エプロン、パジャマ、そして……

 風呂を済ませてキッチンへと向かうと、ミルクの甘い匂いと香ばしいチキンの香りが漂ってきた。


 トロトロの野菜たっぷりシチューに海鮮アヒージョ。そしてバターたっぷりのバケットに香味たっぷりのチキンのオーブン焼きがテーブルを彩っていた。


「先輩、ゆっくり入れましたか? こっちも準備完了です♪」


 大満足の笑みを浮かべたヒラヒラのエプロン姿の凪。うぅ……っ、あまりの感動に目から汗が。


「ウチのオーブンなんて初めて使ったかも。性能いいのを買ったはいいが、レンジとしか使ったことがないぞ?」

「この日の為にたくさん練習しましたから! 味は保証しますよ♪」


 何をおっしゃる、凪が作ってくれた料理なら、たとえ黒焦げの激マズ料理でも食い尽くす。俺なんかの為に作ってくれたことに意味があるんだからな。


 この感動を後世にも伝えたい。

 おじいちゃんはこんなにも幸せだったと孫に伝えるために、たくさんの写真を残さなくては。


「凪、料理の前でポージングしてくれ。俺の宝物にする」

「えぇ⁉︎ な、何を言ってるんですか? 早く食べないと料理が冷めちゃうから……って、先輩! どこから一眼レフと取り出したんですか! 恥ずかしいですから早く食べましょ?」


 珍しく照れる凪が新鮮で、写真に収めたかったが、せっかくの料理が冷めてしまうと申し訳ない。

 こうして俺は、人生最高の食事を口にしながら、凪と楽しい時間を過ごした。砂糖と塩を間違えるというベタなトラブルもなく、美味しい料理を頂いた。



「えっと、それじゃ後片付けをして、後で映画を見ながらゆっくりしましょうか」


 当たり前のように食器を運び出したが、今度は俺がする番だ。皿洗いくらいは俺も出来る。


「ここは俺に任せて、凪もお風呂に入ってきたらいいよ」

「え、でも。お邪魔させて頂いてるのに、そんな」

「むしろお客様にここまでしてもらうわけにはいかない。な? ホラホラ」


 半ば強引に凪を脱衣所に追いやり、食事の後片付けを始めた。凪が風呂に入っている間に、俺も準備をしなければ!


 この日のために購入していた甘めの紅茶やココア。そして人気店のマカロン、マシュマロ、キャラメルポップコーン。

 人をダメにするソファーにモコモコクッション。是非、凪に抱っこしてもらいたい大きめのクマの人形。


「映画は恋愛系とアニメを準備した。これで完璧だ!」

「本当だー♪ スゴい、カフェみたい」


 丁度お風呂から上がった凪が部屋に入ってきた。どうだ……と自慢気に迎えたのだが、見事に返り討ちを喰らってしまった。


 湯上がり凪……熱った肌はほんのりピンクに染まっており、乾かした柔らかい髪はツインテールに結われていた。

 普段は決して見えることのないうなじの破壊力。そしてジェラードピケのフワフワモコモコの部屋着が、俺の想像を軽く超えて素晴らしかった。


「そ、そんなマジマジと見ないで下さいよォー……、恥ずかしい」


 本当に、本当にこんな可愛い子が、俺の彼女なのか?


「涙で前が見えない……!」

「お、大袈裟ですよ、先輩! それよりもこのセッティング、スゴいですね♪ 先輩、ありがとうございます♡」

「い、いや……凪の料理に比べれば、全然」


 くっ、微妙に空いた胸元に、つい視線が行ってしまう。紳士にならなければならないのに! こんなことで躓いていたら、到底お泊まりなんて決行できない。


「凪の席はここ。このソファーに座って見てくれ」

「わぁ、ヨギボー! これって気持ちいいですよね♪ 先輩、ありがとうございます♡」


 喜んでもらえて何よりだ。

 そして俺はいつもの固いソファーに座って、これで鑑賞会の用意は万全だ。


「———って、えぇ? 先輩、なんで一緒に座らないんですか?」

「なんでって、そのソファーは一人用だぞ? 凪のために購入したんだ。思う存分味わってくれ」

「ダメですよ、そんな! 映画は一緒に見ないと面白さ半減ですよ? ほら、先輩……一緒に見ましょ?」


 一緒に……だと?

 無理だ、こんな色っぽくてエロくて可愛い凪の側に座るなんて、自殺行為だ!


 同じ空間にいるだけでも心臓が止まりそうなのに、肌が触れるほどの距離に座るなんて!


「お前、俺を殺す気か?」

「何でそんな飛躍するんですか? 殺すわけないじゃないですか。イチャイチャはしますけど」


 イチャイチャ? 無理無理、そんなことをしたら確実に心臓が止まる。それか出血多量で出血死だ。


「もう、今日はお家デートですよ? もっと……恋人同士っぽいことをしましょう?」

「こ、恋人同士っぽいことって……?」


 ダメだ、俺の脳内ピンク過ぎる。

 手を出したらダメだ、ダメだって自制すればするほど、エッチなことを想像してしまう。


「先輩、映画見ましょ?」


 腕を組んで座ってきたと思ったら、今度は肩に頭を乗せてきた。ふんわりとシャンプーの良い香りが漂ってきた。


「先輩、何を見ますか?」


 凪の唇が可憐に動く。

 もう無理……、限界だ。


 俺は彼女の肩を抱いて、そのまま正面に向かい合った。突然の行動に驚いた表情の凪は、目を泳がせながら俺を見てきた。


「———先輩?」


 俺は……そのまま顔を近付けて、凪の唇に口付けた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る