第二話 見落とした盲点
「京香…鳴神人とのハーフか?」
「はい、父は鳴神で陸軍大佐。母はプライセン軍の少尉で、家系からして軍人家系です。」
「…他に親が軍人の者はいたか?」
「いえ、京香のみでした。」
「ともかくこの事は総統に…もしこの研究が続けられれば、我がプライセンは偉大な力を得ることになるだろう!」
メレンゲはヒトラーへ研究結果と詳細を送りつけた。
総統官邸 執務室
「ではこれが事実であれば、プライセンは覇権を握れるではないか。」
「ですが総統、まだ確たるものではありません。そこで次回の予算案に是非この研究費用を…」
「ああ、組み込ませよう。財務省には私から話をつけておく。」
こうして多額の費用が降りると、メレンゲは国内から希望者を集めた。
まずは犯罪者や死刑囚などで実験を行い、その中から有効性と安全性の高い物を見つけ上げた。
研究を通じて分かったことは、この薬は男性には効果が薄く女性との融合性が非常に高いことが発覚した。ただ個人の差によって制御がしづらく、暴れる者には射殺が下されたこともあった。
やがて一年と半年を経て、新たな薬が出来上がった。
いや、薬というには物足りない。これは新たなる力なのだ。
その薬にはヒトラー自らが名前をつけた。
エアオーベルング、ドイツ語で征服の意味を持つ。
「だがこの力を操れるのは女性という話ではないか。」
「そうです、男性にはDNAの関係上接種しても意味がありません。」
「…変革も運命か。ムヒラーを呼べ。」
EP長官としてポストヒトラーの座を狙っていたムヒラーは、この話に見事に飛びついた。
「分かりました。早速国内にビラを貼り、勇敢なるプライセン女性を募りましょう。EPに続く、新たな組織を作るのです。」
「新しい組織だと?」
「ええ、我々男性が使えないというのにトップが男というのはいささかおかしな話でしょう?」
「…分かった。この件はお前に一任しよう。だが、女性が権力を持つなどもってのほかだがな。」
ムヒラーは国内に、特別女性戦闘員と題して16〜25歳までの人間種の女性を集めるビラを撒いた。採用基準は細かく定められプライセン国民であること・人間種であること・総統と国家に忠実に従い命を捧げられる者とした。
ヒトラーユーゲントに通うものは、教員と学校長からの推薦を貰えれば無条件でなれることができた。
そうして一ヶ月後、Frauenverteidigungskorps Preissen(プライセン女性国防隊)が結成された。
FPは初め、ムヒラーが監督、初代幕僚長には京香が就いた。
彼女らはヒトラーの思惑以上に頭角を表し、EPと並ぶほどの組織に出来上がった。
FPは8つの編成から成り立った。
国防隊最高指導部・上級集団・集団・旅団・連隊・大隊・中隊・小隊。
最高指導部は総統官邸とEP本館庁舎に挟まるように建てられ、やがて発言権も持つようになり、ヒトラー達にとっては苦しくなっていった。
「FPは口を挟みすぎだ。女性だけが持つ能力を使って、我々を脅しにくる。」
「裏切られたら、我々に勝ち目はないぞ。」
軍部の将官たちは、治安権も持つようになったFPを恐れていた。
このことを知ったヒトラーは、ムヒラーと京香と共にFPの法的位置の決定や、FPの持つ権限について話し合った。
「京香、最近のFPは少し力を持ちすぎだ。本来はEPが持つべきものがFPが掌握した形になっている。」
「それに、我々EPに対しての扱いも少々強圧的ではないかね。」
「…総統、まずはお詫びいたします。私は軍のことなど何も知りません。それに、出来たばかりの組織・女性だけが持てる力ということで驕り高ぶる者がいるという事が私の元にいるのも最近知った事でした。」
「ふむ…」
「…こうしましょう。各編成に長官を設置し、毎月一度会議をする。各地の隊はそれに従う。上下関係のバランスと、しっかりとした情報共有を確固たるものにしなさい。」
「わかりました。」
その後、FPは地方都市や国境沿いの区画を任せられることになった。
一方、エアオーベルングの事をスパイから聞いたアスコットは何としてもその薬を手に入れるべく女性スパイを投入した。
「ヒトラーがこれ以上力をつけてはいけない。エアオーベルングの事は世界に知らしめ、我々首脳が共同でこれを使用するのだ。」
だがヒトラーは固かった。プライセンではスパイ防止法が制定され、国外から来た者は厳しいチェックが入るようになった。身体検査に持ち物検査。来訪の目的などを事細かく聞き、スパイの疑いがあるものは留置所へ入れられた。
「アルザスめ…エアオーベルングの事を聞きつけおって……情報管理はどうなってるんだ!」
「その件に関してですが、今後は主要な研究は総統官邸地下にて…」
「仕方あるまい。ああくそっ…!」
これでアルザスも、リーグレもエアオーベルングの力を手に入れた。
だが誤算が生じた。エアオーベルングによって超能力を手に入れた女性隊はそれまでの社会体制において女性が不利な現実を突きつけ、各地で革命とも言えるデモが多発した。
「今日この時をもって、私は大統領の席を降りる。」
リーグレに半世紀に渡り大統領の座にいたアルベルト・ルブランが辞職。
大統領選挙では親プライセン派のヴィシー・フィリップとアルベルトの跡を継がんとするシャルル・フェリック・ビゼー。更に初の女性大統領を目指すルイーズ・クリスチアーノ。
アルザスはシャルルを応援し、アスコットが度々来訪。
プライセンは当初傍観の立場だったが、エルウェーウィンがヴィシーを擁護したため、仕方なくプライセンもヴィシーを擁護した。
対して、エアオーベルングの力を欲しがったブリヤート連邦は国をあげてルイーズを擁護。ルイーズ自身が革新派だった事と、リーグレ国民の半数が女性だった事が重なり、結果はルイーズの圧勝に終わった。
ルイーズは大統領につくや否や、国会の男女比を半々にするイコール制度を導入。積極的なエアオーベルングの接種を行い、リーグレにおける半数以上の職種が男性から女性へ。官僚や政治家も女性が台頭し。女性が中心の社会が構築された。
リーグレでは男性の自由と復権を求めるデモが各地で起きたが、ルイーズはエアオーベルングを摂取した女性軍隊を派遣し、力で押さえつけた。
結果として国力は増強され、かつての弱小国家だったリーグレは帝政時代並の国力を手に入れた。
プライセンで傍観していたヒトラーは、二の舞になってはならないと男女平等法を制定。国内における性差別を禁じ、女性のデモが起きる事を回避した。
「今やリーグレは何をしでかすか分からんな。」
「はあ、党内でも女性幹部の数を増やすべきとの意見が挙がっております。」
「それは少数派の意見に過ぎない!いいか、少数派のために国を作ってみろ。世の中のシステムが滅茶苦茶になるぞ!」
「しかし…それでは平等法違反では?」
「知ったことではない。第一この党に入らないのが悪いのだ!」
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