湊一代の魔道喧嘩旅 ~魔法学校を休学させられたので弟子と一緒に旅にでます~

熟々蒼依

第0章:沖縄編

魔法使いのいる国

 ……一体何が起こったんだ。私は眼前に広がる光景に、理解が及ばなかった。


 私は審判の合図で戦いを始め、最初に氷魔法を撃って相手の出方を見ようとした。その直後、私の目の前に現れたのは巨大な氷塊だった。


「何をしてる! 早く氷を壊さないと彼が凍死してしまうぞ!」

「だめだ、氷が分厚すぎてノミでも破壊できねぇ! 誰か炎魔法のエキスパートはいないか!?」


 呆然と立ち尽くす私の目の前で、複数の教員がその氷塊を溶かそうとあくせく動き回っている。しかしどんな手段を使っても氷塊は少しも壊れそうな様子を見せない。


 さっきまで騒ぎまくっていた観客も、言葉を失っている。挙げ句泣き出す者もいて、会場の雰囲気はお通夜のようになっている。


「……私は、そんな、つもりじゃ――」

「炎魔法の専門家を連れてきたぞ! 2人とも! ありったけの炎を頼んだぞ!」

「「了解!!」」


 二人の教員の放つ巨大な猛火が氷塊をみるみる内に溶かしていく。そして氷が完全に溶けると、中に閉じ込められていた男子生徒はぐったりと地面に倒れ込んだ。間もなく彼は教員達によって保健室に運ばれたが、私はふと彼が居た場所に指が4本落ちている事に気づいた。


「あ、ああ……!!」

 魔法使いにとって、指が左右五本ずつあるというのは必須条件だった。でなければ、杖に上手くマナを送り込めず魔法を使うことが出来なくなる。


 つまり私は今、魔法使いを一人殺してしまったという事だ。


 その事実に耐えられなくなった私は、思わずその場から逃げ出してしまうのだった――


 ◇  ◇  ◇


 1990年、鹿児島県にある菱刈鉱山から未知の物質が大量に発掘された。魔素と呼ばれたその物質は10年にも及ぶ研究の結果電気や原油、ガスなどに変換できることが判明した。だが、魔素が日本に与えたのはこれだけではなかった。


 2003年、魔素を血液に変換できるかという実験の際に水溶液を人体に注入するという治験を行った。その際、超低確率で注射を受けた人間に「マナ」というエネルギーを体内で精製できる様にするという効果を研究者達は発見した。


 このマナを持つ人間は魔法を扱うことが出来るようになるため、この水溶液は魔法使いを生み出すワクチンとして世間に広く知れ渡った。


 そして2039年現在、全国民がワクチンを受けられるようになったこの国には現在1400人程の魔法使いがおり、彼等はみな人間社会から離れるか社会に溶け込むかの二者択一を乗り越えて生きている。しかしどの魔法使いにも共通しているのは、全国四箇所にある魔法学校を出て魔法をマスターしていることだ。


 そして私、湊一代は南風原町にある沖縄魔法中等教育学校の5年生。今日もまた、一流の魔法使いになるべく授業を受けているのだが……。


「コラ湊さん! 起きなさい!」


 教師に頭を叩かれて起きるという始末だ。何せとにかくやる気が出ない。


 この学校には先行履修制度があり、自分の頭脳に自信があれば1年生の頃から6年生の学力テストを受けることが出来る。この制度を使い、現在私は5年の一学期中盤を以て卒業に必要な単位の履修を全て終えている状況だ。


 だから私は本来ここに居る必要はない。しかし、ただ寮に籠もっているのもつまらないから仕方なく来ているだけだ。


「すみません。つい、退屈で……」

「いいですか。貴女にとってこの科目の予習は既に済んでるんだろうけど、他の人達にとっては始めて学ぶ科目なの。寝息で授業の雰囲気を乱さないで」

「寝息さえ立てなきゃ寝てて良いんですか?」

「いいえ? 次寝たら退出して貰いますので、そのつもりで」

「ああ、じゃあ今退室しますね。あざした」

「ちょっと! 湊さん!」


 そう叫ぶ先生を無視して私は教室を出る。教室が騒がしくならないのは、この流れを頻繁にどの先生ともやっているからだ。面白がってクスクス笑う人も居れば、なんで学校に来てるんだと小言を言う人もいる。でも私にとってそんな事はどうでも良かった。


 私はとにかく刺激が欲しかった。この学校は全寮制で、しかも1度入学すれば卒業するまで敷地の外へは出られない。そんな環境に5年も居れば、学校そのものに飽きるのも無理はない。


 踊り場の隅っこに膝を抱えてうずくまる私。そんな私の元へ一人の男性教諭がやってきた。


「聞いたぞ湊。お前また先生とトラブル起こしたんだってな?」

「……担任の先生」

「誰に対しても冷たいその態度、もうちょっと何とかならないか?職員室中にお前への悪評が出回ってて肩身狭いんだ」

「こんな居ても居なくても変わらない生徒の事なんか気にしなくて良いのに」

「そうはいかない。俺はお前の担任だ、お前がこの学校での生活を笑顔で暮らせるようにするのが俺の役目だからな」

「そうですか。ありがとうございます」


 そう言って立ち去ろうとする私をまたしても彼は呼び止めた。


「何もただ注意しに話しかけただけじゃない。湊、お前1つ取り忘れてる単位あるだろ」

「え、心当たり無いんですけど」

「魔法決闘大会への参加だよ。4年次から参加できて、2回戦まで進むことで初めて認められる必修科目だ」

「……そういえばありましたね、そういうの」


 完全に失念していた。先生に言われなければ取り逃す所だった。


「参加したければこの紙に書いて11月末までに俺に出してくれ。とはいえ、締め切りまであと一週間しか無いわけだが」

「なら今書いても良いですか? 紙の表面をこちらに向けて持っててください」

「こ、こうか?」


 魔法で羽ペンを出現させ、少し念じてから紙を斜めに斬るようにペンを大きく振った。すると、ペン先から放たれたインクが文字のように紙に付着した。


「なんだこれ! こんな魔法、俺知らないぞ!」

「授業で習った知識の応用です。いずれは0から魔法を開発したいと思ってるのですが……なかなか上手く行かなくて」

「上手く行かなくて当然だ。魔法の開発なんて、一介の学生にできるはずがないからな。そんな事より大会優勝を目指して準備する方が良い」

「何とでも言ってください、別に気にしないので。それと、大会で本気を出す気は無いので当日は他の子の事を応援してくださいね」


 そう言い残し、私は階段を降りていく。


(一介の学生って……私は一介と言い切られて良い女じゃない)


 いつもは気にならないはずの悪口が、今日はなぜか効いてしまう。興が削がれた私は校舎を出て、寮に戻るのだった。

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