私が私を知るには
翌朝、早起きした私は湯船につかりながら学長に昨日の出来事を報告した。
「君らの勇姿は神主から聞いている。よくやったな」
「よくやったなじゃないですよ。何ですか、あの人達の歪な魔術師観は。皆が皆そんな印象を抱いてるんです?」
「全く以て歪ではないぞ。魔法を知らぬ一般人が、魔法を何でも出来る夢の力だと思うのは無理もないからな」
「魔法の現状をもっと世の中に周知してください。魔法は個人によって出来る事、得意な事が異なる多様性に富む力なのだと」
「完璧な流布は難しいだろうが……他校や政府と協力して周知に努めよう。貴重な意見感謝する」
「ところで、今日以降はもう自由にどこへ行っても良いんですよね?」
「ああ。特に火急に解決しなければならない事案はない。ただ、私が個人的に君に行ってみて欲しい場所が一つある」
「へえ、それはどこです?」
「宮城県だ。そこにある宮城魔法学校には、魔法で完全な性転換を成した非常勤講師がいるらしくてな。興味が湧かないかい?」
「はい!! とても興味があります!」
突然出てきた奇妙な話に思わず身を起こして反応してしまう。その時つい水音を立ててしまい、学長に風呂に入っている事がバレてしまった。特にそのことを咎められる事は無かったが、ちょっと恥ずかしくなった。
「とにかく、興味があるならアポを取っておこう。ただその講師は最近忙しいと聞く、故にアポを取るのに時間がかかるかも知れない。だからその人物と取材の予約が取れるまで、君らは東北の辺りを自由に旅していて欲しい」
「わ、分かりました。ではまた連絡お願いします」
私はそう言って電話を切った。そのまま風呂から上がり、脱衣所で着替えをして私は寝室に戻る。
「あ、師匠! ホテルからはいつ出ます? あと次の目的地についてそろそろ教えて貰えればなと思うんですが!」
「ホテルは三時間後に出る。目的地は決まってない。だから君はテレビでもみて時間を潰してて。私は取り急ぎ視力を回復させるから」
私はベッドの上に座り、今だ見えない右目に触れて魔法を何度もかけては解きを繰り返す。彼は私の指示通りにテレビを付けてみていたが、ある瞬間、彼は何か思い出したかのようにバッグの中身をかき回し始めた。
「師匠、作業中に申し訳ないのですが一つみて欲しい物があります。出しても良いですか?」
「別に良いけど、今集中してるから反応薄くなるよ」
「構いません。それがコレなんですが――」
そう言って彼が目の前に出したのは、一本のナイフだった。私はそのナイフに心当たりがあり、思わず手を止めそれを眺め始めた。
「あれ、コレってスペツナズナイフじゃん。何で君が持ってるの?」
「師匠がお祓いを受けている最中、これを一代師匠にと謎の男に渡されまして。師匠はこのナイフが何かを知っているんですか?」
「まあね。この赤いボタンを押すと刀身が射出されるんだ。撃ったあと元に戻すのは大変だけど、威力がかなり高くてね――」
続きを言い掛けて立ち止まる。なんで私はこんなにこのナイフについて詳しいんだ? 湊一代はこんなナイフ初めて見たはずだ。なのにつらつらと説明できている。それに気づいた瞬間、鋭い頭痛を伴って私の脳裏にある光景が映し出された。
それは幼い頃の私が、同じ位の歳の男の子と木製のナイフで組み手を行っている光景だ。その場には他にも複数人の子供が居て、彼等も同様にお互い斬り合っていた。
それから私が対戦相手を押し倒して首元にナイフを突きつけると、教官らしき成人男性がその子の元に寄ってきて――スペツナズナイフのボタンを押し、彼の額に向け刀身を射出した。
彼の目から光が消えて物言わぬ死体になったところで映像は途切れ、その瞬間私の意識は現実世界に戻ってきた。
「だ、大丈夫ですか? ずいぶん汗だくになってますが」
ふと額を人指し指でなぞると、確かにその指には汗が付着していた。
「……大丈夫、ちょっと嫌なこと思い出しただけ。とりあえずコレはここで処分するけどいいよね?」
彼の静かに一回頷いた。それを受け、まず私はキッチンにナイフを持っていきそれを絶対零度で凍らせた。それからまな板の上で凍ったナイフを氷のハンマーで粉々に砕き、トイレに流して処分を完了させる。
(我ながら問題だらけの処分方法だなあ。でも砂鉄と同じくらい細かく砕いたから大事にはならない……と思いたい)
一粒残らず水に流れたのを確認した私は再びベッドの上に戻り、視力を回復させるための作業を再開する。
「ところで師匠、そのナイフを渡してきた男とは知り合いですか? 黒いトレンチコートを着た茶髪の男なのですが」
「見た目だけ言われても分からないなあ。だから次そいつが現れたらすぐ私に知らせて、話がしたいから」
その男は恐らく、私の失われた記憶を取り戻す鍵をいくつも握っている。私はそいつと取引して、それを一つずつと言わず全て引き渡して貰いたいと考えている。それこそが、私が私を知る一番の近道なのだから。
何を交渉材料にしようかと思考を巡らせながら、私は作業に戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます