ごめんなさい……
『先輩、ごめんなさい……。結局お姉ちゃんを説得できなくて』
「いや、それは俺のところも一緒だよ。父が失礼なことを言って申し訳ない」
あれからお互いの報告を兼ねて電話をしたが、散々な結果に終わってしまった。
どうして俺達は、上手くいってる時に限って悪いことが舞い込んでくるのだろう? リア充爆発しろと願っている奴がいるのだろうか?
うん、きっと俺も自分たちのような奴がいたら、間違いなく願ってるな。やむ得ない。
そもそも俺達のような立場じゃ、家族の協力なくしては付き合うことが困難だ。学校でも外でもイチャイチャできない。こうして電話をすること自体も、バレたら逆鱗に触れることは間違いない
最悪、このままでは自然消滅もあり得るかもしれない。
電話を切った後も、しばらく何も考えられなくてベッドに横になったままボケーっと天井を眺めていた。
幼い頃に母を亡くした俺にとって、父が唯一の家族だ。
仕事が忙しく、滅多に戻らない父だったが、小学時代の一件以来、引きこもりがちになった俺にどう接したらいいのか分からず、更に家を空けがちになったのは、俺の被害妄想ではないだろう。
凪とのことも、心配して反対してるのは分かっている。
だが、今まで放任主義だったくせに、今になって口出しをしてくるのは如何なものかと腹も立つ。
不貞腐れるように横にゴロゴロと転がると、一通のメッセージが届いていることに気付いた。送信者は千石雪人、俺にとって一筋縄ではいかないトラブルメーカーだ。
徐ろに嫌な顔になった。うん、嫌な予感しかしない。彼が絡んで良かったことなんてない。
月音の時は助かったけれど、アレは俺の為というよりも事務所の後輩の凪の為だったし。
メッセージを開いてみると、電話下さいとだけ記載されていた。ますます怪しい。
だが無碍にするわけにはいかない。
今後も何かと関わりがある気がするので、身体を起こして電話をかけた。
『こんばんわー、斎藤くん? ごめんねー、急に連絡して』
久しぶりにきく千石の声は、相変わらず呑気で緊張感がなかった。さっきまで悩んでいた自分が馬鹿らしく思えるほどの能天気さだが、これもまた彼の魅力の一つなのだろう。
「どうしました? 何かありましたか?」
『うん、ちょっとね。斎藤くんはさ、明日とか時間ある?』
明日は普通に学校だけれども、放課後なら空いてなくもない。
『それなら迎えに行くから、予定空けてて? ウチの社長が話があるみたいだよ』
ショーンが? 直接会いたいなんて、ますます嫌な予感しかしない。
歯切れが悪く黙り込むと、空気を察した千石が心配して言葉を続けてきた。
『大丈夫だよ、社長も怒ってる雰囲気じゃなかったし、そんな悪い話じゃないと思うよ? 何かあっても俺がサポートするし』
相変わらず呑気で緊張感のない声なのに、なぜか頼もしさを感じた。よく考えたら俺って、こんなふうに誰かに頼る経験が少ないかも。
もし兄弟や頼れる先輩が出来たら、こんなふうなのかもしれないと想像してしまった。
「あ、ありがとうございます」
電話だったのが功を奏したのか、俺にしては素直にお礼を言うことができた。それでも変な汗は止まらないけれど。それにきっと変な顔になっているはず。自分でも見たくないキモ顔に。
『シシっ、いいってことよ! それじゃ、また明日な!』
———だが、やはり期待を裏切らないのが千石さんだった。たしかに彼の言う通り、怒りはなかったもの、有無言わさない雰囲気に、俺も千石も黙り込んでしまった。
千石に至っては、躾けられた子犬のように「くぅー……ん」と汐らしくなって、昨日の兄貴風はどこへ行ったと、周りを見渡してしまった。
「久しぶりね、斎藤くん。アレからどう?」
「ど、どうって、別に何も……」
「凪とは仲良くしてるの? どこまで進んでるのかしら?」
あれ、俺……凪とのことをショーンに話したっけ? 思い出しても記憶にない。慌てて千石を見たが、勢いよく顔を背けられた。
「あら、そんな怖い顔で睨まないで? 雪人は関係ないわよ。最近の凪を見ていたら嫌でも気付くわ。そこで単刀直入で言うけれど、本当に芸能人になる気はないの?」
しつこい、その話は前回伝えたはずだ。
俺は凪や千石さんのように、愛想を振り撒くことも自分の魅力をアピールすることもできない。
「俺は芸能人には———」
「それなら凪と別れてくれない?」
言い切る前に被せられた言葉に、俺はショックを覚えた。せっかく手に入れた宝物を、こんなにも簡単に取り上げられてしまうのか?
まるで体に鉛を流し込まれたかのように、全身が重くてダルい。どうしよう、上手く息ができない。
「凪はウチのタレントよ。今はモデルを中心に活動しているけど、行く行くはドラマや映画にも出させて売り出す予定。だからアナタみたいな変な虫にウロチョロされると迷惑なの」
恋愛禁止は前から聞いていたが、こんなにもハッキリと言われると思っていなかった。所詮は規則だけで、大抵の奴らは隠れて謳歌してると思っていたから。だから俺達も許されるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。
「俺達は!」
「けどね、もし斎藤くんが芸能界に興味があるなら……考えてあげてもいいわ」
「………え?」
想定外の言葉に、思わず口角が緩んだ。
問答無用に別れさせられると覚悟をしていたのに。
「最近はカップル芸能人も増えてきてるからね。その路線で売り出そうかなと思っているのよ。どう? そしたらもう隠れる必要なんてないのよ」
グラグラと揺らぐ……、けど俺なんかに務まるわけがない。
「今度、ウチが企画する恋愛番組よ。もし興味があるなら参加しなさい」
俺は企画書を渡されて、そのまま帰らされた。出演者には紀野凪の名前を始め、知ってる名前が連なっていた。
「社長、あれはガチだな。斎藤くんも災難だね」
後頭部に手を組んで、疲れた顔をした千石が企画書を覗き込んできた。
「こーゆーのってさ、出演者が勝手に行動してると思われガチじゃん? けどある程度、シナリオって作られてんの。もし斎藤くんが参加しなければ、凪ちゃんは他の男とチューしちゃうよ?」
「………は? 何だそれ」
そういや頼れって言ってた割に、何もしてないじゃん千石さん。やっぱ千石さんは千石さんだ。
「いい機会なんじゃない? 凪ちゃんと続けていくか、別れるか。凪ちゃんを好きになった時点で普通の恋愛ができないことは分かってたでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
だが、ここまでハードモードだとは思っていなかった。俺達には超えなければならない難関が多すぎる。
「俺は斎藤くんのこと好きだから、大歓迎だけどね? とりあえずゆっくり考えてみなよ?」
そう言って俺達はそれぞれ帰り始めた。
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