学園生活の終わり

 自室のドアを開けると、そこには黒髪ショートの女子生徒がいた。まさか居ると思わずに驚く私の元へ、彼女は駆け寄ってきた。


「おかえり、一代ちゃん!」


 左藤和美。入学以来のルームメイトで、私とは対照的に天真爛漫で人気のある女の子だ。そして、学園中にいる人間の内で唯一私が心を開いている子。


「和美、授業はどうしたの? まだ単位残ってたよね」

「そう思うでしょ? 実は今月中旬から超特急で単位取りまくっててさ、なんと今日で全部単位取り終えてしまったのです!」

「マジ!? それじゃあもう今日から遊び放題って事!?」


 カバンを二段ベッドの下段に放り投げて靴を脱ぎ、ゲーム機の電源を点ける。


「じゃあさじゃあさ! 前回まだ途中だったすごろくゲームやろうよ! 和美が貧乏神引いて終わったアレ!」

「え~? 私格闘ゲームやりたいなー。実は密かに練習しててさ、どれだけ上手くなったか一代に見て貰いたいんだ」

「自信ありって感じだね。いいよ、受けて立つ!」


 和美と一緒にテレビの前に座り、コントローラーを持ってゲームをプレイし始める。その最中、再来週に開催される決闘大会に関する話題が展開され始めた。


「一代ちゃん決闘大会出るの!? 優勝確実じゃん!」

「いや、私目立ちたくないからほどほどに戦ってリタイアするつもりだよ」

「なんで? 優勝した方が良い思い出になると思うよ。いつも学校でつまらなそうにしてるし、その日ぐらい楽しんだって良いんじゃない?」

「私が優勝しても華がないっていうか。普段人のことを全く気にしない私でも、さすがに年に1度の大イベントを台無しにするのは気が引けるなあ」

「そっか。一代ちゃんがトロフィー持ってる姿、見たかったんだけどな」


 少し口惜しそうにそう言う和美。普段の姿からは想像できないほどしおらしくなる彼女の姿に、私は思わず罪悪感を覚えドキッとしてしまう。


「……そんなに優勝して欲しい?」

「うん。だって、一代ちゃんは私の自慢の友達だし!」

「……そっか。じゃあわかった、なら和美の為に優勝してくるよ」

「本当!?」

「ああ。6年生のみんなには申し訳ないけど、和美の笑顔には代えられないからね」

「やだ一代ったら、いつになくイケメンじゃない……」


 顔を赤らめる和美。彼女がふと画面から目をそらしたばっかりに彼女が操作するキャラは崖から落ちてしまった。


「あーっ! 一代ちゃんさてはコレが狙いだったなー!?」

「ははは、どうだろうね。私の言葉が本音か嘘かは和美自身が決めて良いよ」

「……もう、一代ちゃんったら」


 そうして、私は決闘大会で始めて自身の本気を出すことに決めたのだった。戦いに一切興味が無かった私は、攻撃系の呪文は教わっても使ったことが無かった。それが少し怖かったけど、他ならぬ和美が優勝を望んでるのだから怖がっては居られない。


 そして大会当日。1回戦の相手はなんと、大会優勝候補筆頭と噂されて止まない6年生随一の天才男子生徒だった。


 とはいえ私の存在もそれなりに有名だったため、この対戦カードは1回戦の目玉になるだろうと前日から皆が沸き立っていた。そんな戦いが現実になったので、試合開始前から生徒は狂乱状態で収拾がつかない。


(古代ローマのグラディエーターはこんな気持ちだったのかな。にしても騒ぎすぎだとは思うけど)


 最初は静粛にと観客に呼びかけていた審判だったが、ついには諦めて手で試合開始の合図を行った。その合図を見た私たちはお互いに1回頷き、杖を構えて戦いを始めたのだが――。


 ご存じの通り、試合は悲惨な末路を迎えた。


 当然大会は中止となり、生徒はみんな寮への帰還を命じられた。助け出された彼は何とか一命を取り留めたが、右手の指を3本と左手の中指を失うという被害を負ってしまっていた。治療が終わった後、それを医務室で聞いた私は大粒の涙を流して震える事しか出来なかった。


 ここまでの被害を出せば退学は必須。親もおらず、手持ちの金も無い私は学園の外で生きていけない。ボロボロになって野垂れ死ぬ姿が脳裏に浮かんで、それが怖くて仕方がなかった。


 何より、和美に嫌な思いをさせてしまったであろう事が耐えられなかった。人が死ぬ現場を見せてしまったし、さらに私はもう彼女と一緒に居られなくなってしまった。


(自分の才能を、こんなに恨めしいと思う日がくるなんて……)


 両膝をついてうつむく私に、保健室の先生は言った。


「気が済んだら学長室に行きな。学長が呼んでるよ」

「……はい、わかりました」


 ここでうずくまってたって起きた事実に変わりは無い。彼を終わらせてしまった償いとして、一刻も早く自分の人生を終わらせて苦しまないと。


 そう思い、私は保健室を出て階段を登っていくのだった。

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