据え膳食わぬは男の恥って、なんて都合のいい言葉
映画のオープニングをBGMに、俺達は互いの唇の感触を味わうように堪能していた。
焦ったい気持ちをぶつけるように、夢中になって吸い尽くして、甘美な時間を味わっていた。
———なんて、余裕ぶっこけたら、どれだけいいだろう。
内心バクバク、何度キスを交わしても一向に慣れる気がしない。
する度に酸欠に陥るっていうか、まぁ実際に息をしてないから仕方ないんだけど、そんな物理的なこと以前に頭が真っ白になって、軽くパニックになってしまう。
『世の中の恋人達は、皆コレを味わってるんだよな。いや、もしかしてそれ以上も……。無理、俺は彼女に触れるだけで心臓が破裂しそうになるのに』
ついこの間まで、別世界の高嶺の花だと思っていた紀野凪が目の前にいるなんて、本当に夢を見てるみたいで実感が湧かないんだ。
「………先輩? どうしたんですか?」
「え? 何って?」
心配そうな顔で覗き込んできたけど、逆に俺の方がどうしたと聞きたい。凪が見ているのは俺の顔。
不思議に思ってい指で頬を擦ると指が濡れた。
「い……っ、何で!」
自分でも思っていなかった反応に、変な声をあげてしまった。
恥ずかしい、感極まって泣いてしまったのか? 嘘だろ、俺……! 自分の体なのに制御が効かない。ボロボロ涙が溢れて止まらない。
「もしかしてお腹痛いとか? 具合悪いんですか?」
「いや、何でもないんだけど……涙が止まらない」
オロオロと心配する凪が必死に背中を摩って落ち着かせようとしてくれていた。
いつもいつも俺ばかり焦って、どうして凪はこんなに落ち着いていられるんだ?
情けないやら、悔しいやらで、俺は彼女の腹部に顔を埋めるように抱きつき、そのまま押し倒した。
下から見つめる凪と、それを見下ろす俺。
二人の間に何とも言い難い空気が漂う。
「ま、待って、その……私、そんなつもりじゃ」
真っ赤に取り乱した顔を必死に隠して、ジタバタと暴れていたが逃げられるわけもなく。
っていうかさ、こうして家にきてる時点で、彼女もある程度の覚悟はできていたと思うんだ。
据え膳食わぬは男の恥って奴?
———いや、そんなん知らねぇし!
無理なもんは無理だろ? お付き合いしてすぐにとか、早過ぎるし!
だって凪の手も、ほら。こんなに震えて、本心は怖いんだと思う。そりゃそうだろう。俺達はまだ、中学生だぞ?
経験なんてないし、正解も分からない。
相手を満足させるとか、そんな次元じゃないし、もし万が一のことがあっても責任は取れないし。
それに俺は……もう少ししてからがいい。
もっとお互いのことを知ってからでも、なんて都合が良過ぎるだろうか?
「———ごめん、凪。俺はまだ、勇気がない」
もし期待していたなら、申し訳ない。
俺はもう少し自信がついてから、ちゃんとしたい。
「………先輩。うん、ありがとうございます。よかったです、先輩が止めてくれて」
少し肌けた胸元を整えながら、彼女も困ったような顔で笑った。
「私、先輩のことが好きだから、したいって言われたら、きっと拒めなかった。でも、こんなの初めてだから……ちょっと怖かったし。うん、止めてくれてよかった。でも……」
良かったと言いつつ、彼女は顔を伏せたまま声を上擦らせた。続く言葉が胸を締め付ける。
「私って、理性が効くほど魅力なかったかなって、ちょっと不安に思ったり」
違———っ、それは違う、凪!
「いや、俺の理性なんて凪が来た時から崩壊状態だし!」
「………あは、そんな気を使わなくても」
「気を使ってるとか、そんなんじゃねーし! 本当に、お前が思っている以上に俺は好きだから! もう同じ空間にいるだけで胸がいっぱいだし、今だってもう……っ!」
知られるのも恥ずかしいくらいに、限界だった。
そんな状態を誤魔化すように、けど伝えるように、強引に抱き付いて身体を擦らせた。
「っ、わ……っ、待って、先輩……っ! わっ、ンッ、んン!」
きっと腹部のあたりに異物を感じているだろう。これでも魅力がないのかって思い込んでいるなら、その時は容赦しない。
「くっ、男ばかり分かりやすくて虚しいな……っ! けどな、理性が効いてるから好きじゃないとか、そんなんじゃないからな? 少なくても俺は、好きが大き過ぎて無理なんだよ。俺なんかに凪は……勿体無いくらい良い彼女だから」
結局、劣等感とか面倒臭い感情も絡んでるんだけど。
俺はちゃんとしたい。彼女の初めては、最高の思い出になるようにしてあげたい。
「———っ、先輩……っ、ズルい!」
今度は凪が抱きついてきて、待て待て! その大きな胸を押しつけてきたら、俺はもう!
「わぁぁー……ん! だって、お泊まりですよ? 怖いと思いつつ、もしかしての時のために下着も新しいのを買ったし、覚悟も決めてきたのに! 私だけがエッチなことを考えてて恥ずかしいじゃないですか!」
うわっ、まじで据え膳食わぬはじゃねーか! まさかの暴露に俺もどうしたら良いのか分からなくなった。
くそ、あんなカッコつけた手前、今更切り出せない。
「もう、私に恥ずかしい思いをさせた罰として、今夜は一緒に添い寝してもらいますからね?」
そ、添い寝だと! そんなの耐えられるわけがない! なんなら自室に戻って一人になったと同時に発散しようと思っていたほど限界間近だというのに。
「先輩はずっと我慢してて下さいね? 私はたくさんキスしたり、ハグしたりするけど」
「するのかよ! そんなの生殺しだ!」
何だかんだで映画一本分、バカなことをしながら、夜が更けていくのを楽しみながら過ごしていた。
———……★
いつもお読みいただきありがとうございます。
彼女の為に我慢するのと、我慢できないガバってのと、どっちがいいんですかね……。
皆様もたくさんの応援、星などありがとうございます! これからもよろしくお願いいたします。
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