第四話 No.1 vs No.3
「おい、カラー。何してるんだ。」
彼がそう声をかけて駆け寄ると、もう一人の男は逃げていった。
「あの男は誰だ?共産主義者か?そうだろう!」
「違います。総統のご存じない方です。」
「名前が言えないところを見ると、アカか異種人族だな。」
カラーは黙っているままだった。
「やはりそうなんだ…アカや異種人族の奴らが最下等の劣等種であることは知っているだろう。」
「そんなわけはないでしょう。」
「もういい!お前のことだからいつしかこうなるとはわかっていた。帰るぞ。」
結局、ヒトラーは彼のことをそのままにしておいた。
ミュー一揆の後、レヌはプライセンを去って隣国のリーグレ共和国の陸軍に素性を隠し潜入し、中佐になっていた。
2030年の末、ヒトラーは今や党から独立しようとしている暴力団化したPP「粛清隊」をうまく押さえるようレヌに頼んだ。
「よう。お前もPPには手を焼いてるようだな。」
ヒトラーとレヌは俺お前の関係だった。
「PPもそうだが…この国の騎士隊の奴らや近衛兵…所謂国防軍もなんとか我々の仲間にしたい。今のように、PPと国防軍の仲が悪くては…この先何もすることができなくなる。」
レヌはヒトラーの頼みで国防軍に出入りするうちに、シュナイゼナウ将軍と親しくなった。彼は国防軍の実力者である。
二人は会合を重ねた。
「レヌ殿。私はプライセンの軍隊を真に強大にしなければならんと思っている。」
「将軍。それは私も同感です。PPもナッティスも同じ意見です。」
レヌは党本部へ帰還した。
「どうだった?」
「国防軍とPPお互い仲良くやる協定を結ぶことが決まった。PPの事は俺に任せろ。」
レヌはPPの幕僚長に着任した。今やナッティスは国会の第二党であり、実業家や組合の人々も無視できる存在ではなかった。
「選挙資金の方は、私たちが面倒を見ます。私たちへの利益も忘れずに…」
「ああ、よくわかっていますよ。我々が政権を取るのはもはや時間の問題です。」
彼は人間の実業家や人間だけで構成された組合に頻繁に顔を出し、自分たちと同じ意見を持つ人々の評価を得ていった。
「それに、テュネス大統領も高齢ですから。」
党員は二十五万を数え、政権は正に目前だった。
「やれやれ…今や国の顔だな。」
「総統、まるで首相になったような口ぶりですな。」
ヒトラーが笑いながら自室へ戻る階段を歩いていると、女中の一人がドアの前に立っていた。
「どうした、何かあったのか。」
「あの…か、カラー氏が…自殺を…」
それを聞いた時、ヒトラーは仰天した。
「じっ…自殺だと!?」
慌てて部屋に入ると、そこには首を吊って、胸には銀のナイフが刺さっているカラーがいた。
「あ…ああ…こ、これは…何故だ…俺だ!俺が悪かったんだ!!!俺は自分の事だけを考えていたから…!!!」
彼は腰につけていた愛銃を頭につけようとした
「総統!おやめください!」
慌ててノアが止めに入った
「離してくれ!俺が…俺が悪かった…」
ナッティスの党本部の会議室にいた幹部たちは、それを聞いて驚いた。
「なんだと!?総統が!?」
「いや、自殺したのは総統の古くからの友人の…カラーなんだ…」
「カラー…宣伝指導部長か。」
「もう狂乱状態なんだぞ。」
「こんな重大な時に狂乱状態になったらこの党はどうなるんだ。」
「俺は二日二晩彼も死ぬんじゃないかと、見守ってたがあいつはもう放心状態だぞ。」
「もうかれこれ三日か四日は寝てないだろう。もう少ししたら、大統領と会うと言うのに。」
「気でも狂ったら大変だぞ。そうでなくともそれに近いんだからな。」
「とにかく、話をして気分転換させねば。」
幹部たちが党本部に行くと、ヒトラーはプライセンの東の隣国トランスに向かっているのがわかった。埋葬された墓地に行くのは一人だけと、トランス政府から通告があった為である。
彼らが墓地に着いたのは、埋葬されてから二、三日が経った後だった。
カラーの墓を、ヒトラーは一人スコップで掘っていた。
「総統。こんなところで何をしてるのですか。」
「…お前たちか。こうしてここに埋まれば、私もこの大きな悲しみを消すことができると思ってな…」
「わかりました。今はとにかくお休みを…」
「後は我々が行いますから。」
「睡眠不足は体を壊します。」
とにかく、トランスから帰ってきたヒトラーは帰国から15日後にテュネス大統領に会った。
「ヒトラーさん、シュナイゼナウです。よろしく。」
「ええ、こちらこそ。」
「テュネス閣下、ヒトラー氏です。」
「よろしく。今日の会議は何かね。」
「はっ、大統領の任期延長についてですが…」
だが、ヒトラーはこの場で話したのは一・二度だけだった。彼は精神が錯乱し、何も話せなかった。
「何かヒトラー氏の方から在りますかな。」
「いえ…」
ヒトラーが退室後、シュナイゼナウとテュネスは話し合った。
「何なんだあの男は。あんな男は首相になんかさせてたまるか!」
「まあまあ。農林大臣ぐらいでいかがでしょうか。」
「そうだな。」
この会談は、いわばヒトラーの首相着任が懸かったにも関わらず結局叶わなかった為、ナッティスの風向きは悪くなった。ヒトラーはこの時、本部から一歩も出る事なく、食事は水だけで、すっかりやせ細ってしまった。
プライセン産業は、2029年から2032年に渡って、28年から半分に減り、失業者は600万に達していた。奇しくもその600万の殆どが人間種であり、富を稼いでいたのは異種人族が殆どだった。そのせいか、異種人族を恨んだり、妬んだりする人が多くナッティスへ加入した。
ヒトラーは街中で叫ぶ。
「今日に至るまでのこの悲惨は…全て異種人族どもが経済を支配しているからだ!」
ナッティスは経済恐慌で生活が困難な人々に巧みな宣伝をし、勢力を拡大した。恐慌が最も酷くなった2032年7月の選挙では、230名が議員となり、与党の社会労働・魔法連合を抜いて第1党となった。しかし、政権の要となる過半数には達しておらず、政権は手に入らなかった。
また、経済恐慌も終わりが近づきつつあった。同年11月の選挙ではナッティスは初めて敗北し、第1党は確保したが196名にまで減った。これに反し、急速な成長を遂げたのは共産党だった。国会で第3党の地位となり、国民は共産党への信頼を高めていく一方だった。しかしプライセンの有識者たちにとって、共産党が政権を得ては大変なことになる。この日から、保守派達の間で奇妙な暗躍が始まる。
「大統領、我々はもはや国会の第一党です。私は首相要求をしても何ら問題はありません。」
「確かにそうだ。しかし君たちの党は議会で過半数を獲得していないし、君が首相になるには各省の大臣から許可が降りなければならない。そこでどうだろう。前首相の率いる国家魔法党と手を組み…パナペティンが首相。君が副首相ではどうだろうか?」
「お断りだ。我々はこの国最大の党。他の奴らとは手を組まない。」
ヒトラーは相変わらず単独政権を狙った。しかも、大統領お気に入りのパナペティンは支持率は一桁だった。
陰謀家のシュナイゼナウは、首相の座を狙っていた。
「パナペティンを首相にするなら、ナッティスを分裂させ、味方につけるべきです。」
「そんなことを誰がやる。」
「それは…誰かが…」
「何?君が言い出したんだ、君がやるべきだろう。」
というわけで、シュナイゼナウが首相になった。
2032年 12月2日のことだ。
一方、選挙で敗北したナッティスでは何とも重い空気が流れた。
「次の選挙はいよいよ第二党に陥落だぞ。」
「シュテツィンガーがこう言ってる。」
(ヒトラーは首相の地位を求め過ぎている。まずは我慢をして副首相の座を受け取るべきだ。)
シュナイゼナウはシュテツィンガーに目をつけた。彼を入閣させれば、ナッティスは分裂すると計算したからだ。そして二人は、密会を行った。
「どうですか。私の内閣に入っていただけないでしょうか。」
「党内にもその意見はあります。ぜひ前向きに議論いたします。」
「どうか御検討を。貴方に副首相の座をお渡しいたします。」
それから間も無く、幹部達はカイザー支部にて会合した。
「ヒトラーの政権獲得計画を放棄し、シュナイゼナウと手を組んで連立内閣を作り、手に入れられるだけの物を手に入れなければ、この党は消える。」
ナッティスの反ヒトラー派はシュテツィンガーの意見に賛成した。
反対したのはゲルウスとヒューゲンのみだけだった。
「俺たちは反対だ。」
「ヒトラーのやり方が良いと思うが。」
そこへ、ヒトラーが入ってきた。
「今までのことは聞かせてもらった。シュテツィンガーくん。君は私の背後を突き刺し、党の指導者の地位から引き摺り下ろしてこの党を分裂させようという目論みか。」
「冗談じゃない、アドルフ。俺は終始党に忠誠を尽くした。お前こそ党を分裂させ破滅に導いているではないか。」
「何?聞いたところによるとシュナイゼナウ将軍と駆け引きしてるらしいじゃないか。そんな男が忠誠なのか?」
「アドルフ!俺だって言いたいことを我慢してるんだ!」
「裏切り者めが!」
シュテツィンガーは自室に戻ると、党における全ての地位を辞任するという宣告をし、そのまま荷物をまとめて出て行ってしまった。彼は党のNo.3だったため、この手紙は爆弾の様にやってきた。これでもう党の分裂は免れられない…カイザー支部の空気は重くなった。
「これで今までの努力が、全て水の泡というわけか…」
「やめてくれ。」
ヒトラーは部屋の中を行ったり来たりしていたが…暫くすると声を出した。
「いいか諸君!このまま党が分裂する様なことになれば、私も全ての地位を捨て、この党を出ていく!」
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