呪霊掃討作戦(3)

 2階に駆け上がった私は、目前に広がる光景に驚愕し急いで踊り場に駆け下りた。

 驚くべき事に、二階の廊下には呪霊が一体も居なかった。それどころか、呪いの気配を一切感じないという始末だった。


(どうなってる? この階は一番呪霊が溜まっている所じゃないのか?)


 再び二階に足を踏み入れ、恐る恐る奥へ向けて進んでいく。そのまま職員室の前に到着し、ドアに手をかけた瞬間――。


(居る、私の背後に!!)


 姿勢を低くし、振り向きざまに右手を突き出す。それは見事背後に居た霊の腹に触れたので、私はそのまま高圧電流を流し込んだ。すると霊は一瞬で塵と化し、そのまま消えていった。


(……もしかこの階には、自身からでる呪いのオーラ量を操作できる強い呪霊が多いのか? そんな呪霊が沢山居るから二階が一番呪力を感じる階となった……ああもう、だとしたら正面から来られるより厄介だ!)


 苛立ちながらも職員室の中に入り、高圧電流をまとった右手を突き出して辺りを確認する。しかし、やはり辺りに霊の気配は感じられない。


(微かだが、八体程の霊が潜んでいるのを感じる。奴らが動き出すトリガーは……あれだな)


 職員室の奥には小さなフックが縦横に数十個ほどある場所があり、そこには一本だけ鍵がかかっていた。


 アレが罠である事は見え見えだが、あそこに着くまでは襲ってこないだろうという油断を誘う物である可能性も捨てきれないので、慎重に一歩ずつ歩み寄る。


 そして鍵の場所に到着したが、やはりその間霊達が各々の持ち場から動く事はなかった。それを不気味に感じながら、私は壁に掛かった鍵に触れた。その瞬間、鍵を通して強力な呪いが体中に流れ込んで来るのを感じた。


 それと同時に今まで隠れていた霊達が動き出したので、私は振り返って雷魔法を撃とうとした。しかし、魔法が手から出ることはなかった。体内に入り込んだ呪いはマナの流れを阻害し、魔法の行使を不可能にしているのだ。


(バカな! いくら奴らが強い呪霊だと言っても、こんな事まで出来て良いわけないだろ! 格が違いすぎる!)


 困惑する私に対し、奴らはまるで私の恐怖を煽るようにゆっくり距離を詰めてくる。しかし奴らのその動きのノロさは恐怖するどころか私の苛立ちをかえって加速させ、溜まりに溜まったストレスに耐えきれなくなった私は……。


「舐めてんのか!!」


 と叫んで幽霊達に右足で豪快な回し蹴りを喰らわせた。喰らった幽霊は消えはしなかった物の、大きく後方へ吹き飛んで地面に倒れ込んだ。


「ここ数日色々あって溜まってるんだ。丁度良い、魔法が使えない今、生身の人間に振るいづらい暴力をお前達に向けてありったけ解放する」


 それから私は目の前の霊の顔を思いっきり殴りつけ、その勢いのまま手の甲を右隣にいる霊の額にぶつけた。続けて後ろに位置を取っていた幽霊に跳び後ろ回し蹴りを喰らわせ、吹き飛んだ先にあったフックが背に刺さったその幽霊はそのまま塵になって消えた。


 さらに、仇を取らんと両手を突き出しこちらへ向かってきた幽霊が居たので姿勢を低くして攻撃を避け、胸辺りに掌底を当てた。すると幽霊は力なく倒れて消滅してしまう。


 その様子を見ていた他の幽霊は、怖じ気づいたように後ずさりし始める。


「何退いてんだ。頭が良いならこんな脳筋一人、軽々倒して見せろよ」


 手招きも合わせ、その場に居る霊達を全員挑発した。すると霊達は呪いで日本刀を

作り出し、私の周りを取り囲んだ後それを突きつけて来た。


「……嘘でしょ?」


 霊達は剣を振り上げて一気に中心に向かって駆け出し、私の居る場所めがけて剣を振り下ろした。しかし、血しぶきが飛んだり悲鳴が上がることはなかった。なぜなら私は――。


「っ……剣、ありがとね」


 間一髪集中攻撃を避け、ついでに剣を一本スリ盗って来たからだ。しかし呪いの塊であるそれを持っていて無事なわけがなく、手の平から徐々に変色している皮膚が激痛を発している。


「ここからが本当の勝負だ。私が死ぬかアンタ達が祓われるか、結果は2つに1つだ。さっきみたいに背を向けてくれるなよ」


 痛いはずなのに、怖いはずなのに、私興奮しちゃってる。こんなところで全力を出すべきじゃない、そんなのは分かってる。でもこの殺し合いを超えた先に私は何を感じるのか、それが気になるから止まらない。もうこうなったら最後まで走りきってやる。


 両手で刀を持ち、残った六人の霊とにらみ合う私。しばらく膠着状態が続いた後に、先に剣を振り上げたのは幽霊側だった。6体一気に私に向けて飛びかかってくるが、私は冷静に刀を横にして奴らの振り下ろす刀を受けた。


 骨だけの幽霊が生身の人間以上の力を出せるはずもなく、私は少し苦戦しながらもつばぜり合いに圧し勝ち、がら空きになった霊の胴体めがけ勢いよく刀を振り切った。左に居た3体には避けられてしまったが、右側にいた3体の幽霊は避けきれずに腹を斬られて消滅した。


 残った3体は私を囲むように配置し、三方向から同時に斬りかかってくる。奴らの振る刀の軌道を冷静に計算し、姿勢を低くした上で三本の刀が交差する所に刀を置いておいてそれを受けた。それからまたしてもそれをはじき返し、まず私の目の前に居た霊を袈裟斬りにして消滅させる。


(後2体……でも、これ以上は……!)


 手の平だけで収まっていた皮膚の変色はいつの間にか肘にまで達しており、私がそれを確認した瞬間には右腕に力が入らなくなってしまった。


 慌てて刀を左手に持ち替え、右側にいた霊に斬りかかる。霊は刀を横にしてそれを受けるが、数秒のつばぜり合いの末、私は刀ごと霊を両断することに成功する。


 それからふと、私はもう片側に居た霊を見失ってしまっていた事に気づく。急いで辺りを見渡すも――もう遅かった。


 次の瞬間、私は体に強い衝撃を覚えた。見下ろすと、私の胸の中心から黒い刀身が覗いている事に気づく。私は堪えきれずに血を吐き出し、膝を着いてしまう。


(心臓を……イかれた!!)


 全身に力が入らない。視界がぼやけて、意識が遠のく。私を刺した幽霊は私の目の前に回り込み、私の首に刀身を突きつける。


(諦めろ、って言いたいのか? いいや私は絶対に諦めない! 東京の景色をこの目で見るまで……そして、また生きて和美に会うまで死ねるもんか!!)


 刀を振りかぶる霊に対し、最後の力を振り絞ってその顔面を左手で殴りつけ、倒れた霊に馬乗りになって全力の頭突きを喰らわせた。すると霊の頭蓋骨がボロボロに砕け、やがて塵と化し消えていった。


 全てを出し切った私はコロッと地面に力なく倒れ込み、ギリギリ肘関節を覆う手前で浸食が止まった左手を見る。


(間一髪、って所かな。心臓も、少し動きが鈍いけど正常に働いてる。でも全身呪いまみれになっちゃったから、しばらく動けないかも)


 殺し合いを乗り越えた先に私が感じたのは、形容しがたい爽快感と後悔だった。あの霊達相手に生き延びたという誇りと、ここでマジにならなきゃ良かったという後悔。どちらかというと後者の方が大きい。


 複雑な感情を抱える私は、ふと廊下からこちらへ近づいて来る足音を聞いた。間もなく職員室のドアが開くと、そこに居たのは鷹守君だった。彼は私の姿を発見するとすぐさま私の元に駆け寄った。


「遅れてすみません……って師匠!? その姿は一体!?」

「ごめん、派手にやっちゃった。両腕と心臓に呪いため込んじゃったから、治療お願い」


 かろうじて利く左手でローブのボタンを3つ外し、少し開いて紫色に変色した谷間をさらけ出す。彼は一瞬悲鳴を上げて目を伏せるも、やがて恐る恐るそこへ向けて手を伸ばしそっと触れるのだった。

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