危機感
「なんだこれは…」
ネズミ界最高峰の大学、ネズチューセッツ大学の教授を辞して数年。
忠太は、目の前に聳え立つ巨大な看板と睨み合いをしていた。
ある朝、目が覚めて巣穴から出てみると、青々とした雑草の茂る野原の真ん中に堂々と存在していた。忠太はこの緑色の香りを嗅ぐのが好きだった。
ただ、今日はその異様さに息を飲んだ。
(嫌な予感が当たった...。)
忠太は最近、人間界からのきな臭さを感じていた。
忠太は殺気を感じやすく生まれてきたらしく、ネズミ界に起きてきた数々の危機をいち早く感じてきた。
余生が短いと分かりながらも、ネズミ界にとって危ないと感じたことにはなんでも尽くしてきた。
自分がどれだけ尽力したかは、最終的に誰が気付かずとも良かった。明日も皆が平和に、皆が美味しいチーズを食べられれば良いと思っていた。
小さなネズミ一匹が物理的に尽くす力の限界は、大きな人間や自然の力に比べればあまりにも小さいかもしれない。だが、底知れない知識や情熱は、ネズミ一匹の物理的な力よりも大きくなり、時には人間や自然の力に匹敵・超越する。忠太の情熱は、その事例を多く生み出してきた。
今、忠太の目の前に見えるものは、次なる大きなミッションを与えようと広い山の中で静かに立っているのだ。
ところで、忠太は目の前のものが所謂「看板」ということは研究では分かっているが、そこに何が書かれているのかは、人間の使用する「文字」が分からないことには内容は理解できない。
もしこれに重要な事が記載されていれば、内容によってはもう動き出さねばならない。
杞憂であるならそれまで。
しかし万が一にも、全ネズミの生命を脅かすようなものだったなら...。
忠太は髭を何度も撫でて唸った。
仮にもミッションだったとすれば、クリアするには人間の言葉を研究しにいく必要がある。
それはちょうど、助けを借りずに海外へ行く者が先ず言語を習得し始めることと一緒である。
看板の前で「ううむ」と呟いた。
忠太は、心臓を衝き上げる何かを感じた...。意識・無意識に関わらず、全ネズミの叫びのようなものが背中にどんとぶつかってきた。
文字は読めなくとも危機感だけは読み取れた。
「よし...。私しかいない」
何千・何万という命の重みをずっしりと感じた。
忠太はまたも、リスクを冒し人間界に飛び出した。
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