第7話 吸血衝動




(って、そうじゃないでしょうもう!)


 未亜は悪魔の囁きをけり飛ばして、言葉を紡ごうとした、その瞬間。

 崇の両の手をそっと握っていた自分の両の手で、とっさに口を押さえた。

 強く。とても強く。


 口の中に収まっていた二本の牙が口の外へと鋭く伸び始めた。

 急激に体温が上昇して、頭はくらくらして、心臓は悲鳴を上げた。


 あつい。

 いたい。

 うるさい。


 吸血衝動だ。


 おかしいおかしいおかしい。

 違う、おかしくはない。

 吸血鬼なのだ。

 吸血衝動は滅多に起こらないだけで、まったく起こらないわけではない。

 起こらないわけではないけれど。


(もうっ。要らないと、思ったのに)


 要らない。

 だってもう、兄に血を飲ませてもらった時にとても満ち足りて。

 これで。

 この一回の吸血で一生過ごして行けるって。


 前にも。

 そう、確か前にも。

 同じように思ったことが。


 ガンガンガンガン。

 激しい頭痛に襲われる中。

 崇と晴城の声がこんなにも近くにいるのに、遥か遠くから話しかけられているような感覚に襲われる中。

 未亜は口を両の手で強く押さえたまま、目を忙しなく動かして崇と晴城の顔を交互に見続けた。


 思い出しそうだった。

 何かを。

 失くしていた記憶を。

 違う。

 記憶なんて、どうでもいい。

 今は。

 ごめんなさい。

 謝りたかった。

 ごめんなさい。

 心配させて。

  

 笑っていてほしいの。

 穏やかに、幸せに、笑っていてほしいの。

 それが一番の願い。



 

「未亜!」

 











(2023.5.18)


 

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