呪霊掃討作戦(4)

 治療が一通り終わり、彼に私が今までした事を話すと酷く驚かれた。


「そんなに強い呪霊を一気に八体も!? しかも魔法抜きで!?」

「うん、でも命を張ってまでそうする意味はなかった。興が乗りすぎたばっかりに、後先考えず死ぬ寸前までまともに付き合っちゃって……地下での戦いが控えてるのに」

「でも全てが無駄だったという訳でもなさそうですよ、廊下を見てみてください」


 彼に促されて廊下を覗くと、ドアの前で待機していた一匹の霊と目があった。霊は慌てて距離を取り、怯えたように体を震わせながら顔を伏せた。


「1階に居た霊もガタガタ震えて一歩も動きませんでした。恐らくここに居た霊を倒した奴が校内にいるという噂を聞き怯えているのでしょう、今なら地下まで戦う事なく行けますよ」

「……そっか、無駄じゃないんだ。よかった……」

「地下での戦いは僕が先陣を切ります。まだ傷も体力も完全に回復していないでしょう、無理だけはなさらないでくださいね」

「ありがとう。それじゃ、行こうか」


 フックに掛かった鍵を手に取り、私達は職員室を後にした。


 階段を降り、再び地下にある扉の前に立つ。私はドアノブに鍵を挿し込んでから三歩退き、彼の後ろに位置を取った。


「師匠、神主の言うとおりこの先からはとんでもなく悪辣な呪いを感じます。僕の傍から離れないでくださいね」


 彼はゆっくりと扉を開けて中に入り、私もそれに続く。中に広がっていた光景は――正しく地獄だった。


 狭い部屋中の壁にびっしりと血しぶきがついており、床はどす黒く変色したツタで覆われていて嫌な臭いを放っている。何より、天井にくまなく貼られた札の存在が不気味だった。


 その部屋の奥に、私達に背を向けて座る人間が一人居た。部屋の外で感じた呪いは、この人物から発されている物であると気づく。


「師匠はそこに居てください。ここは僕が」


 その言葉を受けて私は二歩後ろに下がり、奥に座る人間に近づく彼の背中を見送った。


 ◇  ◇  ◇


 僕は札を刀に変え、それを相手の首元に乗せる。室内が暗すぎてそれが人かどうかも分からなかったが、刀を通じて質量を感じたのでコレは恐らく人間だろう。


「立ち上がろうとしたり、振り向こうとしたら殺す。お前は今から僕の指示に沿った行動と発言だけをしろ。分かったら首を――」

「お前、鷹守家の男児だな?」


 急に僕の身の上事情を言い当てられ、酷く動揺してしまう。その好きに男は立ち上がってこちらを向いた。


「ふ、振り向くんじゃねぇ! 殺すぞ!」

「本当に殺すつもりがあるなら振り返った瞬間に首を刎ねろ。それとも、まさかこうなると思っていなくて覚悟が間に合わなかったとでも言うつもりか?」

「それは――」

「まあいい、お前がどれだけ腑抜けてようが俺には関係ない。一番の問題は、お前が鷹守の人間だって事だ」


 男は突然僕の肩を掴んで僕の背を壁に思いっきりぶつけた。震える手で壁に僕を押さえ付ける男は、呼吸を荒くして言った。


「ずっと待っていたぞ! まだ子供だった俺を人柱としてここに送り、50年もこの部屋に閉じ込めた鷹守に復讐するこの時を! 今まで呪いで何人も民間人を殺してきたが足りなかった。やはり鷹守の血をもつ人間を殺さなければこの憎悪は収まらぬようだ……」

「……そうか。作業員を殺したり一代師匠を追い詰めた呪いは、お前がけしかけたものだったのか」

「ああ。この校舎に居る呪霊は全て、俺が体から解き放った呪いがここに棲む霊と合体し意思を持った物。だが今となっては、それらを野放しにする理由もなくなったがな」


 男は僕から手を離して距離を取り、両手を天高く掲げた。すると天井から数多のどす黒いオーラが男の手に平に集まっていき、男の皮膚を黒く染め上げていった。


(まさか、校舎中の呪いを自身の体に集めているのか!? )

「呪いを我が手に! 今こそ我らが存在意義を成すときだ!!」


 天井から呪いの供給が止まると、男は手をそっと降ろした。その頃には既に男の全身は禍々しい呪いのオーラに包まれており、室内の暗さと相まってその姿の全容が掴めなくなっていた。


 男から放たれる呪いの強さは今まで見てきた呪霊のそれとは桁がいくつも違う。今の奴に触れられたら一瞬で呪い殺されてしまうだろう。正直、かなり怖い。


(……アイツは絶対に僕がやらなきゃ。今は僕に奴のヘイトが向いているが、僕が死んだとて一代師匠が狙われない保証はない。でもどうやってやる?)


 呪いの性質として、両者の呪力に著しい差があると弱い呪いを強い呪いが無力化してしまうというものがある。僕の持つ釘と奴自身が持つ呪いはそのケースにあたり……当然、この釘は弱い方に当たる。


 呪いを使わずに呪いと戦う事を強いられ、その手段が見つからずに悩む僕。そんな中遂に男は手を伸ばしてこちらに駆け出してきた。


(まずい! 何か、何か手を打たないと死ぬ!!)


 時間にして0.1秒の葛藤と思考の末――僕は、とある唯一の対抗策を思いついた。

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