誰が為の巣立ち
「湊一代、君を無期限の停学処分とする」
学長室に入り、学長と対面した私は彼にそう言われた。私はしばらくキョトンとしたまま何も言えずに居たが、ふと我に返って問いを投げかけた。
「た、退学じゃないんですか? 私、魔法使いを一人殺したんですよ?」
「確かに、有能な魔術師を一人殺したのはとんでもない行為だ。しかも彼には既に魔術師枠で企業の内定があった。あれでは内定も取り消しだろうな」
それを聞いた瞬間私はとてつもなく大きな罪悪感に苛まれ、目から涙を流しだした。そんな私に対して学長は話を続ける。
「しかし、同時にあの事件で君のポテンシャルが凄まじいものだという事も証明されたんだ。君の反応を見るに、初っぱなから全力を出した訳ではないのだろう?」
「……ええ、はい。牽制をと思って、足元を軽く凍らせるつもりで魔法を使いました」
「強大な力を持つ魔法使いはその気になれば国一つ容易に取れる。そんな奴らに厳罰を科して、学校や社会を逆恨みで攻撃の対象にされては困るからな。無期限の停学、というのが我々が君に対して下せる最大級の厳罰だ」
「そうですか……では出て行く準備をしますので失礼しますね――」
「待て! まだ話は終わってない!」
学長室を出ようとする私を彼は大声で呼び止めた。
「君には停学中にやって貰いたいことがある。その仕事をきっちりやりきれば、停学を取り消した上で決闘大会の単位を取ったことにしてやるぞ」
その言葉に私は思わず振り返ってしまった。
「君たち学生は学校の外へ出ることを一切禁じられているだろう? しかしそれは我々教員も同じなのだよ」
「え、そうなんですか?」
「我々は魔法を人に教育するプロ集団だ。日本に潜入した他国のスパイにさらわれ、魔法教育カリキュラムが盗まれては大惨事に繋がってしまう。だから我々は外へ出られないのだ」
「……なるほど」
「生徒は卒業したら学校に関われないから、外に出た生徒から情報を貰う事も出来ない。だからこそ、今回停学という形で学生のまま外に出られる様になった君に、魔法使いの出現で大きく変わった人間社会の様子を観察してその情報を私に報告して欲しいんだ」
この提案は、私にとっては得でしかない話だった。外の世界には非常に興味を持っていたし、しかもしっかり結果を残せば中止になった大会の単位も取ったことに出来る。
しかし、私の心にはしこりが残る。私は人の命を害した。なのにこんなに美味しい話を受けて良いのだろうか? やはり私は――
「もしや君、この話を受けるのは彼に申し訳ないとか考えてないだろうね?」
唐突に本心を見透かされ、肩を震わせて驚いた。
「言っておくが、この話は彼にとっても都合がいい話なんだ。だから心配は無用だぞ」
「な、なぜです?」
「確かに彼は内定を1つ取ったが、その会社への就職は彼の本意ではない。そんな職場に行って、長続きすると思う化ね?」
「……私なら耐えられませんね」
「だろう? 彼にはどの職に就きたいという意思がなかった。だが君が現代社会に探りを入れ、こう言う問題に魔術師の力が必要とされているという情報を集めて持ってくれば……その中から、彼が本気で就きたいと思う仕事が見つかるかも知れない」
「!!」
この調査依頼を受ける事は、彼への明確な贖罪になる。そう思うと、この仕事に対する意欲が湧き始める。
「最後に一つ聞かせてください。彼の指は治りますか?」
「かなり難航はするだろうが、必ず元通りにしてみせる」
ホッと胸をなで下ろし、私はこの仕事を受けると改めて伝えた。
「それは良かった。あと、基本的にどこに行ってもらっても構わないが最初に行く地点だけ指定させてくれ」
「分かりました。どこに行けばいいですか?」
「行き先はこの封筒の中に書いてある。校門を出たら開けてくれ」
そう言って彼は私に封筒を1枚渡してきた。受け取った瞬間、封筒の厚みで全てを察した私はそのままカバンの中にそれをしまった。
「今度こそ行ってきます。ですが、その前に寄り道をしても良いでしょうか?」
「寄り道か。どこへいくのかね?」
「保健室です。彼に面と向かって謝って無かったので、出立前に謝罪してから行こうかと」
「……聞こえはせんだろうが、目覚めを待ってる余裕はないしな。よし、許可する」
そして私は学長に一礼してから部屋を出た。彼の悲惨な容態をこれから実際に目にするのだと思うと少し足が重くなるが、決して足を止めることは無かった。
私がしでかした事と向き合い、そして存分に謝ってからが贖罪の旅の本番だ。頬を叩き、気合いを入れ直して医務室に向かうのだった。
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