第6話 ゆるすまじ




 もう鬼の形相と言っても過言ではないくらいに険しい顔で、未亜は晴城を睨み続けた。

 

 ゆるすまじ。

 心身を占めるのは、この一言である。


 ゆるすまじ。

 ゆるすまじ。

 ゆるすまじ。


 何がゆるすまじって、全部だ全部。

 兄が弱まっている時につけ込んだところも。

 兄の格別貴くて尊い笑顔を向けられたところも。

 兄に気持ちを受け入れてもらいたいと思わせないところも。

 すべてだ。

 この男の存在すべてがゆるすまじ。


(けど。けどっ)


「兄さん」


 未亜は穏やかに微笑んで崇を呼んだ。

 内心で血の涙を流しながらも。


「兄さんには晴城さんが必要よ。そして、晴城さんにも兄さんが必要だわ絶対に。離れ離れになるべきではないわ。一緒にいるべきよ」


 本心は、違う。

 引き離したい。

 永遠に。

 私と兄の前に現れないでほしい。

 けれど。

 もう一つの本心が訴えるのだ。

 兄には、きっと、必要だ。

 あんなに安心した兄を見るのは。


(初めて)


 私の前では、私と二人きりだったら、見せてはくれない、顔。


(私は、兄にとって、守らなければいけない存在、だもの)


 泣くな。

 泣くな泣くな。

 兄が幸せなのが一番。

 私が幸せにしたかったけれど。


 未亜は崇の両の手をそっと握った。


「私、嬉しいわ。すごく。兄さんに運命の相手が、晴城さんが見つかって。私をとても大切な存在だって言ってくれて。嬉しい。私も兄さんがとても大切。だからね。とっても、とびっきり幸せになってほしいの。兄さんには晴城さんが必要だわ。傍にいてもらわないと。手を掴んで離さないで」

「未亜」


 崇も未亜の手をそっと握り返した。


「未亜。ありがとうございます。とても嬉しいです。でも、晴城が傍にいなくても、私はとびっきり幸せですよ。だって未亜が傍にいてくれるんですから」


 え?

 じゃあいいか晴城がいなくても!

 さようなら晴城!

 永遠に!











(2023.5.17)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る