内に秘めたるは太古の呪い
神主が気絶から立ち直ったのを確認した私達は、神社からホテルへの帰路についていた。三時間ずっと正座で授業を受けていたが故の膝の痛みと、霊との戦いによる疲労が私の体を歩行困難にしていた。
「いや大丈夫、休むならホテルのベッドの上で休みたい」
「そうですか……くれぐれも、無理はだけなさらないでくださいね」
手頃な長さの木の棒を拾い、それを支えにして歩き出す。それからしばらくして、ポケットにしまっていた携帯が鳴り出した。携帯を見てみると、発信元が和美である事に気づく。
「やっぱ休憩してから行く! 先に戻って好きに過ごしてて!」
彼に向けて鍵を投げた後、急いで私は近くにあった公園に駆け込み応答した。
「一日ぶりだね和美! 出るの遅れてごめんね」
『この後予定内から大丈夫だよ。それよりどう? 北海道の風景は』
「想像してたより発展してて驚いた。でも寒さがキツいね、向こうとの寒暖差で風邪を引きかけた」
『大丈夫? 風邪引かないように温かくしてね』
「でさ、聞いて欲しいの! 校門を出たあといろんな事があってさ――」
それから私は弟子が出来た事と千歳神社での出来事を説明した。どの話も彼女は興味深そうに聞いていた彼女だったが、弟子に関する詳しい話になり、その際私が取った弟子が鷹守君である事を伝えると途端に彼女はおとなしくなってしまう。
『……鷹守匠というと、鷹守家の次男だよね。一代ちゃん、その子について知ってるのはさっき話してた事だけ?』
「そうだね。むしろ和美はそれ以上の事を知ってるの?」
『あの一家、というかあの子は結構学校内じゃ有名だよ。一応聞くけど、彼は今一代ちゃんの隣に居たりしない?』
「先にホテルに帰したよ。それがどうかした?」
『これからその子と付き合う上で何も知らないと不便でしょ? だから、その子の身の上話をわかってる範囲でしようと思って』
「本当? 助かるなあ。是非教えて欲しい」
それから和美は鷹守家について話し出した。鷹守家は古くから沖縄で神社を運営している一族で、そこには女性のみが神主になれるという特殊なしきたりがあった。
そんな家庭に男として生まれた彼は、生まれてすぐ人柱となった。儀式によって境内に溜まった呪いや穢れを全てその身に押しつけられ、その後彼は捨てられるはずだった。
しかし彼は生き残り、さらに魔術師適正も持っていた事も後に発覚した。女性だけが持つとされた鷹守姓を持つ少年、として彼は職員から注目を浴びていた。しかし――
「ここからする話は私や学校上層部しか知らない情報。彼がいないか確認したのはそのためなんだ、だからくれぐれも彼にこの情報を知ってると悟られないようにしてね」
なんでも和美の父親は沖縄県警所属の刑事で、長年鷹守家に関する調査を行っているという。その過程で、彼は鷹守家には公表されている話とは違う裏の側面を知ることになった。
それは、「呪殺師」のほとんどが鷹守姓を持つ男だという事だった。呪殺師とは呪いによる殺人を稼業とする人間を指し、近年、沖縄県警総出でその実体を追いかけている存在だ。
そんな沖縄県警が、鷹守家出身の少年でかつ魔術師である鷹守匠という存在を危険視しない理由はなかった。沖縄県警は学長に対し、彼を一生涯敷地内に閉じ込めるか無一文で追放し野垂れ死なせるかの二択を極秘に迫っていた。その結果――
「……格好の追放理由を見つけ、後者を選んだと」
『複雑だっただろうね、その子が生きて一代ちゃんの弟子になってるって聞いた学長の心境は』
「和美はどう思った? 私が彼を弟子に取った事について」
『うーん。彼の性格が一代ちゃんの言うとおりなら彼は呪殺師になりそうもないし、私は良いと思うよ。ただ一代ちゃんと彼は出会ったばっかりだし、まだまだ分からない所も多いだろうからしっかり傍で見定めて欲しいと思うな』
「もちろん。彼の正体がどうあろうと、彼の処遇は私が責任を取る」
口でそうは言っているが、その心中はというと決して穏やかではない。正義の味方を自称する彼は、自分の中に大量の呪いと穢れを抱えるヴィランの性質を持っていた。
私がこれから彼をどう世話するかによってどっちになるかが決まる。その事実に重圧を感じ、私は全身を震わせて緊張していた。
お互い少し黙っていたが、私の気持ちを察した和美の方が先にその沈黙を破った。
『……話は変えよっか! 私、一代ちゃんに行って欲しい所として千歳神社を挙げようとしてたの。まさかもう行った後とは思って無くてさ、次の目的地考えてないんだ』
「ああ、だったら北海道の次に行く場所を決めて欲しいな。廃墟で霊を倒した後はすぐにここをでる予定だから」
『了解! じゃあ二日後ぐらいまでに決めておくね!』
「待って、最後に1つだけ聞かせて。和美はさ、私が居なくて寂しい思いしてない?」
『意外と大丈夫かな。友達が私のこと心配して授業の合間に遊びに来てくれるし、それ以外の時間もゲームがあるから退屈はしないね』
「……ふーん、そうなんだ」
『あれ、妬いてんの? かわいいね一代ちゃん! さっきのは冗談だよ冗談! 退屈しないのは事実だけど、それで寂しさは紛れないかな-って感じ』
「!! やっぱり!? 寂しくなったらいつでも掛けてきて良いんだからね! 本当に、いつでも!」
『アハハ、興奮しすぎだよ! じゃあお言葉に甘えて、限界になったらかけさせて貰おうかな。じゃあね一代ちゃん、また明後日!』
「うん、またね!」
通話が切れたことを確認し、私は携帯をポケットにしまう。長いこと立ったまま通話していたからか、腰の痛みが余計に悪化した気がする。
でも得られた物に比べれば、この程度の損害は気にならない。やはりこの旅では興味深い事象に多く出会うことが出来る。良いも悪いも全て貴重な財産だ。
興奮状態の私は木の棒を捨て、痛みを我慢しながら走ってホテルへ向かうのだった。
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