呪霊掃討作戦(終)

 二人のにらみ合いを、私はドアの隙間から覗いていた。戦いが始まって尚あの場に居たら彼に迷惑を掛けてしまいそうで、だからこそ私はこうして身を隠している。


(奴の呪いは時間が経つにつれ高まっていくばかり……どうするの、鷹守君!? 多分奴のほうが君より強い呪いを持ってるぞ!)


 見ているだけで呪われそう。そう怯えながらも、私は目を離さずにいる。そうこうしてるうちに男は彼に襲いかかり、彼の体に触れようとした。


「鷹守君!!」


 すると彼は屈んで男の手をすり抜け懐に潜り込み、男の腹に札を貼り付けた。そして次の瞬間男の体は一瞬で炎に包まれ、耐えられなくなった男は手で顔を覆って地面に倒れ込みゴロゴロと忙しなく転がり出した。


「驚いたか? これは大祓魔法と言ってな、呪いを扱えぬ人間が呪いに対抗する為に産まれた魔法だ。僕は呪いが使える人間だが……より強い存在に対抗する為だ、遠慮なく使わせて貰う」

「き、さま……!!」


 唸りながら男は立ち上がり、手に黒いエネルギーを集めて前方に放射した。彼は右腕を呪いで覆い、その上に札を貼り付けて受け止めた。


「師匠、僕に札をください! 僕が奴に対抗するには、三枚じゃ足りないんです!」

「札? 札だけでいいの!?」


 私は一瞬扉を大きく開き、魔法で彼の手元に札を三枚送り込んだ。彼はそれを受け取ると、手持ちも合わせた六枚の札を空中に放り投げた。それらは空中で一点に集まって光りだし、やがて一本の刀に変わって彼の手元に落ちてきた。


(刃の部分に札に刻まれていた模様が入ってる。あの刀身自体が札で出来ていて、わざわざ相手の体に札を貼り付けずとも直接体を斬れるようになってるのか?)


 その答え合わせはすぐ行われた。男は彼に向けてもう一度エネルギーを集めて打ち出すが、彼が構えた刀に流れるように吸い込まれてしまう。


 それから彼が刀を振ると、男が放ったエネルギーが飛ぶ斬撃と化して男に飛んで行き、間もなくそれは男の体に一文字の深い傷を付けるのだった。


「ぐああああっ……!! なぜだ! 呪いは強い方が弱い方を喰う! その理論に照らせば、貴様の刀は俺の刀に触れた時点で消えるはずなのに!!」

「僕が何からこの刀を作ったか見てないのか? まあいい、わざわざ説明するのも面倒くさいしこのまま殺すか」


 彼は男の首元に刀をあてがい、膝を着く男を冷たい目で見下ろした。しかし男はこの状況下で不気味な笑みを浮かべている。


「そうだ殺せ! そうすれば俺は邪魔な肉体を捨てて呪霊になれる。そして呪霊となった俺はまず向こうにいる小娘を殺し、一般市民が大勢居る場所へ貴様をおびき寄せて戦うのだ」

「……なんだと?」

「俺という凶悪な呪いの塊が外に出ればそのオーラで何人が死ぬかなぁ? もう待ちきれねぇ、さあ早く殺してくれ!!」


 その言葉を聞き、彼は冷や汗をかいて動かなくなってしまう。そうして出来た隙を突き、男は彼に飛びかかって地面に押し倒した。


 男に触れられた彼の首はみるみる内に変色していき、すぐにも顔全体を覆いそうな勢いで浸食が進んでいる。そのあまりの痛さに、彼も痛々しい悲鳴を上げてしまっている。


「やはり貴様は腑抜け野郎だ! 自分が生き残るために他人を見捨てられないとは呆れた奴だ。己の甘さを恨み死んでゆけ!」

(やばい、このままだと彼が死んじゃう! でもどうやって助ける? 札がないから安全に男に触れないし、無理を押して実行するような決め手に富む案も――)


 その時、私の脳内に昨日の出来事がフラッシュバックした。


 ◇  ◇  ◇


「はい、お祓いは以上で終了です。お付き合い頂きありがとうございました」

「いえいえ、私も興味深い光景を見られたので満足です。では彼を迎えに行きましょうか――」

「ちょっと待ってください! 1つだけ、渡したい物があります」


 そう言って神主は、私に赤い矢と前腕ぐらいの長さしかない短い弓を渡してきた。


「その矢は破魔矢と言い、その弓を打ち込んだ霊を必ず成仏させるという効果を持ちます。夜なべしても尚これ一本しか作れませんでしたが、どうか役立ててください」

「……はい、ありがとうございます」


 その矢は小さく、おもちゃのような派手な見た目をしていた。正直これが霊を必ず祓う代物だと言われてもまるで納得できない。だって、命を刈り取る形してないし。


「もしかして信頼されてないですか? でも安心してください。今日まで失敗続きでしたが、これだけは絶対に外しません。その矢は必ず、貴女の身に降りかかるピンチを助けましょう」


 ◇  ◇  ◇


 それから私は、あらかじめバッグに入れていた弓と矢を取り出す。その矢からは、あの時感じられなかった聖なる魔力を感じる。


(破魔矢の効能は災いを破り、チャンスを射止めると神主から聞いた。なんだ、この状況にぴったりじゃないか)


 意を決し、私は弓に矢をつがえる。そしてドアを思いっきり蹴飛ばして中に入り、驚いて顔を上げる男に向けて弓を引いた。


「こっちを向け! お前の呪いは私が祓う!」


 そう言って羽から手を離して矢を放つと、矢は吸い込まれるように男の額の中心に着弾する。すると矢はものすごい勢いで男の全身を覆う呪いを吸収し始めた。


「くそっ……全ての呪いが消える前に、せめて貴様だけでも!!」


 男は私に手の平を向け、黒いオーラを集め始めた。その瞬間、抑えが片手だけになったのを機とみた彼はぐっと体を起こして男の体を強く突き飛ばす。その結果、放たれた光線は間一髪私の右頬を掠めるに留まった。


 そのビームを放ったのを最後に男から呪いの気配が消え、頭に刺さった矢も役目を果たしたと言わんばかりに黒ずんで砕け散った。


「鷹守君大丈夫!? 顔中呪いだらけじゃない!」

「僕は大丈夫です……自然に放置するだけで良くなっていきますから。それより師匠、貴女の方こそ大丈夫ですか? 顔の右半分が変色してますし、右目潰れてません?」


 そう言われて右目を右手で覆ってみると、本来指の隙間から景色が見えるはずが見えなくなっている事に気づく。


「師匠、顔をこちらに。僕が治しますよ」

 地面に倒れ込んでいる彼の元に駆け寄り、しゃがんで彼の手を顔に持ってきた。

「どう? 治せる?」

「……皮膚の変色は治りましたが、ああなんでだ、右目に張り付いた呪いが吸収できない! なんでだよ! 吸い込めよ僕の体!!」

「あーいいよ無理しなくて、視力を戻す魔法を個人的に後で作っとくから。一旦ここを出よう、立てる?」

「立てはしますが、その、力不足でごめんなさい」

「いいの、もう充分助けて貰ったしこれくらい自分で何とかする。あとコイツはここに置いていこう。後のことは警察が何とかしてくれるはず」


 そう言うと、彼はふと大きなため息をついた。


「警察が、ですか。師匠、奴はこれからどうなるんです?」

「わからない。呪いで人を殺したことって証明をするのが難しいし、多分そのまま野に放たれるんじゃない?」

「そうですか……ああ、嫌な予測が浮かぶ。実際に野に放たれたら奴は刑務所に入るために人を殺すかも知れない――」

「そんな事まで気にしてたら身が持たないよ。君の手は二本しかないんだから、手を伸ばす先はちゃんと考えないと」

「……ですね。僕は助けを欲してる世界中の全ての人を同時には救えない。だから、僕は僕の目に映った人を必ず助ける。堅実な正義執行を心がけなければ」

「その調子! これからどんどん学びを得て、君自身の正義感をより確かな物にしていこう!」

「わかりました。それじゃあ、地上に戻りましょうか。いい加減、僕も息苦しくなってきたので……」


 こうして私達は地下を脱出し、階段を駆け上がって外に出て行った。本当は疲れまくっていて走るどころではなかったが、とにかく呪いのない安全な外に出たくて仕方がなかった。


 外に出た私達はその場に寝転び、しばらく深呼吸しながら体力が全快になるのを待つのだった。

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