岐路に次ぐ岐路
外に出てからしばらく寝ていた私達だったが、ふと私は事前に説明されていたタイムリミットの関する話を思い出して起き上がった。
「やば、もう制限時間まで五分じゃん! 早くここをでないと現場関係者と鉢合っちゃう!」
「制限時間? なんですそれは」
「君が車から出た後に運転手が話した概念さ。関係者は私達に1時間で除霊を完了させることを求めていてね、もうその刻限まで5分しかないんだ」
「迎えの車は来ないんですか?」
「来ない。だからタクシーを呼ぶ必要があるんだけど――ん?」
スマホをポケットから取り出そうとした私は、遙か遠くから徐々にこちらへ近づいて来る車のエンジン音聞いた。
「あれ、来たじゃないですか迎えの車」
「いや、私達は間に合わなかったんだ。恐らくアレは現場関係者を乗せた車だ、やはりタクシー乗り場までは歩くしかないか……」
そうこうしてるうちに車はすぐ傍まで来ていて、校門のすぐ傍で止まった。そしてその車から出てきたのは――千歳神社の神主だった。
「「神主さん!?」」
「急遽予定にキャンセルが入ったので加勢しようと思ったのですが、どうやらもう終わったみたいですね」
「おかげさまで。そして貴方が渡してくれた破魔矢、ちゃんと役立ってくれましたよ」
「おお! それは良かったです。ささ、乗ってください。ホテルまでお送りします」
そうして私達は神主が乗ってきた車に乗り込み、ホテルへ向けて発つ車内でくつろぐのだった。
(ああ、ようやく落ち着ける。そう思ったら……なんだか、眠気が……)
◇ ◇ ◇
車に乗って一分と経たずに師匠は寝てしまった。あれだけ苛烈な戦いを乗り越えたんだ、無理もない。
「貴方は寝ないんですか? 遠慮せずに寝てくださって構いませんよ」
「寝るほど疲れてないから寝てないだけです」
「なるほど。しかし呪いを吸収して回復するなんてかなりの特異体質ですね。何か特殊な訓練でも積んでたんです?」
「……そこはまあ、聞かないで頂けると」
「そうですか。でしたらせめて、校内で何があったのかを説明頂けると」
それから僕は、一代師匠から聞いた事件の全貌を話した。その話を彼は、かなり興味深そうに頻繁に頷きながら聞いていた。
「マナを阻害する呪い!? なるほどそんな物が……では、それを防ぐ魔法を開発しなければ行けませんね」
「対策なんて大仰な事はしなくて良いですよ。鷹守の呪いは普通のそれとはひと味違います、それを取り込んだ呪霊による極めてイレギュラーな現象ですので」
「特別な呪いだとしても備えるに越したことはありません。貴重な情報、ありがとうございました」
会話はそこで途切れる。寝ているのが師匠ではなく僕だったらここから先も会話が続いていただろうが……僕は未知に対する興味が極端に薄い故、これ以上追求する気にならない。
ただ、僕のことを全て肯定してくれる師匠が寝ている今だからこそ、神主に聞いてみたいことが1つある。僕はそれを彼にぶつけることにした。
「……1つ、難しい質問をしても良いでしょうか」
「1つと言わずいくらでもして構いませんよ。恐らくあなた方と会う機会はこれが最後でしょうから」
「いえ、1つだけです。それで充分です」
今からする質問は、僕にとってはとても重要な質問。緊張を深呼吸で取り払い、それから僕は口を開いた。
「もし、もしもですよ。生まれつき呪いを自由自在に扱える人が居たとして、その人がその力を使って正義の味方になりたいと言ったら……貴方は笑いますか?」
「どうしてです?」
「貴方にとって呪いは悪の象徴だと思います。そんな力を使う悪の素質に富んだ人間が正義を語るなんて、貴方はきっと馬鹿馬鹿しく思うんじゃないかと」
「良いことじゃないですか! 誰かのための正義を掲げる人間なんてそう居ませんし、私はいたって真剣にその子の道を応援するつもりです。しかし――」
「しかし?」
「……その子に対し、旅の途中でその気持ちが少しでも揺らいだ瞬間社会から距離を置き隠居するという約束を持ちかけてみて欲しいです」
「!!」
「その子はきっとこれから先、人の世が抱える多くの悪い側面を見るでしょう。それに直面してなお人を救おうと思い続けるという誓いが欲しいのです。それが、力を持つ者として果たすべき責任だと私は考えてます」
「なる、ほど」
「そんな事も出来ないような覚悟で正義を掲げて居る様でしたら私はその子の事を笑うでしょう。これが、貴方の出した問いに対する答えです」
「……肝に銘じます」
「おや、その反応を見るにやはりその子というのは貴方自身の事でしたか。丁度良いので聞きましょう。さっき私が言った誓い、しっかり立てられますか?」
「僕は――」
現実を見る事も大事だとは知っていたが、そうすぐには人の悪意を飲み込む決意は固まらないものだ。それでも、返す言葉はちゃんと僕の胸の内にあった。
「僕が助けるのは人の命だけです。酷なことに、僕は助けた人のその後に興味を持たないようなので。故に、これから僕がどれだけ沢山の人の悪意に晒されようと僕の正義に支障は来さないでしょう」
「……でしたら誓いは要らなそうですね。では改めて、私は貴方の旅路を応援することにします。これからも頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます」
そう言い残し、僕はドアに寄りかかって目を閉じた。実は疲れていないというのは強がりで、神主に気を使わせないための嘘だった。聞きたいことを聞き終えた僕は、消耗しきった判断力を回復するため横になる。
正しい判断が求められ続ける明日からの僕の人生を、脳疲労無くこなしていくために。
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