一話目

『ロンドンの田舎やサリー』

この映画は、サリーというお調子者が、周りを翻弄する映画らしい。

特段、拝見したいという感情というのはなかった。

大の映画好きな父が、よく語っていた代物だった。

もうずっと前に作られたらしい。

俗にいう、知る人ぞ知るっていうやつ。

画面スクリーンには、くっきりとした二重の青年がいた。

陽気な調子でしゃべりたて、動きがやたら大げさだった。

声が高く、町のみんなと陽気にダンスを踊って、映画は幕を閉じた。


なんというか、日本人が西洋にあこがれて作ったというか。

『予算不足』がうっすらと覗いている。

一見すると、外人のように見える青年も、ぎこちない英語だ。

吹き替えなんてなくっても、戸惑っていることは、ちゃんと伝わる。


観客も異様な数だ。

閉まりきっている席が、僕を覆っていた。


「おもしろおい!!」

隣の小さな少女が、少しうるさく喚いていた。


フォークソングのエンディング曲も過ぎ去って、穏やかなランプがついた。

もうここに用はない。

無駄な時間は時間だったが、自分は少し落ち着けた。

なんだか、ひどく虚しくなってゆく。

せっかちに閉まる椅子に翻弄されながら、猫背で右回りをした。


ふと、死角も見えるようになった。


まだ、人がいた。

落ち着いた黒髪に、薄い目の女性だった。

背丈はあまり高くなく、僕よりも下であろう。


手ぶらのその女性は、しなやかに立った。

そして、僕のほうを眼の縁でとらえた。


自分の瞳孔が、開いてゆくのを感じた。


「待って!!」

「えっ」


その叫び声が聞こえた瞬間、僕は乱暴に腕を引かれた。

隣の少女も、華奢で小さな体を乗っ取られている。


僕の体は、あの田舎町に吸い込まれていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る