幸せの後の不幸

 それから俺達はソファーで手を繋ぎながら、たまに触れるようにキスをして、甘い一時を堪能しながら朝を迎えた。


 流石に眠くなってうたた寝を始めた凪の頭を撫でながら、生き地獄にも近い状況に打ち勝った。おかげで朝までギンギンだ。勿論、両方の意味で。


 だが後悔はしていない。

 むしろ一線超えなくて良かったと安堵しているくらいだ。


 もう中学生、されど中学生。

 それに凪は立場上、恋愛禁止の決まりを破って付き合っている状況なのだ。


 これ以上を望むと、取り返しのつかない状況になりそうなので、しばらくの間は自重しようと俺は勝手に決めていた。


 時刻は8時。まだ眠りについている凪をソファーに寝かせたまま、俺はキッチンで朝食の準備を始めた。


 バナナとリンゴ、牛乳を混ぜてスムージーを作ったり、厚めのトーストにバターを塗って焼いてブルーベリーやピーナツバターで仕上げて、更にハチミツを掛かた。仕上げに目玉焼きとベーコンを焼いて、ベビーリーフとトマト、モッツァレラチーズを添えて皿に盛り合わせた。


 いつもの100倍オシャレな朝食の完成だ。

 パンケーキという選択もあったけど、それは次回に取っておこう。


 そろそろ凪を起こして、ご飯の時間にしよう。

 そう思って声をかけようと思った時、ドサっと荷物が落ちる音が聞こえた。


 何だと振り返ると、そこには顔面蒼白で立ち竦んだ父親の姿があった。


「………心?」

「と、父さん?」


 ええええぇぇぇぇ———ッ!

 何でいるの? 何で父親がここにいるんだ⁉︎


「父さん、戻ってくるのは明日じゃなかった? 何で?」

「いや、予定よりも早く仕事が終わったから帰ってきたんだが、それより心……その髪は? そんな短くしたのは小学生の時以来じゃないか!」


 そっち⁉︎

 いや、まぁ、父親からしてみれば大きな変化だろう。

 極端に顔を隠してきた息子が、デコ全開に変わっていたのだ。そりゃー驚くだろうけど。


「誰かに虐められて切られたのか? イジメか? イジメに遭ったのか⁉︎」

「違っ、これは俺が自分で切ってもらったんだ。その、変わりたいと思って……」

「自分で……? そ、そうか! それならいいんだ! それにしてもいい匂いがするなぁ。今から朝食か? 父さんにもくれないか?」


 見た目に驚いたもの、その後は至って普段通りだった。


『あぁ、そうか。まだ凪を見てないから……気づかれてないのか』


 ってことは、このまま隠し通せば、バレない……?

 俺はゆっくりとソファーまで移動して、ゆっくりと凪に毛布を被した。


「ん……っ、あ、先輩、おはようございます。んんー、いい匂い♡」


 グッと背伸びをして、バーンと登場を果たした凪に、またしても大きく目を開いて驚愕の表情を見せる父親。


 アババババ……っ、も、もう、言い訳はできない。


「あ、のぅ……どちらさま?」

「え、どちらさまって———」


 聞き慣れない声に、凪も慌てて胸元を正した。ごめん、本当にごめん。


 ほぼ一人暮らしだから気楽に遊びにこいよと言った俺を殴りたい。全身全霊で土下座をして謝りたい。


「心くん、父さんは夢を見てるのかな? 知らない女の子がいるんだけど、きっと夢だよね?」


 いえ、お父様……夢ではございません。


「———俺の彼女、紀野凪さん。凪、こちら俺の父親です」


「彼女⁉︎」

「お父様⁉︎」


 双方共々フローリングに正座をして、深々と頭を下げて挨拶を始めた。何とシュールな現場なんだ。できることならちゃんと迎えたかった。


「紀野凪と申します! 心先輩とは先輩後輩の関係から、彼氏彼女になりました。その、不束者ですがよろしくお願いいたします!」

「こちらこそ、心の父親の礼二れいじと申します。いや、まさか心に彼女がいるなんて思っていなくて———っていうか……」


 じぃぃぃー……と見つめた後に、心配そうに振り返って「……心、お前……騙されてないよな?」と聞いてきた。


「騙されてねぇーよ! 俺達はちゃんと付き合ってるから!」


 凪に失礼だろう! 口を慎め、バカ親父!


「いや、だって凪さん、スゴく美人だし、可愛いし、こう言っちゃなんだけど、オーラが違うんだよ! ウチの心には勿体なさすぎて!」


 うわっ、この感じ……まさに親子。俺と同じ思考回路。ついこの間までは同じようなことを考えていたから分かる。


 いや、心のどこかでは俺も疑っている気持ちが残っている。


「———凪、騙して……ないよな?」


 二人してチラッと伺って「酷っ!」と一掃された。


「そもそも私の方が先に心先輩に惚れたんですから! 安心してください!」

「そんな言葉だけで証拠もない事実、何も安心できねぇよ! そもそも俺の方が先に惚れたかもしれないだろう?」

「そんなことないです! だって先輩、初めて会った時は素っ気ない態度でしたから! 絶対に私の方が先に好きになったもん」

「それは照れ隠しって奴だろう? 俺はテレビや雑誌で見た時から、凪のことが気になってましたからー」


 ギャーギャー言い合う息子達を見て、微笑ましい……と和む父。


 イチャイチャするのは後にしてくれと言いたかったが、口を挟む隙すらなかった。


「ところで心、さっきテレビや雑誌と言っていたが、凪さんは芸能人か何かかい?」


 根っからの仕事人間で、海外に行くことも多い父は、芸能ニュースに疎かった。ましてや女子中学生達に人気の凪のことなんて、知る由もないだろう。


「あぁ、彼女はモデル活動をしていて、たまにテレビに出たりもしてるんだよ」


 俺のことじゃないのにどこか誇らしく、自慢気に教えてあげた。ふむふむとスマホで検索し始めた。

 しかし最初に出てきた写真を見て、ピキッと凍りついた。


「…………凪さん、君は……こんなふうに男を誑かすような仕事をしているのかい?」


 そう見せてきた画面には、千石の頬にキスする凪の写真が!


 あの時のアレか! よりによって何でそれがトップに出てくるんだ! 千石か、千石のせいか‼︎


「違う、それは雑誌の企画の写真で!」

「プライベートの写真じゃないにしても、如何なもんかな。息子がこんな女性と付き合っているなんて、あまりいい気はしないんだが?」


 和やかだった空気が一変する。

 まさかこんな結果になるとは思ってもいなかった。


「心、父さんはお前に幸せになってもらいたいんだ。確かに凪さんは可愛らしい女性だけど、お前に釣り合わないんじゃないか?」


 無断で泊まっているのも悪影響だったのだろう。父さんが思うような不貞な行為はしていないのだけれども、どうしてもこちらの部が悪かった。


「今日は帰ってくれないかな? 私は息子と話がしたいから、ご自宅まで送ってあげたら早く戻ってくるんだぞ。わかったか?」


 有無言わせない態度に、俺も凪も頷くことしかできなかった。






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