「呪い」「穢れ」「邪霊」
翌日早朝、私達は再び千歳神社の社務所を訪れ神主の授業を受けようとしていた。しかし、昨日とは打って変わりそこには巫女が一人いた。
「お待ちしておりました。神主のもとへご案内致します」
彼女の案内に従って五分ほど歩く。たどり着いた先には1つの大きな石碑があり、その下に神主は立っていた。
「お早うございます二人とも。昨日教えた知識はしっかり定着させてきましたか?」
「ええ、私も彼もバッチリです。だよね? 鷹守君」
彼に返事を促すも、彼は黙ったままだった。彼の顔を見ると、石碑に目線を固定したまま顔面蒼白になっていた。
「一代師匠、これヤバいです。凄まじく強い呪いがあの石の中に込められてます」
「なるほど、これから実際に祓ってみろって事ね。本番の前に実践の機会を設けてくれるのは非常にありがたい」
「ダメです。こんなに強い呪い、まだ一度も霊と戦ったことのない僕らの手には余り過ぎます。神主さん、考え直して貰えません?」
「大丈夫ですよ、いざとなったら私がフォローします。なので、お二人とも学んだ知識を存分に活かしてくださいね」
「……アンタには見えないのか? 石碑からあふれ出る恐ろしいオーラが」
小言を吐く彼に目もくれず、神主は五枚の札を石碑に貼り付け、数珠を両手で擦りながら呪文を唱え始める。その間に私は昨日神主に教わった霊視魔法をかけて石碑を見つめる。
まもなく石碑から、鎧を着た一体の巨大な骸骨霊が出てきた。長刀を持ったその骸骨は石碑を出るなり辺りをキョロキョロ見渡し、間もなく私の後ろにいる鷹守君の事を凝視し始めた。
「あれ、おかしいな。ここに居るのは等身大の人型ゴーストだったはずですが」
「というかコイツ鷹守君の事しか見てない! なんで!?」
「……はあ、仕方ない」
大きくため息をつき、鷹守君は私の体を押しのけて幽霊の前に出る。
「師匠、恐らくコイツは僕の中にある呪いを食って大きくなろうとするつもりでしょう。元々こうなれるだけの力を持っていたが、今が機だと思い全力を出していると見た」
彼は一枚の札を取り出し、それを一本の長く太い和釘に変えた。私は光を全く反射しない漆黒を持つそれから放たれる、直視しがたい程の邪悪なオーラを見た。
(なにあれ……本能が、アレの傍に居ることを強烈に拒絶している! 実際に人を死に追いやった事のある強い呪いが、あの中に詰まっているというのか!?)
冷や汗が止まらない。あんな禍々しい物は初めて見た。足が竦んで動けなくなった私の姿を見て、神主は魔法を使って私の体を壁の際まで移動させた。
「大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫だと思います……すみません、あの類いの物を見るのは初めてでつい動揺しちゃいました」
「私も初めてです、あれほどに強い呪いを持つ呪具を見るのは。なぜ彼はアレを素手で持って正気を保ち、無事でいられるのでしょうか?」
「……分かりません。彼とは出会って数日しか経ってないので」
彼と幽霊のにらみ合いは続く。しかし、釘の先を幽霊に突きつけている彼の方が有利に思えた。そうしてにらみ合うこと十数秒、先に仕掛けたのは幽霊の方だった。
長刀を振り上げ、彼に向けて思いっきり振り下ろす。それに対応し彼は釘で刀を受け止めるが、受け止められた刀の方は錆びてボロボロと崩れだした。
「その程度の呪いで僕を取り込もうだって? バカだな、せめて将門の首と同等レベルの呪いを取り込んでから来い」
じりじりと距離を詰めていく彼に対し、刃渡り1センチほどになってしまった刀を見ながら後ずさりする幽霊。次の瞬間、幽霊は私の方を向いて折れた長刀を振りかぶった。
(まずい! 避けないと――)
強ばる体を無理矢理動かし、投げられてくるであろう長刀を左に倒れて避けようとした。しかし思った以上に長刀の飛んでくる速度が速く、直撃は避けられたものの右の二の腕が深く斬れてしまう。
「痛っ……!!」
傷口からどんどん皮膚が紫色に変色し、まるで沸騰したように皮膚が所々泡だって腕全体がグズグズになっていく。想像を絶する痛みに、私は声を殺して悶える事しか出来ずにいた。
「……お前、よくも師匠に手を出しやがったな。その体、四方八方にまき散らせ」
彼は幽霊に飛びかかり、蹴り飛ばした上で釘を打ち込み石碑に固定する。挿し込まれた釘は急速に赤みを帯びていき、やがて爆音と爆煙を伴って大爆発を引き起こした。
煙が晴れると、そこにあったはずの幽霊や石碑が完全に消えていた。その光景を見据えながら、彼は札を一枚手元に呼び寄せてバッグにしまう。その後私の元へ駆け寄り、私の腕に触れながら言った。
「すみません、痛い思いをさせてしまって。穢れ自体は僕の力で充分治せますが、僕はまだ他者の傷を治癒する魔法がまだ使えないので神主さんに任せて良いでしょうか」
「は、はい。分かりました」
「それと、石碑を壊してしまって申し訳ございません。きっとこの神社にとって大切な物でしたでしょうに」
「お気になさらず。あれはいつからあって誰を祀っている物なのか分からない一種の怪奇現象だったので、むしろ破壊してくれて有り難いまであります」
「……ありがとうございます」
そう言っている家にすっかり皮膚の色は戻り、後は破裂した皮膚を修復するだけとなった。
「穢れが取れたなら後は自分で何とかします。神主さんは今起ったことを巫女の方々に説明しに行って頂けませんか?」
「そうですか? 分かりました、行ってきます」
神主が駆け足で社務所へ駆け出していく。自分の腕を治しながら、私は気まずそうに目をそらす彼に声をかけた。
「もう少し黙っている気でいたけど……この状況で秘密にしてたら、そのほうがかえって君との仲をぎくしゃくさせてしまうね」
「……え?」
「私、知ってるんだ。君の過去について――」
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