光閃…これならレヴァイアサンの口に直接放てば…)
星光閃は蒼汰が持つ最強の魔弾で、魔力を星光に込め、一瞬で大量の魔力を解放することで、光の爆発を引き起こす。この攻撃は強大な敵を一撃で倒すための最終手段であった。
しかし、星光閃を放つためには近距離からしか的確に狙うことができず、それがこの巨大な海獣に対して最も大きな問題だった。レヴァイアサンは巨大すぎて、普通に攻撃しても皮膚が硬すぎてあまり効果がなかった。
だが、蒼汰には計画があった。
「風花、頼む。レヴァイアサンの口まで私を運んでくれ。」
風花は驚いたように蒼汰を見つめた。その眼差しは、疑問と恐怖、そして信頼に満ちていた。
「そんな、危ないことを…でも、わかった。頼むよ、蒼汰。」
風花は風の翼を展開し、蒼汰を抱き上げると、急いで空へと舞い上がった。彼女の翼は強く、確実に二人をレヴァイアサンの近くへと運んでいった。
その間にもアリアーナと他の船員たちはレヴァイアサンの口元に魔法の矢を集中させていた。それは蒼汰と風花が接近する時間を稼ぐためだ。
遠くから見るレヴァイアサンの大きさと、近くで見るその大きさは全然違った。その巨体はまるで山のようで、その口は大地を割るほどの大きさがあった。
「風花、今だ!」
風花は蒼汰の言葉を信じ、彼をレヴァイアサンの口元まで一気に運んだ。
そして、蒼汰は星光閃を放つ準備をした。
「これで終わりだ、レヴァイアサン!」
星光閃はレヴァイアサンの口元に直撃した。瞬間的な眩しい閃光がレヴァイアサンの口から広がり、それはまるで新たな太陽が誕生したかのように輝いていた。
「…やった…」蒼汰は自分の成功を確認すると、ほっと一息ついた。その攻撃がレヴァイアサンに対して効果的だったのかはまだ分からなかったが、とりあえずそれが最善の策だった。
しかし、その瞬間、蒼汰と風花の前に巨大な口が開いた。レヴァイアサンがその大きな口を開けて、二人に向かってきた。その口は彼らを飲み込むほどの大きさだった。
「風花、逃げろ!」
蒼汰の声は風にかき消され、風花には届かなかった。風花はその巨大な口を見て、一瞬だけ凍りついてしまった。
そして、その次の瞬間、二人は海に飲み込まれてしまった。
海の中は冷たく、視界は真っ暗だった。蒼汰は体を動かそうとしたが、体は彼の言うことを聞いてくれなかった。風花も同じ状態だった。
二人はただ、海に流されていくことしかできなかった。
(これで終わりか…)
蒼汰の意識は次第に遠のいていった。
風花は、風花は最後の力を振り絞り、繊細な風の魔法を展開した。それは見えない壁のように水を遮断し、透明な球体の空間を生み出した。この球体の内部には、水の浸透を防ぐ空気の層が形成されていた。だから、彼女と蒼汰は深海の底でも一時的に息をすることができた。だが、その魔法は風花にとって大きな負担で、彼女の体力は急速に衰えていった。
2人はレヴァイアサンの渦に引き込まれ、深海へと落ちていく。意識を失いかけた時、2人に謎の声が聞こえる。
謎の声は、2人を安全な場所に誘導すると言った。
アルギは特殊な環境で育つ藍藻類で、特定の条件下で生物発光を行い、周囲を幻想的に照らす。この海洋生物は海底の暗闇の中で微かな光を放ち、それが蒼汰と風花の道しるべとなる。
風花は最後の力を振り絞って二人を光が照らす方向へ移動させた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。巨大な古代の遺跡が、海底の闇を突き破って立ちはだかっていた。その壮大な構造と複雑な彫刻は、ここが一度は栄えた文明の名残りであることを示していた。
しかし、その遺跡の正体や由来、そしてそこに何が眠っているのか、それはまだ未知の領域だった。
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