第4話
星刻学園の広大な敷地内、風花は学園の一角、静かに佇む大樹の下でエレシア・ウィンドソングを見つけた。
エレシアは彼女のように異世界から来た者ではないものの、彼女もまた、学園内で少々浮いた存在だった。
エレシアはハーフエルフという、エルフと人間の血が混ざり合った稀有な存在で、その美しい容姿と歌声で多くの人々を魅了してきた。
しかし、エレシアは彼女の持ち味である美しい歌声を失い、何かに心を痛めているようだった。風花はエレシアの様子を見て何か手を差し伸べたくなった。風花自身も異世界から来た者として、彼女の孤独感や疎外感を何となく理解することができたからだ。
「エレシア、」風花が彼女に近づき声をかける。エレシアは風花の声にほんの少し驚いた様子を見せたが、すぐに微笑んで風花を迎え入れた。
「あなたの歌声、聞かせてもらえないかな?」風花がそう尋ねると、エレシアの笑顔が一瞬、曇る。
「ごめんなさい、風花。最近、歌う気分になれなくて……」彼女の声は控えめだが、その中には明らかな悲しみが滲んでいた。
風花は彼女の苦しみを何とかして解消したいと思ったが、エレシア自身がそれを打ち明けようとしなければ、なかなか難しいことだと理解していた。だが、風花はそれでも何か彼女の力になりたいと強く思い、エレシアに対してその思いを伝えた。
風花とエレシアの間の会話は次第にエスカレートし、やがてそれは口論へと変わってしまった。エレシアは自分の問題に風花が首を突っ込むことを望んでいなかった。それは彼女自身がそれを解決することができなかったからだ。
「エレシア、助けが必要な時には声を上げるべきだよ。」風花は強く言ったが、エレシアは頑なに首を振った。
「私の問題は私が解決する。他人には関係ないこと。」彼女の声は冷たく、彼女の瞳からは風花を拒絶する決意が見て取れた。
風花は深くため息をつきながらエレシアから立ち去った。しかし、彼女は諦める気はなかった。彼女はすぐに学園の教師の元へと向かった。教師ならエレシアのことをもっと知っているはずだと思ったからだ。
風花は教師、アリア・モーニングスターのオフィスにて、エレシアのことを相談することにした。アリアはエルフ族の出身で、エレシアが抱える問題に対して理解を示すだろうと風花は思った。アリアのオフィスは学園の中でも特に落ち着いた雰囲気を漂わせていた。壁には星刻学園の歴史やエルフ族の神々に関する書物が並び、その中央にはアリアの机がそびえ立っていた。
「アリア先生、相談があるんです…」風花は緊張しながらも思い切って言葉を紡いだ。
アリアは穏やかな瞳で風花を見つめ、「何でも話してみなさい、風花。」と優しく勧めた。
風花は深呼吸をしてから、エレシアのことを話し始めた。「エレシアが歌えなくなってしまったんです。でも、その理由を彼女自身は語ろうとしてくれません。私たちは友達だから、何とか彼女を助けたいんです。でもどうすれば良いのか…」
風花の言葉に、アリアの表情は苦悩に満ちた。「エレシアが歌えない…それは彼女にとって大変なことだわ。エルフ族にとって、歌は魂を表現する手段。それが奪われたなら、彼女は確かに困難な状況にあるだろう。」とアリアは深く頷いた。
風花はアリアに見つめられ、強い決意を新たにした。「だから、私は何とかして彼女を助けたい。アリア先生、何か方法はないですか?」
アリアはしばらく沈黙し、考え込むようだった。その後、彼女はゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。「エレシアが歌を失った理由は、彼女自身が何かを抑え込んでいるからかもしれないわ。その感情を解放しなければ、彼女は再び歌を取り戻すことはできないでしょう。」
「彼女が歌を失った理由、何か知っていますか?」
アリアの表情は少し曇った。彼女は深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。「エレシア…彼女の姉、エリンディスが1年前に亡くなったの。それが彼女の歌を失った大きな理由だと思うわ。エレシアはエリンディスをとても尊敬していたから、その死は彼女にとって大きな打撃だった。」
風花は驚いた。エレシアがそんなに重い悲しみを抱えていたなんて。アリアはさらに話を続けた。「それに、ここ星刻学園でも彼女は孤独な立場にあります。ハーフエルフというだけで、彼女のエルフ文化が受け入れられていないのも影響しているのかもしれません。」
風花は困った顔をした。そんなエレシアを助けることができるのだろうか。それに、なぜアリアが風花にこんなことを話しているのだろう。
アリアは風花の迷った様子を察すると、微笑みながら言った。「風花さん、エレシアの友達になってあげてほしいの。彼女はあなたと同じように、異なる世界から来た者同士、共感できる部分があると思うのよ。」それが、アリアが風花にエレシアのことを話した理由だったのだ。
風花は自室に戻ると、エレシアの事を考えてしまった。彼女はエレシアの聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと恥じ入った。彼女はエレシアの心の傷をなぞってしまったかもしれない。風花はそのことについて心から後悔していた。
風花は自分のベッドに座り、頭を抱えた。自分の好奇心がエレシアを傷つけてしまったかもしれないと思うと、自己嫌悪に陥った。
しかし、そのまま落ち込んでいるだけでは何も解決しない。風花は悩んだ結果、エレシアに直接謝ることを決めた。彼女はそのことを誠心誠意、エレシアに伝えるつもりだった。
風花は、エレシアの部屋に向かった。
「エレシア、ちょっとお時間ありますか?」風花は少し緊張しながらドアをノックした。エレシアの返事が聞こえるまで、風花の心臓はドキドキと早鐘を打っていた。
エレシアがドアを開けると、風花は深呼吸をしてから話し始めた。「エレシアさん、前にあなたのことを詮索してしまって、本当にごめんなさい。それは私の好奇心が行き過ぎてしまったからで、あなたを傷つけるつもりはありませんでした。」
風花の言葉は真摯で、エレシアは少しだけ驚いたように見えた。しかし、その表情はすぐに和らぎ、風花の謝罪を受け入れるような微笑みを見せた。
エレシアは風花を見つめたまま、言葉を慎重に選び始めた。「風花、なぜあなたはそんなに私のことを心配するのですか?それはただの好奇心から?それとも何か他の理由があるのですか?」彼女の瞳は真剣で、その質問は風花に直接突き刺さった。
風花は一瞬戸惑ったが、すぐに自分の心の中に答えがあることに気づいた。彼女は深呼吸をして、エレシアに対して誠意を込めて答えた。「エレシア、それは単なる好奇心だけではありません。私たちは異世界から来た者同士、星刻学園で少しでも居心地良く過ごすためには、互いに支え合うことが必要だと思うんです。」
風花の誠実さに、エレシアの瞳には驚きと共感が浮かんだ。「それに、私たちは同じ学園の一員なんです。誰かが困っている時、見て見ぬふりをするのは私の性格上、できないんです。」風花は少しだけ笑った。「だから、私があなたのことを心配するのは、あなたが私の大切な友達だからです。」
しかし、エレシアの返答は風花にとって予想外だった。「私は友達なんて欲しくない。」そう言ったエレシアの声は冷たく、その瞳は固く閉ざされていた。
しかし、風花は自分の感情を落ち着かせ、エレシアの言葉の意味を理解しようとした。エレシアの言葉の背後には、きっと彼女自身の心の中に深く根ざした何かがあるのだろうと感じた。それは彼女が友達を持つことを望んでいない理由、そして彼女が自分の歌声を失った理由と関連しているのかもしれない。
「エレシア、その言葉は本当にあなたの心から出たものですか?」風花はゆっくりと問いかけた。「あなたが本当に友達を欲しくないのなら、それを尊重します。でも、それがあなたの心からの本当の願いなのか、それとも何か別の理由があるのか、私にはまだ分からないんです。」
エレシアはしばらくの間黙って風花を見つめた。その瞳は闘志と悲しみ、そしてどこか閉ざされたものを映していた。風花はその瞳を見つめ返し、エレシアの答えを待った。
エレシアの目は固く閉ざされ、その声はほとんど聞こえないほど小さかった。「それだけは…絶対に言えない。」
言葉が出るまでに、エレシアは一瞬、深く息を吸った。風花はその間、ただ静かに彼女を見つめていた。何も言わず、ただ待っていた。それが、今の風花にできる唯一のことだった。
風花はエレシアの言葉を理解しようとしたが、彼女の言葉の裏にある真実を完全に把握することはできなかった。しかし、その時、エレシアの心の中にどれほどの苦しみと混乱があるかを風花は察知した。彼女の心は、何かに怯え、何かから逃げているように見えた。
風花はその時、何も言わないことを選んだ。エレシアの言葉に対する反論や説得、それらは彼女にとってはただの無意味なノイズに過ぎないだろうと思った。彼女が必要としているのは、きっと理解や同情ではなく、ただ静かに側にいてくれる存在なのだろうと。
だから風花は、ただ黙ってエレシアの隣に座り続けた。互いに何も話さず、ただ静かな時間が流れるのを待った。風花はその間、ただエレシアに対する自分の気持ちを整理し、次に何をすべきかを考えた。
「レナとテオの容態が良くならない。」風花は言葉を失ってしまった。言葉を聞いた瞬間、彼女の心はどん底まで落ちていくのを感じた。
風花は診療所の白い壁と冷たい床に囲まれ、レナとテオの寝顔を見つめていた。彼らの顔色は青白く、眉間には苦痛の表情が浮かんでいた。心配する風花の目の前には、自分が救いたいと願っても救えない二人の友人の姿があった。
診療所の治療士であるエリスは、風花に向かって語った。「風花さん、レナさんとテオさんの病状は、単純な傷害だけではありません。彼らが攻撃を受けたグロウルフォージの詰めには、強力な呪いがかけられていました。それが原因で彼らは呪われてしまったのです。」
「呪い?」風花が驚きの声を上げた。
「はい、呪いです。残念ながら、私達の技術では呪いを解くことができません。」
風花はその事実を受け入れることができず、ただ茫然とエリスを見つめていた。レナとテオが苦しんでいる原因が、ただの怪物ではなく、呪いだったなんて。
「呪いを解く方法はいくつかしかありません。」エリスの声が診療所の静寂を切り裂いた。風花は驚きと混乱を隠しきれず、彼女の顔は驚きで硬直していた。
エリスはゆっくりと頷き、その言葉を続けた。「はい、風花さん。それらは非常に困難で危険なものですが、それが唯一の希望です。」
「一つ目は、強力な神聖魔法を使う方法です。この世界には神聖な力を持つ者が存在します。彼らはその力を使って呪いを取り除くことができます。しかし、その力を持つ者は少なく、また呪いが強力なものであるため、成功する保証はありません。」
「二つ目は、古代の秘宝を探す方法です。この世界には、昔の王や英雄が残したとされる秘宝が存在します。その中には、呪いを打ち破る力を持つものがあると言われています。ただし、その場所や具体的な方法は誰も知りません。」
「三つ目は、呪いをかけた者を倒す方法です。呪いをかけた者が死ねば、呪いも消えると言われています。しかし、グロウルフォージを倒すことは容易なことではありません。」
「最後は、呪いを受け入れ、それと共存する方法です。これは一見、あきらめに見えるかもしれませんが、時にはこれが最善の選択となることもあります。呪いによる影響を最小限に抑え、生き続ける方法を見つけるのです。」
エリスの言葉が終わると、診療所は再び静寂に包まれた。風花はエリスの言葉を消化しようと、一心に頭を働かせていた。難しくても、どれか一つの方法を選び、友人たちを救うための道を見つけなければならない。
風花は立ち上がり、エリスに向かって頭を深く下げた。「エリス先生、ありがとうございます。私、頑張ります。レナとテオを救うために、できることをやるだけです。」
エリスは風花を見つめ、ゆっくりと頷いた。「それがあなたらしい選択だね、風花さん。」彼女の声には慈しみと信頼がこもっていた。「ただ、無茶はしないで。あなたも大事な学生の一人。レナとテオを救うために、あなたが倒れてしまっては意味がない。」
風花は再び頷き、「はい、分かりました。」と言い診療所を後にした。
診療所では、風花とエリスが他の医師たちと話し合っていた。
彼らの前には巨大な本が広げられており、そのページにはグロウルフォージという恐ろしいモンスターの描写とその詳細な情報が記されていた。
「グロウルフォージは強大な力を持つモンスターだ。通常の方法では倒すことは難しい。冒険者たちに頼むのも一つの方法だが…」エリスの眉がひそめられた。「しかし、それで本当にレナとテオの呪いが解けるとは限らない。呪いをかけたのは別の者かもしれないのだから。」
風花はエリスの言葉を聞いて、顔を引きつらせた。「私達が疑っているように誰かがグロウルフォージを使役しているとしたら…」
エリスは深く息を吸い込み、それからゆっくりと息を吐き出した。「確かに、ルシウスは闇の魔法使いだ。彼がグロウルフォージを使役する能力を持っている可能性はある。だが、そもそも彼がそれを認めることはないだろう。」
「それなら、我々はどうすればいいんですか、エリス?」風花は真剣な眼差しでエリスを見つめた。
エリスはしばらく考えた後、ゆっくりと答えた。「まずは、呪いを解く方法をさらに探すこと。そして、ルシウスが本当に関与しているのか確かめること。」
その日、風花とミラは手を取り合って立っていた。二人の目には、グロウルフォージを倒し、レナとテオの呪いを解くという強い決意が宿っていた。
「私たちは強くならなければならない。ヴェラクサスさんとイリディアさんに訓練をつけてもらおう。」風花は声を強くして宣言した。
ミラは風花の言葉に頷き、握った手を強く結び付けた。「うん、それが最善の方法だね。」
風花とミラはヴェラクサスとイリディアのもとへと足を運んだ。ヴェラクサス・グレイウィンドは冒険者であり、魔法使いでもあった。彼の風の魔法は広く知られており、その冷静さと知識は風花とミラにとって大いに助けとなるだろう。
一方、イリディア・フレイムハートはヴェラクサスと共に冒険を続ける勇敢な女性で、彼女の火の魔法と治療魔法は非常に高いレベルで、そのパワフルさと献身性は風花とミラを勇気づける存在だった。
「ヴェラクサスさん、イリディアさん。」風花が口を開いた。「私たちは、グロウルフォージを倒すために、もっと強くなる必要があります。訓練をつけていただけないでしょうか?」
ヴェラクサスは風花をじっと見つめ、その後ゆっくりと頷いた。「あなたたちの決意、見た。訓練をつけることは喜んで。だが、きつい訓練になるぞ。それでも良いのか?」
「はい、全力で取り組みます。」ミラが力強く答えた。
「それならば、早速始めよう。」イリディアが微笑みながら言った。
その日の訓練はいつもと違う雰囲気で始まった。ヴェラクサスは風花に対し、剣の握り方から足元の置き方まで、基本的な剣技を再確認するように指示した。普段ならば、風花はこのような基本的な訓練を退屈だと感じるかもしれない。しかし、今日は違う。彼女はレナとテオの顔を思い浮かべ、そのために必要な力を手に入れることに全神経を集中させていた。
「風花、心を落ち着け、自分の内側に目を向けてみて。そこに何があるか感じてみなさい。」ヴェラクサスの声は静かだったが、その言葉は風花の心に深く響いた。風花は深呼吸をし、自身の内側に目を向けた。そこには強い意志と熱い情熱があった。そして、何よりも、風があった。それは彼女が今まで感じたことのない風だった。風花はその風を掴むことができると感じた。
「それが、"風の疾駆"だ。」ヴェラクサスの声が風花の心に響き渡った。彼女は目を開け、ヴェラクサスに向けて剣を振り下ろした。すると、彼女の剣から風が吹き出し、その剣撃は以前よりも遥かに速く、力強くなっていた。風花は驚きながらも、その新たな力に喜びを感じた。
この新たな力、"風の疾駆"によって、風花は自身の身体能力を向上させ、素早い移動や高いジャンプを可能にすることができる。さらに、この力を剣技に組み合わせることで、風を纏った剣撃を放つこともできる。
風花は深呼吸をしながら、自身の新たな力について感じ、理解しようとした。彼女は心からヴェラクサスに感謝の気持ちを伝えた。そして、自分自身に誓った。この新たな力を使って、必ずレナとテオを救い出すと。
「獣の眼、これは…!」ミラは自分の新たな力に驚いた。
彼女の視界は突如として広がり、まるで空から地上を見下ろしているような感覚になった。それはフリーズ、彼女の忠実な狼のコンパニオンの視点だった。彼女の視界はフリーズの視界と共有され、遥か遠くの山々から目の前の花びらまで、それら全てが一つの大きな絵画のように彼女の眼前に広がっていた。
彼女は周囲の状況を把握し、フリーズの眼を通じて全てを見ることができた。その視界は鋭く、敵の存在も遠くから見分けることができた。また、フリーズの視点から見ることで、敵の動きや位置、戦闘の様子などをより広範囲で把握することができた。
「これは信じられない…!フリーズ、ありがとう!」ミラはフリーズに感謝の気持ちを伝えた。新たな力を得たことで、彼女の戦闘能力は大きく向上し、これからの戦いに大いに役立つことだろう。ミラは自分の新たな力、"獣の眼(Beast's Eye)"を全うに使いこなすことを誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます