第13話 小魚せんべい











 未亜。

 未亜。

 血を飲んで。

 飲まなければ、




 生きろ。

 生きてくれ。











 ホストクラブの活動内容。

 学校関係者全員が晴城と順番に話をする場を作る。

 晴城が学校関係者全員をメロメロにする。

 晴城一人だけいればいいとの考えだったが、晴城が崇と未亜が手伝ってくれたら嬉しいと言ったので、崇と未亜のみホストクラブに入ることが許可される。

 県特産の小魚せんべいを普及する。




「県特産って。晴城さんの好きな食べ物だからでしょうが」


 崇と一緒にホストクラブに入れたのだが、未亜のすることと言えば、小魚の骨で作られた包装紙で個包装されている小魚せんべいをここに来たみんなに出すこと、後ろの席で晴城が誰かと話している姿と、晴城の隣に座る崇の姿を見ながら、ここに来た人たちと話をするだけだ。


(兄さんは晴城さんのどこを好きになったんだろう)


 ボリボリボリボリ。

 少し遅れた昼寝を終えた未亜は一人で、歯ごたえ栄養価抜群の小魚せんべいを食べながら考えていた。


 ずっとずっと、考え続けていた。

 いい人、なのはわかる。

 みんなに優しい。

 みんなに評判がいい。

 みんなの話を楽しく、真剣に聞いている。

 運動も勉強もできる。

 あのキラキラ笑顔を見るために生まれて来たと言わせてしまうくらいに魅力もある。

 人たらし、というのは、ああいう人を言うのだろう。


(兄さんと同じで、安心感がある、のよね。絶対に動じないって言うの?何でもスマートに解決しちゃう。うーん。兄さんも頼られる人だから、頼りたくなっちゃったのかな。私は十才だし、妹だし、頼れないよね。あーあ。年上だったらなあ。ううん。同じ年だったら。兄さんも安心してくれたかな)


「未亜ちゃん」

「伊藤です」


 考え込んでいたら、クラブ活動は終わっていたらしい。

 手をひらひら振りながら向かって来る晴城に、未亜は死んだ魚の眼で向かい合った。


「はは。伊藤さんは本当に俺が嫌いだねえ」

「はい。嫌いです。だけど、兄さんはどうしてかあなたと仲良くなりたいそうなので、嫌いでも視界に入れます」

「伊藤さんは崇が本当に好きなんだね」

「はい。好きです」

「ふふっ。素直だなあ」

「好きだから、兄さんには嫌な想いとかをしてほしくないんです。わかりますよね?」


 未亜は真面目な顔で言った。

 晴城はキラキラ笑顔のまま頷いた。


「大丈夫だよ。俺も崇が好きだから。泣かせたりしない。絶対に。そして、伊藤さんも好きだから、泣かせたりしないよ」

「嫌いだと言う相手にもそんなことを言えるなんて、さすがですね」

「ふふっ。ありがとう」

「未亜。晴城。帰りましょうか」

「「うん」」


 戸締まりの確認を終わった未亜、崇、晴城の三人は、職員室に寄って鍵を返して、先生さようならと挨拶をして、下駄箱へと向かった。


(あーあ。嫌な人だけど嫌じゃない人って、やっかいだなあ)


 下駄箱で一度別れて、それぞれ六年生と四年生の下駄箱へと向かう中、決意が大きく揺らいでいると、未亜は思った。

 最初はホストクラブに入って絶対に崇から晴城を引き離すと決めていたのに。


(あ~あ~。私も兄離れしないと、いけないのかなあ)


 本当の兄じゃないけど。


(でも、う~ん。何だろう。離れたら、いけないような、気がするんだよねえ)


 さびしいから、だけではない理由で、離れてはいけない理由が。











(2023.5.19)



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