第四話 帰ってきたヒトラー

プライセンとリーグレ・アルザスが戦争を開始して、一ヶ月が経った。

だが…その間、何も起こり得なかった!


プライセンはヒトラーが失踪したことによる混乱で指揮系統が取れず、軍部は待機を命じた。一方のアルザス・リーグレは、襲ってこないプライセンを警戒し国境付近に数千の兵力を置いただけに止まった。


「総統はまだお帰りにならないのか?」


「これ以上は士気の低下に繋がる…一度休戦状態にすべきか?」


だがそんな時、ヒトラーがドアを思い切り開けて入ってきた。


「諸君!これはどういうことか説明したまえ!」


「そ…総統…!!!」


「ご無事でしたか!?」


「そんなことは後だ!いいか、命令に従え。まずはアルザスらとこの戦争を白紙にもどせ。ディヴィジョンの件を持ち出したら、リーグレの名を使っておどせ。」


「…しかしそれでは国民が…」


だがヒトラーは頑なに白紙を命令した。

アルザス側も長引いた休戦で嫌気がさしたのか、すんなり承諾してしまった。


数週間後、街は反ヒトラーで渦巻いていた。

主に人外が先頭となり、彼らを擁護する人間も現れた。


「如何対処いたしましょうか。」


「ノア君、君が私の立場ならどうするかね。」


「はあ、スパイを使って内部から崩壊させますかね。」


「…なら、今にそれが起こるだろう。」


数日後、デモ隊の中で内部分裂が起きた。

ヒトラーはデモ隊の中にスパイを潜り込ませ、人間側と人外側に異なる情報を与えた。すると、予想通り内部で大規模な闘争が起きたのである。


「警察に伝え、人外のみを逮捕させろ。」


この事件で300もの人外が逮捕され、ヒトラーは再び支持を取り戻した。


「ほう…鳴神から特使が来てたのか。協定は結んだのか?」


「それが…鳴神の元首が変わったことにより、協定の取り消しと友好条約の破棄を…」


「何っ、では鳴神は。」


「鳴神は漢紅民国の領土と資源を手に入れた後、ユナイテッドとの講和により自由連合へ加盟したそうです。」


「そうか…ならばカタリカとダンティッシュを巻き込んで新たな同盟を結ぼう。早速取り掛かりたまえ。」


ヒトラーは当初予定していた世界大戦の計画を練り直した。

その間に、プライセンでの軍備増強を推進。いまやプライセンはアルザスに次ぐ戦力を手に入れた。


またヒトラーは、それまで後回しにしていた国内の問題にも取り掛かった。

社会保障を整備し直し、労働者や不労者を救済する法案を成立。さらに家庭での子育てに係る教育費の半分を国が肩代わりさせ、子供を産みやすく、育てやすくさせた。


そうして増えた子供たちに、教育機関を各都市へ設立。

学校名はヒトラーユーゲント。かつてナチスドイツの作った教育機関の名前を引用した。


「これからは国内の発展が重要になってくる…ノアくん、誰か文部にいい人材はいないか?」


「はい、帝国大学法務部首席のヴェルトはいかがでしょう。彼は若くして帝国公務員採用試験を突破した実力者です。」


「では彼を文部相に着任させよう。今後教育改革は彼に主導させろ。」


かくして、プライセンは国力を帝政最盛期に比例する程に復活した。

街にはナッティスの旗が翻り、街は現代化し、古の中世のようだった国は間違いなくドイツのような国となった。


カタリカ 首都エマヌエーレ


この頃エルウェーウィンは、今や世界にその名を轟かすヒトラーを妬ましく思っていた…


「くそっ!結局ヒトラーは休んでいただけか。あいつはいつも俺を出し抜きやがって…!よおし、今度は俺が同じ手口であいつを驚かしてやる。あいつは新聞で、カタリカの復活を初めて知るだろう。」


エルウェーウィンは突如として全国の産業地域や酪農地域を訪れた。

そこで目にしたのは、生産性が悪い農作物。効率の悪い製造業…国力をプライセンと肩を並べるためには、1からやり直すしかなかった。


そこで、プライセンから技術者らを寄せ集め国内の産業を大きく塗り替える手に打って出た。まずは鉄などを使った重工業。それまでの魔法からは脱却し、化学の力でカタリカを再建し始めた。農業に関しては、法整備を整え天候に左右されにくい食物や、品種改良を推進させた。また職のない人々には、大きな山を切り崩すなどの国家事業に参入させた。


そうして一年後、ついにカタリカはプライセンに注ぐ軍事力と、国力を手に入れた。


驚いたヒトラーはその日あった予定を全てキャンセルし、カタリカ=プライセン間を通る列車に乗って会いに行った。


「総統共々の進軍です。今や我が国は、プライセンと共にあり互いを伸ばし合って競い合う仲なのです。」


だが急速な発展は国内の混乱を引き起こしかねない。

かつてソ連崩壊後のロシアで資本主義が取り入れられると、国内自給率は大幅に下落。失業者も溢れかえり、物価高とルーブルの価値が値下がった。結果、国内は大混乱し、それを直すために再び強権政治が始まった。


ヒトラーはカタリカの急激な進化を恐れていた、だから会談の際もそのことばかり聞いていた。


「首相、大丈夫ですか?」


「なあに、カタリカ人は常に最先端の技術を持ってきた。今回だってうまくいくでしょう。はははは!」


エルウェーウィンはご機嫌だった。


しかし彼の思惑とは裏腹に、国内の生産率は転落する一方だった。

機械は直ぐに故障し、それを上手く直せる者も少ない。地方に至っては、それまで手作業で行ってきたものが機械化されたことにより、上手に扱える者がいなかった。またエネルギーの面でも、負荷の調整に失敗し事故が頻繁に起きていた。


「一ヶ月もしない内に、カタリカの国力は我が国の三分の一になってしまいました。」


「だから言ったんだがなあ…仕方ない、経済大臣のフォルミュをカタリカに行かせろ。技術教諭を徹底的にやるんだ。今カタリカに倒れてしまっては、これからの計画が総崩れする。」


フォリュミュ・ケリュヒャーは、ナッティスの中でも重工業者だった。

帝国大学では化学科に入り、建築学などの多彩な面を持っている。

そんな彼が、プライセンの技術者を集めてカタリカを強くさせた為プライセンとカタリカを繋ぐ橋の滑には、フォリュミュの名が刻まれている。


「都市部には重工業などを、地方には老人でも扱えるようなものを配備しましょう。まずは交通の便や、日常において非常に為になるものから取り組むべきです。」


フォリュミュの見事な手捌きにより、一年と半年を経て再びカタリカはプライセンと並ぶ国力を手に入れた。


エルウェーウィンは彼の功労に対し、一般人ならまず受け取ることのない“カヴェリエーレ・ディ・グラン・クローチェ”の勲章を与えた。

この勲章は本来、戦闘などにおいて類まれなる利益を与えた者や、元首や将軍などが授与されるものであった。


プライセンではその話題が持ちきりだった。


「ほう…これがあの…」


「私は総統から命令されたことをしたまでです。これは元来総統が…」


「いやいや…これは君がつけておきなさい。私はもう勲章を沢山持っているからな…」


「そうですか…では。」


「それより、カタリカは強くなったか?」


「はい、我が国並みの国力になっています。もう彼らだけでも、自国をさらに強くする事ができるでしょう。」


「この世界において…産業革命は覇権争いに欠かせないものだ。アルザスは早くも新しい戦争の為の技術を手に入れた…我が国が遅れることのないように、更なる革命を続けろ!」


アルザスは今や産業革命の基盤となっていた。

街には路面電車が走り、車も馬車から自動車へ。軍事力の面でも、戦闘機や戦車など、プライセンよりも高度な発展を遂げていた。


ヒトラーが消えていた間に、ストラディは辞職。

その後を継いだのはプライセン嫌いのアスコット・ウィンストンだった。

アスコットは秘密裏に諜報機関を使ってプライセンの産業革命の技術を盗み、自国の発展を早めていた。


アスコット

「プライセンは戦争を白紙にしたが、いずれまたくる。この平和期間の間に、プライセンとの穴を大きくしておかねばならない。」


アルザスはリーグレにも情報を共有。

こうして軍事大国が次々と生まれていった。


その頃ヒトラーは、戦争中の隠れ家として北部に「狐狼の城」を建設。

再戦の意欲は充分にあった。



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