「大祓魔術」(2)
あれから神主は私達に一冊ずつノートを配り、そのまま口頭で大祓魔術の授業を開催した。黒板もないのでノートを取りずらかったが、私にとってはどうって事無かった。
それから3時間半が経過し、授業を終えると彼は途端に――
「だぁーっ!! 分からーん!!」
と言って私の隣で暴れ出した。
「神主さん早口で字を書くスピードが追いつかないし、重要なところだけ書こうにもそこが何なのか分からないんだ!!」
「落ち着いて! ホテルに帰ったら私が1から教えてあげるから!」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます……」
「すみません、私が教えるの下手なばっかりに。人に物を教えるのは初めてのことなので、どうにも暴走しがちなのです」
「大丈夫です。この通り、重要なところは全て抜き出してあるので」
そう言ってノートを神主に差し出すと、彼は感心したような様子でそれを眺めている。
「凄いですね。学長から噂は兼々聞いておりましたが、まさかここまで完璧に要点をまとめられるなんて。学校ではさぞ持ち上げられたのでは?」
「無駄話はいいんで次に進んでください。時間が無いのでは」
「ああ、そうでした。すみません」
神主は少し落ち込みながらも、話を続ける。
「明日は実際に霊を何体か祓って頂こうと思います。しかし実際にこの魔法をどう使うかを見ない内に実践はさせられないので、今日は最後に私がお手本を見せましょう」
「お手本、ですか。と言うことは今からここに一体霊が出るって事ですか?」
「ええ。ですがご安心を、誰かに取り憑く前に私が終わらせます。そうですね、一分以内に終わらせると約束しましょう」
神主は魔方陣が書かれた大きな紙を地面に敷き、その中心に1枚の札を置いて呪文を唱え始める。神主から霊視魔法を使うよう指示されたので、彼に使い方を教えつつそれを使うと――。
「……白装束を着た骸骨が、札の上に浮いている?」
「居ますね。でもアイツ、なんか変だ」
「変って、具体的には?」
「あいつの呪力の質感が――いえ、とにかく何か変なんです。アイツから目を離さないでください」
そう言われてみると確かに変だ。霊感が強くない私でも刺すような寒気を感じる。ただならぬ霊だが、神主はそれを一分で仕留めてくれるらしいのだから少し期待している。
「いいですか二人とも、霊は最初に心を攻めてくると先ほど言いましたね? なので霊が人相手に初手に繰り出す攻撃は――」
霊は手を前に伸ばし、神主の胸めがけて突撃してきた。神主はそれをひらりとかわし、すれ違いざまに札を二枚霊の体に貼り付けた。
「必ず、胸に対して行われます。霊に心臓を触られたが最後、魂を抜かれ生気を根こそぎ持って行かれてしまいますから。なので確実に躱し、カウンターを喰らわせてやりましょう」
神主が指を鳴らすと札が発火し、その炎はみるみる内に霊の全身を包んだ。苦しそうに悶える霊を見下ろしながら、神主は一枚の札を純白の剣に変えて構えた。
「この純塩製で貴方を成仏させましょう。斬り捨て御免!」
しかし霊は振り下ろされた剣を躱し、神主の胸に飛びかかる。驚きの余り息を飲む神主だったが、とっさに身を翻しつつ札を二枚回収して難なく窮地を乗り越えた。
「おかしい、ですね。普通はあの炎を浴びたが最後、気力が尽きて素直に剣を受けてくれるはずなんですが」
その間も霊は、神主の胸に向けて両手を突き出す突進の構えを解かずにいる。余りに予想外の出来事だったのか、神主の額には冷や汗が滲んでいた。
しばらくにらみ合った末に、先に仕掛けたのは神主の方だった。霊と0距離にまで近づいた瞬間、神主は姿勢を限界まで低くして霊の攻撃を回避。その後真下から霊の体内に直接札を二枚差し込み、今度はその札を爆音と共に発破させた。
その場には爆煙が立ちこめ、私と彼はその煙をまともに吸い込みむせてしまった。そんな私達にお構い無く、煙の中から出てきた神主は誇らしげに言った。
「どうです! これが大祓魔法を使った悪霊の除霊です。呪いや穢れを現世に残すこと無く一瞬で成仏させる。悪霊に対してはこの手に限ります」
「ゲホッ……もう少し他に手は無かったんですか!?」
「すみません、焼いても斬ってもどうにもならぬのなら爆破してやろうと思いついてしまったので、つい――」
「神主さん後ろ!!」
そう叫ぶも遅く、煙を払って現れた霊によって神主は胸を手で貫かれてしまう。出血こそ無かった物の、神主は胸から手が引き抜かれた瞬間力なく倒れ込んでしまった。
霊は私の姿を見るなり神主から抜き取った心臓を捨て、私の胸に向けて手を伸ばしてきた。
「霊のくせに心臓のえり好みをするのかよ! 生意気……」
「一代師匠! これを!」
そう言って彼が投げてきたのは三枚のお札だった。危ない、コレが無きゃ霊に攻撃を通せないんだった。
「ありがとう。お礼に師匠らしいところ、君に見せちゃうよ」
タイミング良く言葉の終わりに霊が突っ込んできたので、さっきの神主の動きを真似て攻撃を躱して前に出る。恐らく様子見だったのだろう、霊はもう一度突進してくる事はなかった。
さすがに学習したのか、霊は私の周りをグルグルと回り出した。恐らく奇襲をかけるつもりだろうが、見え見えすぎて備えやすかった。私は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませてその時を待つ。
そして一頻りグルグルし終わったある瞬間、霊は突如高速で私の胸に飛び込んでくる。私はそれを漏れなく察知して霊の方を向き、札を貼り付けた両手で霊の突進を受け止めた。
「この札は霊に張り付く。貼り付けられるなら霊に対する当たり判定もあるはずだし、そいつを両手に貼りつければ、間接的にだけど霊に触れることが出来るんだ! そして――」
一瞬氷魔法を出そうとして、立ち止まった。トラウマが拭えてない状況でそんな事すれば、私は情けない姿を見せてしまうに違いない。時間にして1秒間に渡る葛藤の末に私が出した答えは――。
「『大電撃』! 疾く二度目の死を迎えるが良い!」
今出せる全力の雷魔法を札を通して唱え、霊を電撃で焼き尽くした。三秒間に渡る電撃の末、霊の体は丸焦げになり間もなく砕け散った。それを見届けた私は、糸が切れたように膝を着いてその場に倒れ込む。
「師匠!!」
「だ、大丈夫。それより、そこに落ちてる心臓を神主さんの元に戻してあげて」
私の指示通り彼は心臓を神主の胸に戻し、頭に座布団を敷いて安静にした。
「あの人はもう大丈夫です。それより、やはり一代師匠は凄いですね! 札を緩衝材にして霊に直接電撃を加えるなんて、考えつきませんでしたよ!」
「へへ、そう? 師匠らしいところ、君に見せられた?」
「ええそれはもう! バッチリ見せつけられましたよ!」
「よかった。これで君も胸を張って誇れるね、凄い師匠を持ったんだって事」
そう言って、私は彼に親指を立てる。それに呼応し彼も親指を立てると、お互い笑みがこぼれる。彼との絆が芽生え始めたようで、私はとても嬉しかった。
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