変なことする気はないです
ホテルに着いた私達はチェックインをするため受付に立ち寄った。未成年の男女が1つの部屋に泊まると言うこともあってか、係員から少し変な目で見られているのを感じる。
(……別に何もする気は無いんだけどな。雰囲気で察せないものだろうか)
こうして無事チェックインを終えた私達はエレベーターに乗り、予約したホテルの部屋の中へ入った。
「うわーっ! 広いですねここ! 寮の部屋の二倍は面積ありますよこれ!」
嬉しそうに部屋中を駆け回る彼の姿を見て、思わず笑みがこぼれる。
「とりあえず私は荷物整理してるからさ、鷹守君先に風呂入っちゃいなよ」
「一番風呂じゃなくて良いのですか?」
「私かなりの長風呂だからさ、先に入って君を待たせるのがいやなんだ。一番二番は気にしないから入っておいで」
「なるほど。では遠慮無く入らせて貰います!」
そう言って彼はタオルを二枚持って脱衣所に飛び込んだ。
それからベッドの上でしばらくケースの中身を整理していた私は、学校から持ってきたバッグの中に1枚の写真が紛れている事に気づく。
写真の中には幼い頃の私と、その後ろに大人の男性と女性が一人ずつ映っていた。その写真を見た瞬間、激しい頭痛と共にノイズだらけの映像が脳裏に映し出された。
ノイズだらけで明確にどんな光景が映っていたかは分からなかった。しかし、その出来事が私にとってこれ以上無いほど悲惨な物だったことは朧気に思い出せる。回想が終わり、汗だくになった私は力なくその場に倒れ込んだ。
(……思い出した。私、魔法学校に入学する以前の記憶が無いんだ。きっとこの写真に写ってる二人は私の両親なんだろうけど、どんな人か思い出せないでいる)
ほとんどの記憶を喪失しているが、2つだけ、失う前の私から受け継いだ記憶がある。それは私が遙か遠い外国から来た人間である事と、果たさなきゃならない大事な使命がある事だ。
さらに「湊一代」という名前は誰かから貰った物で、私にはこの名前の他に本名が存在するらしい。まったく予想付かないけど。
空港を出て北海道の寒さに触れたとき感じた懐かしさは、恐らく私の故郷の寒さと似ていたからだと思われる。となれば……。
(寒い土地を旅すれば、母国に関する失った記憶が蘇えるかもしれない。そう考えると、旅の始まりを北海道で迎えられたのはとても幸運だな)
頭痛で消耗した体力を回復するためキッチンで水を飲んでいると、ふと風呂場のドアが開く音がした。着替えを持って風呂場に向かおうとすると――。
廊下で、上半身裸の彼とばったり遭遇してしまった。
「す、すみません! 着替えを取りに来ただけで――」
「……凄いな、筋肉。普段から鍛えてるのかい?」
彼の上半身は、15歳とは思えないほどに鍛え上げられていた。私は思わずその綺麗すぎる肉体をじっくり観察していたが、しばらくすると唐突に彼は私に背を向けてしまった。
「そんなに見られると、その……恥ずかしいです」
「ご、ごめん! つい見とれちゃってた。お菓子は冷蔵庫の中にしまったから、テレビ見ながら好きなだけつまんで良いからね! ごゆっくり!」
早口でそう言い残して私はそそくさと風呂場に入っていった。ドアを閉めて一人きりになると、急に心臓が高鳴り始める。
(初めて見た、男の人の上裸姿。私達と違ってがっちりとしてて……触りたかったなあ、腹筋。でも見る以上の事したらさすがに嫌われちゃうか)
興味は、どうやらあの場では尽きてくれなかったみたいだ。けど興味を落ち着かせようと一歩踏み出す勇気が湧かない。それが凄くもどかしくて、思わず頭を掻きむしる。
(最低でも今晩は、あの姿が頭から離れてくれなさそうだ。ふとした瞬間に思い出さないよう、早めに何とかしないとな……)
そんな事に頭を悩ませながら、私は服を脱いで湯船につかるのだった。
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