第2話


 幾つか階段を登り、廊下を渡って辿り着いたその先は、豪華な装飾の施された広い部屋だった。まるでゲームの中のように、いかにも王様という風貌の鬼が、華美な椅子に腰掛けている。……鬼だというのに、その表情は威厳がありつつもとても優しく見えて、近所のおじいちゃんのようなそんな親しみやすさを感じた。


「王様! オニが……」

「……あぁ、そのようじゃな。驚いた、実在していたとはのぅ……」


 蓄えた髭を右手で撫でながら、王様と呼ばれた鬼は私をまじまじと見つめた。


「初めまして、オニよ。ワシは黒の地図の地域に住むニンゲンを束ねる、ヨキトと申す。ジンキは、なにか失礼なことはしなかったかの?」

「いえ、親切にしてくださいました、ヨキト王」

「ヨキトで構わぬ。……して、お主の名は」

「東雲秋穂……東雲、が苗字というもので、秋穂が名になります。どうか、アキホと呼んでください」

「アキホ、か。なんだか、良い名前の気がするのう。……ところで、早速だが、ワシはアキホの存在に興味があってのう。良かったら、色々話してくれんかの?」

「……それは構いませんが。代わりに、この世界のことを教えていただけますか? どうやら、私が元いた世界とは異なるようで……」


 ようやく、話が出来そうだった。何も分からない状態で鬼に連れていかれ、正直、食われるかと思った。気を抜けば泣き出してしまいそうなほど、怖くて頭の中はぐちゃぐちゃになっている。だがきっと、冷静さを失ってはいけない。私はそう思いながら、王と呼ばれたヨキトと話をした。できるだけ対等に、子供だと馬鹿にされないように。


「……なるほど。アキホの世界では、我々と同じ要素を持つ者が、鬼と呼ばれておるのか……」

「はい。そしてそれはどちらかと言えば……気を悪くしないでください。ネガティブな、その、存在です」

「それはこちらとしても同じこと。我が世界のオニは、ニンゲンを襲い、食い、全てを壊しつくす存在」


 私たちと鬼の世界は、そう変わらなかった。ニンゲンとオニの存在が反対になっているが、私の言葉は通じているし、文字を書いてもらったらそれは明らかに日本語だった。意味合いもふたつ以外は同じで、他に違うことと言えば、少しばかりこちらの方が文明が遅れているように見える点くらいだった。

 ジンキがあんなに喜んでいたのは、元々神話や物語といった類が好きらしく、例え相手がどんなに恐ろしい生き物でも、出会ってみたかったらしい。ヨキトはそんなジンキに好意的で、面白そうだからもし出会えたなら、自分の元まで連れてくるようにと、そんな話をしていたそうだ。しかしまさか、『オニを召喚してみたい』なんて素っ頓狂な戯言に、一国の王が耳を傾けるだけでなく、城の一室を貸し出すとはとても信じられなかった。――現に、その戯言は見事私を呼び出す一言になったようだが。


 だから、喜びはしたものの、攻撃してきたり捕縛したりといったことはしてこなかったらしい。


 通された王の部屋には、侍女らしき女性がいたが、やはり私と特徴以外はなにも変わらない気がする。私と同じ黒い髪に、150cmの私から見たら少し高い背。よくよく見てみたら、目の色は違うかもしれない。綺麗な薄い緑色。大体の外見は一致していて、細かいところに差があった。それでも、私は大きな差がないと思っている。


 あと気になるのは、地域、地名の呼び方。


 ここは大陸壱の【黒の地図】と呼ばれる場所で、多くの鬼……もとい、ニンゲンが住んでいる。他には【白の地図】と【灰の地図】と呼ばれる場所があり、灰の地図は危険であまりニンゲンは寄り付かないらしい。順番的には、黒の地図の隣に灰の地図、その隣に白の地図という並びで存在しているらしく、黒の地図と白の地図は冷戦状態とのこと。そもそも灰の地図はニンゲンの住む地域として機能しているようで機能しておらず、無法地帯になっているそうだ。

 大陸壱以外にも、大陸弐、大陸参……と、大陸は幾つかあり、それぞれに【〇〇の地図】と呼ばれる場所があるらしい。ここと同じようにニンゲンが生活をしていて、交流のある地図もあれば、いわゆる鎖国状態の地図もあるらしい。

 大陸壱の中で、ニンゲンたちが気付いた時には既に灰の地図はそんな状態だったらしく、初めは誰も住んでいないし近付くこともしなかったらしい。『オニの住む場所だから、近づいて鬼に見つかったら一瞬で食われるぞ』なんて言われるような場所だったそうだ。それをヨキトの祖父が有志を募って探索しオニがいないことを証明したらしい。しかし、気味が悪いことには変わりなく、好んでその場所に住む者は今もいない。


「冷戦なんて、こっちの世界でもあるんですね。私達の世界と同じ……」

「アキホの話を聞けば聞くほど、同じ世界の話に聞こえるのう」

「争うんですか? この世界のニンゲンも」

「まぁ、なんじゃ……。いまさら、その、なぁ」


 モゴモゴとヨキトは言い淀んでいる。なにか後ろめたい理由があるのかもしれない。


「あの、親切に教えていただきありがとうございます。ただ、その、できればすぐにでも元の世界に戻りたくて。帰していただけませんか?」

「……とのことじゃが、ジンキ」

「あー、えーっと。呼び方……は書いてあったんだけど、帰し方は書いてなかったんだな……?」

「えぇぇ!?」


 なんて一方的なんだろう。でも確かに、呼ぶのと帰すのがセットになっている異世界転移の話なんて聞いたことはない。……そもそも、これは異世界転移であっているのだろうか。見知らぬ場所に、鬼に呼び出されたから異世界転移だと思ったのだが。


「一人で生活していくには不便じゃろう。……なに、ジンキのようなニンゲンも、実は数が多いのじゃ。それに、ワシがアキホと親しいとわかれば、何か言ってくるニンゲンもおらんじゃろうて。……あぁ。ワシも王をしていて良かった。死ぬまでに、まさかオニ……いや、アキホという存在に出会えるなんてのう。今は城の一室を使いなさい。ジンキ、城下町にアキホが住める場所を探すように。協力者も募りなさい。アキホが困らないように」

「もちろんです!」

「こちらの勝手な行為で、辛い思いをさせてすまないのう。せめて、無事帰ることができるまで、この世界で生活をすることに、協力させてほしい」

「ありがとうございます!」


 ――もしかしたら、私は恵まれているのかもしれない。言葉も通じ、かつ、優しい鬼に召喚されたのだ。これが話も通じず、扱いも酷い鬼だったらと思うと、背筋がゾッとする。


(……そういえば、音奈は無事だったのかな……?)


 あの時、同じように雷の音に驚いた音奈。ブラックアウトしてしまった私は、音奈がどうなったのかは見ていない。


「あ、最後に……。私だけですよね……? この世界に召喚されたの、って」

「あー……どうだろうな。多分そうだと思うが……」

「心当たりでもあるのかの?」

「えっと、私と同じ服を着た女の子がもう1人、もしかしたらこっちに来ているかもしれないと思って……」

「もしかして一緒にいたのかの?」

「そう、ですね。大事な、友達なので」

「うーん、オレの描いた魔法陣には、アキホしか載っていなかったんだよなぁ。……いや、でも、もしかしたら……」


 私しかいなかった、が、ジンキが難しい顔をしている。一体何があったというのだろうか。


「以前にも召喚を試したことがあってな。その時は、この城じゃなくて別の場所だったんだが。当然のように失敗してよ。でも、魔法陣とか蝋燭は、そのまま置いてきちまった気がするんだよなぁ。……失敗作だから、そこに今回呼び出される……なんてことはないよなぁ。あっはは」

「ちなみにその場所は、どこなんですか?」

「……白の地図にひとつ、灰の地図にひとつ……」


 ポリポリと頭を掻いて、バツの悪そうにジンキが笑っている。

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