文字を解読せよ

「まずは、看板になんて書いてあったかだな。思い出せるか?」

忠太は徐にスマホを取り出し、看板を撮った写真を見せた。

「仕事ができるやつじゃのう」

マダニャインは目を丸くした。

「言っただろ。時間がないんだ」

マダニャインはまたもニヤリと笑った。作戦考えていなかったくせに、とは言わなかった。


「よし、じゃあ早速作成にとりかかるか」

「作成って?」

「吾輩に任せておけ」


マダニャインは、紙をゴミ捨場から適当に取り出して、「大型ショッピングモール」、「ネズミ」、「駆除」と文字を書いた。


意味自体は分からないが、ひらがな・カタカナ・漢字くらいまでは研究でわかっているので、そこは忠太にきいていった。


「その場で書いたら随分怪しいからな。すぐに日記に貼れるようにしておくんだ」

賢いネコだな、と呟きつつ作成した後はマダニャインの主人が住む家に向かった。


マダニャインの背中に乗せてもらい、ヒューっと風を切るように走った。

マダニャインの背中はこんなに大きかったのかと感心した。


着いてみると、これまた立派な家だった。二階建てで庭には草花が生い茂り、噴水まで湧いている音がする。屋敷とも見間違うほどであった。

扉は木製で大きく、人間二人分にせまるのではないかと思うほどで、口をあんぐりと開けていた。


「キッチンのほうに吾輩専用の扉があるのだ」

キッチンにある扉には、人間の膝くらいの高さのところに猫程の大きさの扉があり、マダニャインはその扉に向かって突進して中に入った。忠太も真似をしてみるが、軽さによって頭を


ゴンッ


とぶつけて涙目を隠していた。


大丈夫かあ、と言いつつこちらには振り向く素振りも見せずにマダニャインは奥へ奥へと進んだ。



「吾輩の部屋に案内しよう」

マダニャインは立派にできた大きな猫ハウスに私を招待した。

それにしても、猫がネズミを家に招待するとは何とも不思議な光景である。


中には玩具があった。

ネズミのぬいぐるみがあったが、あまり可愛くなかった。

ハウスの中では作戦会議が行われた。

そうしている間に、子どもが夕飯を食べ終わって、猫ハウスがある部屋で日記を書いていた。


就寝はどうやら隣の部屋のようだ。


「よし、いくぞ」


イラストは1日1枚ずつだ。なかなか骨の折れる作業になりそうだが、これが一番の近道になりそうだと決定した。


マダニャインのエメラルドのような目がきらりと光る。



翌日、目が覚めたのは昼過ぎだった。

子どもは学校、両親は仕事に出ていっているとマダニャインが教えてくれた。

2匹は飛ぶように絵日記に走った。


文字に対応するイラストがお母さんによって描かれていた。

それは所謂ショッピングモールだということは研究している。


「なぜこれが…?」


2日目

また絵日記へ。


ネズミが描いてある。

「なぜネズミが...?」二匹は首を傾げた。

「お母さんは文字を読める人なのか?」

「馬鹿にするな、吾輩の飼い主だぞ」



3日目。二匹は忠太は早起きした。

「よし、今日で最終日だ」


「じゃあ、ちょっと絵を描く旅に旅行に行ってくるわね」

想定外にも、お母さんが旅行に行ってしまった。


マダニャインは時が止まったかのように動かなくなった。

しばらくして、忠太を見ると石のように固まっていた。


「どうする忠太?」

「さすがにショッピングモールとネズミだけでは分からない。動き出す根拠も示せないし」

二匹は、抵抗できない力にハウスの中でくるくると回るしかなかった。

「これは待つ他ないな」


そこから数日、お母さんは帰ってこないのだった。

焦りは日に日に強まる。


今もネズミ界では何かが起きているのかもしれない。

その場合、自分だけが無事だったことになる。


その時、皆は後ろ指をさして言うであろう。

「あいつだけが逃げた。知っていたのに教えなかった」


皆を助けるために人間界に来たのに、だ。なんと皮肉なことだ。



明くる日も、その次の日もチャイムは鳴らなかった。

「おい、帰ってきてくれよ!頼む!」

囚人が牢屋に入れられている如く、忠太はハウスの窓にしがみついて叫んだ。


しばらくして、忠太は猫ハウスの中でぐったりとした。

マダニャインには一時、ぬいぐるみと間違われた。


何日経ったであろうか。夕方、忠太はふと口を開いてマダニャインに尋ねた。

「あの時...なぜ俺を食わなかった?」

目線は窓の外見たままだった。



マダニャインは、ぬいぐるみが数日ぶりに声を発したために一瞬びくっと体が動いた。

そして、上を向きながら髭を撫でた。


うーん、とうなりながら、マダニャインなりに言葉を選び、しかし率直に伝えた。


「あの飼い主のもとで退屈な毎日を過ごすくらいなら、お主と死ぬくらいのことをしたほうが毎日楽しくなると思ったニャ」


ぬいぐるみは、聞こえてるのかどうか分からないほど窓の外をまっすぐ見ていた。


マダニャインも、返事が無いことには触れずにハウスの外を眺めていた。


秒針が何度かカチカチと音を立てた後、ぬいぐるみは命が吹き込まれたかのように立ち上がり

「よおし、グダグダしてても仕方がない。もしものための作戦を考えるぞ」と叫んだ。



そうしているうちに

「ただいまあ」

とお母さんが帰ってきた。


二匹は目を見開いた。

猫とネズミは手を繋いで踊りあった。

読者にとっては当たり前となっていたかもしれないが、考えてみてほしい。猫とネズミが手を繋いで踊っているのである。



「あとは朝を待つだけだ」




翌朝

二匹はいつもより早起きして絵日記へ飛んでいった。睡眠を取ることができていたかどうかも分からぬ。


我先にと日記にかじりつき、ニコニコとしながらそれを見た。



しかし―。二匹は言葉を失った。



―何やら、噴射する形の薬を使って生物が殺戮される絵が描いてあるのである。

修行の帰りといのもあってより繊細に描かれている。


「これは…!」

お互いがお互いを見つめ、顔が青ざめていることが分かる。


緊急会議が開かれた。



「つまり、この絵を繋げると、このように予想される、

『大型ショッピングモール建設のため、ここのネズミは薬品を噴射して駆除予定』」

「大凡間違いでないと思う」


何度考えなおしても、そう考えるのが一番自然だった。

「これは大変なことになるかもしれない。人間は最近、殺チュー剤という薬を開発したと聞いている。巣穴が全部繋がっているネズミ界では、巣穴から噴霧されたら数分で全滅だ」

忠太の全身にドクドクと血が巡った。


「ネズミの勘が当たってしまったか」

マダニャインの額にも汗が流れる。


忠太はハウスの出口へと歩いた。


「マダニャイン。君のような素晴らしい猫に出会えて私は幸いだった。感謝している。」

「忠太、吾輩もネズミ界に行って手を貸すぞ」


忠太は落ち着いた表情で、

「ネズミ界に戻ってからは私が責任を持つよ。今までありがとう」


帰り道の暗さといえば言葉にもならない。ネズミホイホイが無いのに、足に何か黒い何かがへばりついてくるような気がした。

マダニャインへの恩もある。しっかり役目を果たすのだ。



翌朝。忠太は巣穴へと戻ってきた。

そこにはまだ看板が立っていたし、巣穴の中に入っても街の活気はいつもと変わらなかった。


安心と同時に、吐き気にも似た胃の重苦しさを感じながらベッドの上に横たわった。


間もなく、忠太は大学時代等の信頼できる友人を数匹集めて人間界で得た情報を話した。



大学の鍵を閉められる一室を借りて全てを皆に伝えた。

「なるほど。それは大変なことだ。すぐに手を打たないとな」

髭を撫でながら一匹が呟いた。


「それで、工事はいつから?」


「それが」

忠太は目を逸らし、

「今伝えた文字以外は分からなかった」


会議室の時計の秒針がチクタクと鳴っている。


「そうなると、なるべく早く動くことしか方法がないか」


工事が近づいていることを知らせて、逃げてもらうしかない。


言うのは簡単だが、

数え切れないネズミ達を短時間で外に出すのは容易なことではない。



大学に集まっては作戦会議をし、別れてからは一人で考える日々が続いた。


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