第4話
――チュン、チュンチュン。
鳥の声が聞こえる。重たい瞼をなんとかはがして、私はうっすらと目を開けた。フカフカのベッドに、綺麗で広い部屋。着ようと思って壁にかけておいた、ヨキトに用意してもらったワンピースと、その隣にかけてある学校の制服。
「……夢じゃ、ないんだ」
どこか現実じゃないんじゃないかと、実は夢なんじゃないかと、そう思っていた。私は学校であの大きな音を立てた雷に打たれて、気絶していたんじゃないかとか、生死を彷徨っていたんじゃないかとか、そんなことも考えていた。そうしたら、目を覚ますのはきっと保健室や病院のベッドで。――でも、そんなことはなかった。
仕方なく、私はワンピースに袖を通した。慣れないフリルのついたこの服は、昔憧れていた服によく似ていた。
――コンコン。
「……はい」
「――失礼します」
ドアが開き、昨日ヨキトにつき従ってた侍女が顔を出した。
「アキホ様がお召しになっていたそちらの服ですが、洗ってもよろしいでしょうか?」
「え、良いんですか?」
「魔法陣の上に横たわっていたとお聞きしていますし、汚れてしまったかもしれませんので」
「お願いします。……あ、あの……」
「なんでしょう?」
「気持ち悪くないんですか? ……私のこと」
してはいけない質問だったかもしれないと、私は口にしてすぐ思った。しかし、もう口にしてしまったものは取り消せない。
「どうしてですか?」
「だ、だって、その。この世界のニンゲンたちから見たら、私はオニ、ですし……」
「まったく? こんなに可愛らしくて、たくさんお話のできるオニでしたら、いつだって何人だって大歓迎ですわ!」
気を遣わせてしまったのではと私は一瞬考えたが、本当に不思議そうに首をかしげている彼女を見て、疑う方が失礼だと思い直した。
「ありがとうございます。……いまさらなんですけど、アナタの名前は……?」
「私はリリカです。どうぞ、リリカとお呼びください」
「リリカ……よろしくお願いします」
「アキホ様は、ヨキト王のお客様ですから。どうぞ、私のことは呼び捨てで。敬語も不要ですよ」
「……それなら、私のこともアキホって呼んでほしいな……? 私にも、敬語は必要ないし……」
「……良いの?」
「もちろん! あの、リリカからも、この世界のお話を聞きたいな、なんて……」
「喜んで! 私もアキホとお話してみたいと思っていたの!」
嬉しそうに笑うリリカの顔を見て、秋穂は音奈のことを思い出した。
(……音奈……大丈夫かな……向こうの世界なのかな、それとも……)
「あっ、いけない! そういえば、ヨキト王が『王の間へ来るように』と言っていたわ。準備が済んだら、行ってほしいの」
「教えてくれてありがとう! そうするわ!」
「私は服を洗ってくるわね。また、あとでお話できたら良いなと思うけれど……」
「ヨキトに聞いてみる! 色んな人から話を聞いてみたいと言ったら、きっと良いって言ってくれるはずだわ!」
「……そうね。それじゃあアキホ、また、あとで」
「えぇ、またあとでリリカ」
リリカが部屋を出たあと、私は部屋に遭った洗面所で身支度を整えると、ヨキトの待つ王の間へと向かった。
「……おはようございます、ヨキト」
「あぁ、おはよう。よく眠れたかな?」
「えぇ。昨日は本当に、疲れていたみたいで……」
「仕方ない。突然訳も分からないままこの世界に来たんじゃからのう。……ところでアキホ。昨日の白の地図の話なんじゃが……」
「あっ! なにかわかりましたか!?」
自分でも面白いくらいに、頭の中が音奈のこと一色になった。
「聞いたところによると、白の地図にもアキホと同じようにオニが現れたようじゃ」
「音奈!」
「……なんじゃがのう」
ヨキトの言葉の歯切れが悪い。なにか良くない知らせでもあるのだろうか。
「……ヨキト?」
「うーん、難しい話なんじゃが。どうも、一人ではないらしいんじゃ」
「……え?」
「三人組のオニ、とのことでのう。性別はアキホと同じ、女である、そうじゃ。服装も、アキホと恐らく同じモノじゃて」
「まさか……。な、名前って……」
「ユノ、キサ、チナミ、と言うらしい」
(――あぁ、神様――)
思わず神を呼んだ。まさか、あのいじめっ子三人がこちらに来ているなんて。……そうなるともしかしたら、音奈は――
「灰の地図、のほうに召喚されたかもしれんのう」
「――っ!」
ふとよぎったが認めたくなかったことを、ヨキトはさらりと言ってのけた。そう、あの三人が来たのなら、音奈も来ている確率が高い。そして、魔法陣は白の地図と灰の地図に存在していると、ジンキはそう言っていた。
「……まずは、白の地図から行ってみぬか? 灰の地図に向かうには、いくらなんでも準備も情報も足りなさすぎる。ワシは、おぬしを死なせるわけにはいかんのじゃ」
「……お願いします」
本当は、今すぐにでも灰の地図に向かいたい。音奈は無事なんだろうか。灰の地図で生活できるのだろうか。不安ばかりが頭の中を巡っている。
「白の地図には向かうことを伝えてある。冷戦も、一時中断じゃ。夫として、王妃の元へ向かう」
なにか決意したのはヨキトも同じだったようで、その目には決意の火が宿っていた。
(音奈……もう少し、もう少し待っていて……!)
私は音奈の無事を心の中で祈りながら、白の地図へと向かう準備を始めることにした。
反転世界の鬼子の子 三嶋トウカ @shima4ma
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