すれ違う気持ち

 ショーンとの話し合いを終えた俺は、答えのない悩みに頭を抱えていた。

 芸能人になれば凪と付き合える。だけどこのままだと別れなければならない。俺に願望があれば良かったのかもしれないが、この顔のせいで苦渋を飲まされ続けたので、人前で愛想を振る舞うこうどうは苦痛でしかない。


 きっと普通だったら悩むことはなかったのかもしれない。


 そもそも凪は……彼女はこの事態をどう思っているのだろう?

 相談してみようと電話をかけた。もし全てを知っていた上で黙っているのだとしたら、見る目が変わってしまう。込み上がる嘔吐感を堪えながら、彼女を待ち続けた。


『———もしもし、先輩ですか? どうしました?』


 電話越しの彼女の声は、いつもと変わらない明るい声だった。いや、少しだけ疲労を帯びているか?


「悪いな、忙しい時に。実は今日、凪の社長に呼び出されてさ」

『え、社長に? 何で? また先輩に無理を言ったんじゃないですか

 ?』


 取り乱して慌てる声。あ、この様子だと知らされていないかもしれない。安心したような、躊躇うような、複雑な心境が胸を占める。


 でもゴメン、俺は一人では抱えられそうもないい———……。


 今日の出来事を凪に話すと、彼女は申し訳ないと謝ってきた。


「いや、凪が悪いんじゃないし……謝るなよ」

『いえ、私が顔に出したのがいけないし。先輩にも迷惑ばかりかけてゴメンなさい』


 違う、謝ってほしくて相談したんじゃないのに。眉間の辺りが熱くなる。


 元々俺は自分勝手な人間で、人に気を使うような人間じゃなかったのに。凪と出会ってから俺は……変わってしまったのかもしれない。


「俺、凪と一緒なら頑張れる気がする」

『先輩……? 何を言ってるんですか?』

「これからも凪と一緒にいたいから、社長の言うとおりにしようかなって」


 よくよく考えれば、凪のような可愛くて良い子と付き合ってるんだ。そのくらいの苦労はするべきだろう。


 父親や凪の家族の説得など、しないといけないことは山程あるが、外堀から埋めていくも方法なのかもしれない。


『ダメだよ、先輩! そんなの先輩はしたくないでしょ?』

「したいとかしたくないとか、そういうことじゃないんだ。凪と一緒にいたいから《しないといけない》んだ。大丈夫だよ、きっと二人でなら何とかなる」

『なりませんよ! 先輩のバカ! もう知りません!』


 怒涛の後に無情に切られた通話……。

 え、何で? 俺、良いこと言ったつもりなのに。


 何で凪が切れるんだ?


 デビューしたくない、でも別れたくないーとか、グダグダにゴネるなら分かる。むしろ彼女に寄り添った、理解のある彼氏になったつもりだったのに、なぜキレられるんだ?


「俺がどんな気持ちで覚悟を決めたかも知らないで……! 凪の奴、ふざけるな!」


 ベッドにスマホを投げ付けて奴当たった。

 くそ、くそ……っ、俺はただ、凪と一緒にいたいだけなのに……。


 一人で考えても埒が開かない。誰かに相談したいと思い、外へ行く準備を始めた。暁さんなら、何かいい考えを教えてくれるかしれない。


 俺はシャツを羽織って、鍵を手にした。


 ▲ ▽ ▲ ▽


 久しぶりに一人で歩く夜の街並み。部活帰りや塾へ向かう学生、家族で食事や買い物に出かける人達や仲睦まじく歩くカップルの姿など………。


「くそっ、爆ぜろリア充め」


 自分のことを棚に上げて、自分勝手な呪いの言葉を口にする。


 きっと俺も、凪じゃなければこんなに悩むことはなかったのだろう。

 売れっ子モデルだから仕方ないのだけれども。


 互いの気持ちを伝える前の、ただ仲良くしていた時が懐かしい。

 今思えば、あの時が一番幸せだったな……。


 欲張らなければ、もっと仲良くなりたいと思わなければ幸せなままだったのかな?


 呆然と、ただただ行き交う人を眺めていた。

 もう何も考えたくない———……


 すると突然腕のあたりに衝撃を覚えた。寄りかかるような、重たい衝撃。誰だと見てみると———予想もしていなかった人物に青ざめた。


「ふふふ、斎藤くん。久しぶり。やっぱりイケメンだったんじゃん」


 あまりにも唐突な出現に言葉が出なかった。

 何でここに月音が現れるんだ?


「おかしいなと思ったんだよね。いくら何でもダサ過ぎだったもん。あれってメイクだったの?」


 嫌だ、何で俺ばかりこんな目に遭わないといけないんだ?

 振り払うように腕を動かしたが、彼女はビクともしなかった。


「斎藤くんのせいで、私、先輩に嫌われちゃったんだよ? ねぇ、

 責任とってよ。斎藤くん、私の彼氏なんでしょ?」

「違っ! 何で俺が!」


 勝手なことばかり言うなよ! 俺はアンタのせいで散々な目にあってきたのに!


 俺は———!


「俺は凪のことが好きなんだ! 月音のことなんて好きじゃない! 俺が付き合いたいのは、大事にしたいのは紀野凪なんだ!」


 大勢の人がいる中で、俺は大声で告白した。

 面白がって写真や動画を撮っている奴もいる。


 けど止まらなかった。


「皆、勝手な事ばかり言いやがって! 俺は凪が好きなんだよ! それの何が悪い! 好きなやつを好きって言って何が悪いんだよ! 親父も凪のお姉さんもショーンも関係ねぇ! 俺はただ……っ!」


 好きなだけなんだ……。

 誰も邪魔すんなよ———……。


 群がる群衆の中、少し離れた所がガヤガヤと騒がしくなった。

 なんだ?


 人混みの中を割って歩いてきたのは、凪だった。

 何で彼女がここにいるんだ?


 真っ赤になった顔で、今にも泣き出しそうなのを堪えながら。


 彼女はただ一言だけ、こう伝えてくれた。



「私も………、私も先輩のことが好きです」


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