大悪行が大偉業の始まり

 時刻は13時半。私は誰もいない暗い保健室の中に入り、全身包帯でグルグル巻きにされて寝ている彼と相対した。


 包帯からは血が滲んでおり、布団の上に置かれた両手には確かに所々欠損が見られる。


(痛そう……もし私がこっち側だったらと思うと、本当に恐ろしい)


 ここまで来ても他人事なのは私の悪い癖だ。ふと我に返った私は、深呼吸をして頭を下げた。


「さっきは逃げ出してごめんなさい。あと、貴方の人生をめちゃめちゃにした事も謝ります」


 私は今、人生で始めて他人に気持ちを込めて謝っている。どこかぎこちないが、それでも誠意は最大限込めてるつもりだ。


「私が貴方に示せる最大の誠意は、貴方の悩みを代わりに解決してやる事だと学長に教わりました。なので、私は貴方の悩みを解決できる情報を集めに旅に出ようと思います」


 言ってて恥ずかしくなるくらいの自身の口下手さに、思わずカバンの取っ手を強く握り締めてしまう。それでも、言い切らないと。


「私が不幸せにした分、貴方の人生を幸せにしてみせますから、必ず。だから私が帰ってくるまでに……五体満足で、元気になっていてくれると嬉しいです。その時改めて謝罪させてください。その時までに、上手い謝罪の仕方を学んできますから」


 私はもう一度、深々と頭を下げた。そして顔を上げると――彼は右手を上げ、左右に振っていた。私にはそれが、私の旅の健闘を祈っているように見えた。


「……では、行ってきます」


 こうして私は保健室のドアに向けて歩き出し、ドアノブに手を掛けた。しかし、私はドアの向こうに誰かがいる事に気がつく。静かに取っ手に手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。


 そしてドアの向こうに居たのは、悲しそうな顔をした和美だった。そして私は思い出す。謝るべき相手が、もう一人居たことを。


「ごめん和美! 見るに堪えない物を見せちゃって……それと君を、犯罪者のルームメイトにしてしまって」

「ううん、謝るのは私の方。私が変に一代ちゃんのこと煽らなきゃ、一代がああすることも無かった。私のワガママのせいで貴女は……」


 涙を流す和美の顔を胸に埋め、お互い苦しくなるだけの言葉を遮った。こんな山も谷もすくない平坦な胸に抱かれて落ち着くかは不安だったが、何とか落ち着いてくれたみたいだ。


「先に言うと、退学にはなってないよ。ただ、停学処分を受けちゃったからしばらくここには顔を出せないかな」

「そんな、寂しいよ……」

「いやいや、私達現代人には携帯があるじゃん。寂しくなったらいつでも電話かけて来なよ、話し相手になるからさ」

「そう言う問題じゃ……まあいいや」


 彼女の頭から手を放し、その後私達は二人並んで保健室前にある長椅子に座った。


「私、旅に出るんだ。日本全国を見て回って、先生方に最新の現代社会情勢を伝える為にね」

「いいじゃんそれ! ちなみにどういうルートで旅するとか決まってるの?」

「それが決まってないんだ。一応、用事を1つを済ませた後は北海道に飛ぼうかなって思ってるけど」

「北海道かあ……いいなあ」

「見て欲しいところがあれば行くよ。動画も撮るし、そこで何をしたかも話してあげる」

「本当!? じゃあ明日までに行って欲しい所決めとくね!」

「遠慮せず言ってね。本当に私何も考えてないから」


 話が一段落すると、私はカバンを持って立ち上がる。別れの時が来たことを悟った和美もまた立ち上がり、一目で無理して作っていると分かるぎこちない笑顔を見せた。


「……元気でね。絶対生きて帰ってきて」

「もちろんだよ。それじゃ行ってきます」


 そして私は和美に背中を向け、校門へ向けて歩き出した。今の私の気持ちは、夢に見た外の世界を旅できるという嬉しさが半分、そして、しっかりやり遂げなければという緊張が半分だ。


 後の私はこの旅を振り返って、その旅路を喧嘩旅を称する事となる。胸躍らせる多くの争いと学びをこれからの私は経験することになるが――


 当然、私はその事など知る由もなかったのだ。

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