第4話蒼い心臓


 彼女を助けるためには、『本当の自分』を出さなきゃいけない。それは、ハイリスクだって分かってる。面倒事に飛び込む形になるし、失敗は死に繋がる。でも、そんなリスクを背負ってまでも、俺はあいつを救いたいんだ! って、俺の心が叫んでる! だから――

 

 俺は、すうっ、と。息を吸い込む。そして、自分の心にこう言い聞かせる。


 今だけ、お前は自由だ。


「うぉぉぉぉぉ!!!」


 俺の心は、今まで抑圧されてきた鬱憤を晴らすかのように雄叫びをあげ、身体を巨狼の元へと走らせる。茂みを蹴散らし一直線。勢いは、絶やさない。


 そのスピードは、今までのどんな時よりも速い。まるでモンスターマシンのようだ。


 俺の土を蹴る足音に、狼は全く気づかない。そのまま、スピードを落とさず全力で突っ込んでやる。


「ガルゥ!」


 俺の全力を込めた渾身のタックルは、狼の腹にぶち込まれた。その威力は、吹き飛ばすのに十分。奴は木々に叩きつけられ、惨めな姿を晒した。


「え、旅人くん、なんで……」


「なんでって! そりゃあ、さっき君に助けてもらったからだよ! その恩を、俺はまだ返してなかった! 誰かに助けてもらって、それから助け返す! そういう心が輪になって、世の中を照らす! そうだろ!」


 これは、昔俺が思ってたこと。なんで、こんな大事なことを忘れてたんだろう。


「グフ……」


 身体を起き上がらせた狼がこちらへ殺気立った漆黒の視線を向ける。ただ、そんなのに圧倒されるほど、俺はヤワじゃない。本当の自分を出す勇気に比べたら、こいつなんて怖くない。


「見てろヴァルキリア! 俺が、お前を助ける!」


 そう叫びながら、近くに転がっていた石を掴みあげる。こいつを頭にぶち当ててやる。


 ゆっくり、振りかぶる。そして、大きく腕を後ろに回し、力を溜める。大吾に教わった投球術だ。


 ヴァルキリアを救いたい。本当の俺が持つ全ての想いの力を、叩き込んだ。ぎゅっと、強く握る。


「!?」


 その時だった。いきなり石が、青色の光を放ち出したのだ。その中央には、アルファベットに似た謎の文字が浮かび上がっている。


「はは、異世界。何があるか分からねぇなぁ! でも、これなら、倒せる!」


 俺は持てる全ての力を使って、石をリリースする。


「うぉぉぉぉ! これがおれだぁぁぁ!」



 俺の手から離れた石弾は、蒼色のオーラを放って、とてつもない爆発音と共に狼へと向かっていく。咄嗟に回避姿勢を取る狼だが、遅い。銃弾の如き速度の石を、避けられるわけがない。


「グガァァァァァァ!」


 石弾は狼の腹にめり込み、後方の木々をなぎ倒しながら吹っ飛ばしていく。どれだけ遠くに行こうとも、勢いは収まらない。最終的に、狼の姿は地平の彼方へと消えていった。


「はぁ、はぁ……か、勝ったぞ!」


 俺は大きくガッツポーズをする。ヴァルキリアも無事で、俺も無事。考えうる中で最高の結果だ。


「く……!」


 ただ、喜ぶのもつかの間、どっと疲労が身体にのしかかってきた。やっぱり、久しぶりに本当の俺を出したからか。抑圧するのもキツいが、いきなり出すのもキツいものだ。


「旅人くん……強いんだね。すっごい! 見直しちゃった!」


「いや、そんなことないですよ……」


 俺は謙遜しながら頭を下げる。もう、ここからはいつもの俺だ。そもそも、今回が結果オーライだっただけ。普通なら、やられていた。たまたま何とかなっただけで、やっぱり本当の自分を出すのはハイリスクだ。今回のように流れに身を任せるのも危険。冷静に、冷静に。


「でも、なんで止めたのに助けに来たの! 危ないところだったし! 私のわがままに、旅人くんを巻き込みたくなかったんだよ!」


「そ、それはごめん」

 

「でも、あそこで来てくれたから、今こうして話せてるんだよね。感謝しなきゃ!ありがとう!」


 ヴァルキリアは無邪気な笑顔をこちらに向ける。この笑顔も、俺が本当の自分を出したから見れたんだよな……


 今まで俺は、本当の自分なんて出すものじゃないと思っていた。でも、もしかして――『本当の自分』を出しても、いいんじゃないか? 


 自分の右手をじっと見つめる。あんな途方もないパワーを出せたのは、多分本当の自分を前に出せたからだろう。いや、それにしてもあの投石はおかしいが。


 俺は今まで、ずっと悪いことだと思ってきた。でも、それは……もしかしたら違うのかもしれない。そんな風に、思えてきたのだ。


「じゃあ、そろそろ出発しようか。ここを抜けたらもうすぐだよ」


「そうだね、行こう」


 彼女に手を取られ、歩き始めようと1歩を踏み出す。


「ふふふ。さっきの爆発、君がやったの? さすがは、戦神に選ばれただけあるねぇ」


 背後で声がした。知らない男の声だ。俺たちはびっくりして振り返る。声の主は20歳位の青年だった。オレンジの軽装をまとい、印象的にとんがったブーツを履いている。そして、その身体は宙に浮いていた。


「お前は、誰だ」


 宙に受けるなんて、只者じゃあない。そう判断し身構える。でも、男はそんな俺の姿を見て、薄ら笑いを浮かべた。


「ボクはロキ。キミとお友達が拾った『綺麗な石』の所有者と言えば、分かるかな?」

 

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